H&MやZARA等が原価下回る価格で取引を強要 SDGs時代にこんなことが起こる必然の理由

河合 拓 (株式会社FRI & Company ltd..代表)
Pocket

表の顔と裏の顔が違ってしまう、決定的な理由

suteishi/istock
suteishi/istock

 さて、こうした中、本題に入りたい。世界のビッグ3のうちファーストリテイリング(ユニクロ)を除くH&MZARAが今回不公正な取引をしている企業として名前が挙がった。 

 バングラデッシュの工場1000社の半分が、こうした契約不履行、理由のないオーダーキャンセル、ブレークイーブンを割るほどのコストプレッシャーは、まさに、“言っていることとやっていることが違う”典型例だ。

 だが、そのような現場に身を置いていた私には、手に取るようにその理由が分かる。

 こうした表の顔と裏の顔が見えるのは、「組織設計の問題」である。

 特に、最近は「専門性を高める」という理由で、事業部制(一つの組織に企画、生産、販売の3つが揃っている)から、機能別組織(組織が、販売部、生産部、企画部のように、企画、生産、販売がそれぞれ別会社、別組織に横割りになっていることだ)に移す企業が多い。これが原因であるとともに、大きな間違いである。

 もちろん「組織に唯一解はない」というのは有名な言葉だが、日本のアパレル企業に関していえば、答えははっきりしている。ブランド力が何もないわけだから、機能別組織にすれば消費者起点の高速オペレーションは回せないどころか、それぞれをプロフィットセンターにすれば、各部署が利益相応分を加えていくので、余計な内部コストが膨らんでくる。日本のアパレル企業に機能別組織はそぐわないのだ。

  しかし、これがH&Mほどの巨大企業になると事情が変わってくる。この規模(一兆円超え)になると、事業部制でも、もはや事業責任者は損益の実態さえ見えなくなる。だから、できるだけ安く、納期通りに、高い品質で、納品することが生産部のKPIになる。生産部は、事業部が決めた売上計画と利益計画を実現するため、会社の「お上」からKPIが落ちてくるのである。例えば、利益計画が1000億円だった場合、商品消化率、昨年のキャリー在庫、などから今年の企画原価率が自動的に決まってくる(このあたりは非常に大事な概念なので、ぜひ拙著「知らなきゃいけないアパレルの話」の4KPIの項を熟読して欲しい。この4KPIについては、多くの質問がきており、私はその全てに回答している) 

  もちろん、ここにインフレ、デフレ、国民所得から為替まで計算し、例えば、それらのほとんどがネガティブに出揃っている日本のような国であれば、多少の価格調整は入るだろう。したがって、生産部は機能別だろうが事業部別だろうが、こうして計算された利益計画を達成するため、生産部は企画部がデザインした商品を決まった価格で買うロボットのようなマシーンに変化するわけだ。

 なぜなら、決められた価格以上で調達すれば、自分の評価が下がるからだ。シンプルな理由だ。だから私は、産官一体となるべきだと言っている。企業は利益を追求するアクセル、官は行き過ぎた企業活動をとめるブレーキとなり、一つの企業体に、2つの異なるKPIをいれることは、経営学上間違っている、と私が言う意味はここにある。

今回の事件は、企業の本質的活動の方向性を示している

 ここで私は質問したいことがある。

 それは、『日本人の75%は環境意識をポジティブに考えており、パーカーの適正価格は4,950円だ、など、SDGsコストは消費者が払ってくれる』と宣っていた方達は、今回の事件をどう説明できるのか、ということだ。

 私は、最初から消費者の5%は価格転嫁された商品は売れないし、企業にそれを強要すれば、まさに「SDGsが企業を殺す」という私の三冊目の表題そのものになるではないかほとんどの欧州の企業の名前が連なっているのは、単なる間違えとはいえないだろう。つまり、今回の事件は企業としての本質的活動の方向性を示しているといえる。

 自分が考える理想を現実と考えるのは、問題解決者の態度としては誤っている。また、自分なりの解釈をいれたデータ分析も定量的であっても意味が無い。大事なことは、まずは事実と向き合うことなのだ

 

河合拓氏の新刊、大好評発売中!
知らなきゃいけないアパレルの話 ユニクロ、ZARA、シーイン新3極時代がくる!

話題騒然のシーインの強さの秘密を解き明かす!!なぜ多くのアパレルは青色吐息でユニクロだけが盤石の世界一であり続けるのか!?誰も書かなかった不都合な真実と逆転戦略を明かす、新時代の羅針盤!

 

プロフィール

河合 拓(経営コンサルタント)

ビジネスモデル改革、ブランド再生、DXなどから企業買収、政府への産業政策提言などアジアと日本で幅広く活躍。Arthur D Little, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナーなど、世界企業のマネジメントを歴任。2020年に独立。 現在は、プライベート・エクイティファンド The Longreach groupのマネジメント・アドバイザ、IFIビジネススクールの講師を務める。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
https://takukawai.com/contact/index.html

1 2 3

記事執筆者

河合 拓 / 株式会社FRI & Company ltd.. 代表

株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)。The longreachgroup(投資ファンド)のマネジメントアドバイザを経て、最近はスタートアップ企業のIPO支援、DX戦略などアパレル産業以外に業務は拡大。会社のヴィジョンは小さな総合病院

著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「生き残るアパレル死ぬアパレル」「知らなきゃいけないアパレルの話」。メディア出演:「クローズアップ現代」「ABEMA TV」「海外向け衛星放送Bizbuzz Japan」「テレビ広島」「NHKニュース」。経済産業省有識者会議に出席し産業政策を提言。デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言

筆者へのコンタクト

関連記事ランキング

関連キーワードの記事を探す

© 2024 by Diamond Retail Media

興味のあるジャンルや業態を選択いただければ
DCSオンライントップページにおすすめの記事が表示されます。

ジャンル
業態