朝、エグゼクティブとおぼしきビジネスパーソンがワイヤレス・イアフォンを耳にランニングをしている姿を見かけるようになった。
彼ら、彼女たちは音楽を聴いているのでなく、新聞やニュース、海外メディアの情報を聞いている。私も、朝、「アレクサ(AmazonのAI音声デバイス)、今日のニュースをおしえてくれ」と指示を出し、アレクサが主に海外のニューストピックや株価の動きなどをまとめて話してくれる。
私のマンションでは、朝7時30分になると黒塗りのクラウンやレクサスが出口に列をなす。経営者とおぼしき人達の運転手達だ。彼らも、おそらくクルマの中で音声によるニュースを聞いて、移動時間に世界の、そして、日本の経済のニュースを聞いているだろう。
そう、今、情報誌は紙媒体から音声に、そして、動画に変わっている。そのことがアパレルのビジネスモデルを大きく変えようとしている。詳しく説明していこう。
雑誌とともに成長してきた日本のファッション産業
かつてあれほどコンビニエンスストア(コンビニ)に並んでいたファッション誌は一部を除き多くが棚から姿を消していった。コロナの影響もあり、出版業界では2020年、100誌が休刊したという。この深刻な雑誌不況はファッション産業にとって極めて大きな地殻変動を起こすことになる。
例えば、メンズ雑誌で言えば、「Bigin」や「OCEANS」、シニア向けには「メンズEX」、「LEON」などがファッションシーンを牽引してきたことに異論を捉える人はいないだろう。特に「LEON」は、「ちょい悪オヤジ」という言葉を生み出し、それまでファッションに興味など全く無かった男性をイタリアン・クラシコの世界に誘い、妻なのか、会社の部下なのか分からない架空の女性NIKITA(ニキータ)をアイコンに、40-50歳の男性に「デート指南」をするなど、世間の常識を破った企画でブレークしたことは記憶に新しい。
しかし、そのLEONでも今では、簡単にコンビニで買えなくなった。コロナ禍で、ポルシェでNIKITAをつれて伊豆旅行するなど、時代とのズレは明らかである。当時、世の男性はむさぼるようにこれらの雑誌を読み、雑誌が紹介する服を勉強しセレクトショップや百貨店のメンズ館に列をなした。
女性雑誌は御三家といわれた、「JJ」「CanCam」「ViVi」が3大バイブルで、その他は、年齢、セグメントごとに、恐ろしく雑誌の種類も多い。それらの多くは出ては消え、消えてはでる飲料水のようなビジネスを展開していた。女子向け雑誌は、「アイコン」を生み、そこから東京ガールズコレクションなどのショーへと展開。単品服ではなく「着こなし」を提案し、女子達は「今の流行(はやり)」を感じ、その世界観に強い共感をしていた。日本のファッションシーンは、雑誌が育てていったといっても過言でない。
私がMD(商品政策)の12回転カセットを提言しているのは、雑誌が毎月発刊されていたからだ。
雑誌の衰退は、環境意識の拡大
私は幾多のアパレル、マーケティング戦略の仕事をしてきた。何万人もの消費者調査をやってきたわけだが、結果を一言でいえば、女子たちが雑誌を読まなくなった理由は「ゴミになるから」が圧倒的だ。確かに、私もiPadのアプリ、Kindleに500冊以上のビジネス誌やビジネス本をしまい、部屋をすっきり片付けた。また、新しい書籍はすべてiPadで読んでいる。聞けば、漫画や動画(映画などのDVD)もそうらしい。
かくいう私も、ファッション雑誌は全く読まなくなった。理由は、YouTubeなどの動画にインフルエンサーが登場し、セレクトショップなどもYouTubeに独自チャンネルを出しており、これで十分だからだ。
これに対し、女子が活用するメディアは、インスタ(写真)やインスタライブ(動画)、Tik Tok (動画)が圧倒的である。これら女子向けメディアに共通してるのは、動画が数十秒と短いことで、男性のYouTubeは最長でも15分以内である。この10~15分の差は大きい。確かに、寿司屋でうんちくをあれこれ語るのは男性が多い。あれこれ理屈やストーリーを気にするのは男性で、瞬間的な「かわいさ」で購買するのが女性である。今、圧倒的な市場規模を構成する女性向けプロモーションは「瞬間芸」で、男性はストーリーだ。
このように、今、アパレル業界は、ファッションを牽引してきた雑誌に変わる媒体を掌握すべく試行錯誤中だ。だが、「活字から音声、そして、動画へ」とファッションメディアの役割が変化してゆく中、まだまだ黎明期であるメディア2.0の姿を掌握している企業は少なく、混沌としている。ヒカキンが億万長者になり、ピコ太郎が世界的スターのジャスティンビーバーのワンクリックで紅白に出演し海外ロケをするほど成長する、いわゆるユニコーン・パーソンを生み出す力をSNSはもっている。
やがて、企業のファッションプロモーションもこうしたメカニズムを枠組み化し、また、どこかの企業が大きな投資を行って、雑誌に変わる新たな存在がファッションを牽引する時代が来るだろう。デジマ(デジタルマーケティング)など、技術目線の消費者ニーズ無視したマーケティングに投資をするぐらいなら、もっと女子達のライフスタイルを研究し、彼女たちの情報ソースを奪う、あるいは、思い切った投資を行って自ら作り上げるべきだ。今、ライブコマース・プラットフォームを立ち上げるスタートアップも続々登場している。
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情報が無料化される時代、メディアがいかに変わるかが勝負
今、われわれは情報の洪水に溢れている。米国ではニューヨークタイムズ紙がデジタルシフトを推し進め、ニューヨーカー向けの地方紙から全国メディアへと変貌させて、見事再建を果たしたのは有名な話だ。しかし、私は「その次」が見える。
コロナ禍が収束すれば、毎日の通勤電車の中やスポーツクラブで、ワイヤレス・イアフォンを耳にしたビジネスパーソンが、スマホの専用アプリから音声でニュースを聞く時代がくる。女子もまたワイヤレス・イアフォンを耳に、美容院の待ち時間などに数分のTikTokを見る、静止画はインスタかファッションのポータルだ。
日本のアパレル業界は、こうした「非日常的な世界観」を最新デジタル技術をつかい、消費者目線で提案してゆくマーケティング戦略に大きな投資をすべきだ。衣料品の工業製品としての完成度は、一部のアパレルを除いて差がなくなっており、これからは、「プロモーションによる提案力」の勝負、いわゆるブランド化の時代が来る。
テクノロジーの変化は恐ろしいほど早いため、この3年で我々を取り巻くメディア環境は大きく変わるだろう。
音声や動画が主力になる時代にアパレルがすべきこと
このように、私たちはスマホによって、日々情報の洪水に溺れそうになっている。それを整理してくれるのがAI 。パーソナルに好きな情報を繰り返し見ていると、スマホはどんどんわれわれの嗜好を学習し、私たちが好きな情報を取捨選択し見せてくれる。メディアも、あの手この手で、有料会員を増やそうとしているが、いわゆる初期的な「チラ見せ」から本紙への誘導は、消費者にとって必要ない。
消費者側から見れば、情報など「チラ見せ」で十分で、日経新聞、読売新聞、朝日新聞などの「チラ見せ」を、「情報が無料になった」と思っている人もいるほどだ。また、NewsPicksをみれば、素人とは思えぬほどの高度な解説も読める。
したがって消費者は、質、量ともに膨大な情報を持っているが、それゆえに「情報に操られやすい」というデメリットも露呈している。私たちは、メディアリテラシーを高める教育を受けていないからだ。
エモーショナルバリューを高めよ
こうした時代、ただ事実を並べ、その事実の裏付けだけに命をかける従来型メディアよりも、消費者は、多少の定量的裏付けが正確でなくとも、その裏にあるメカニズムや因果律そして、事実と事実をつなぎ合わせるストーリーを求めている、と私は考えている。テレビの討論番組などを観ていると、日本人のディベートは、「この小数点が違う」など、私からいわせれば、部分の議論に終始し、全体感が見えない。非連続な対立から生まれる新しい発想、いわゆる「アウフヘーベン」を流行語大賞といって茶化し、結果的にクリエイティブな思考が弱い議論が露呈しているように見える。
例えばエンタメの世界をみれば、原作はおおよそ日本の学校教育のアカデミックスマートといわれる人達が描いたものでない、漫画が原作が多く、もはや、世界的に、エンタメの世界は韓流(韓国)にまで完敗しており、Netflixでのトップ10はアニメか韓流だけになって、日本の作品は皆無となった。
ハードスキルエリートが生み出すアウトプットは、工業製品としての完成度は高いが面白みに欠け、人の心をワクワク踊らせることはない。しかし、例えば、食べ物で言えば、ソースを使わず「醤油と塩」だけで、素材の味を出す「和食」が世界中で認められているように、日本人にエモーショナルバリュー(イメージ価値:ブランドで競争する技術 (ダイヤモンド社)を生み出す力が無いとは思わない。むしろ、われわれはこうした個人の力を封印してきた歴史がある。
来るべき成熟社会、循環経済化でトップランナーに勝つためには、教育を含めた人材育成と活用方法を抜本的に見直す必要がある。今だからこそ、大きく「人の活用」の舵取りを変えないと、世界化に遅れ日本人が持つ世界的な価値が消え失せる可能性を危惧している。
自らを否定する話となるが、前週に掲載した「企業価値算定」が非常に高いページビューを記録したことこそ、日本人が間違った方向に向かっている証左であると私は思う。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)