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三井物産アイ・ファッションと日鉄物産繊維部門の合併は産業再編の序章となりうるか?

2021年2月某日、朝の日課として早朝6時に起床し日経新聞に目を通していた私に、ロンドンから連絡が入った。「河合さん、河合さんの古巣の日鉄物産の繊維部門と三井物産アイ・ファッション(MIF)が合併するみたいですよ」と。私は、新聞電子版をあちこち探したが、朝6時に出ていたのは三井物産の鉄鋼部門を日鉄物産に譲渡するという記事ばかりだった。 
すぐさま、ロンドンからURLが送られてきた。それは「日鉄物産繊維部門とMIFが統合、2022年に新会社を設立する」という記事だった。朝7、8時になると嘘のように鉄鋼の話は消え「繊維部門の合併」の話が飛び交っていた。
今回は、この統合の裏側に何があったのか、そしてこの統合がアパレル業界全体にどんな影響があるのかについて、解説していきたい。

MIFと日鉄物産の繊維事業の統合が発表された

日鉄物産とMIF統合するも、両者の得意先は…

 今だからいえるが、日鉄物産繊維部門(旧住金物産)とMIF統合の話は、2~3年前から噂が流れ、業界関係者であれば、誰もが知っていた。各種メディアによれば、両者統合により売上2400億円規模の商社ができあがる、などと書かれているがそうはならないだろう。なぜなら、両社の得意先の多くが被っているからだ。MIFには大阪で化合繊原料の輸出が好調で、日鉄は良品計画向けの非衣料が得意である。被っていない事業といえばその程度だろう。

私が人生に3度経験した買収劇

  昔、私がある会社に勤めていた時、私の所属する事業部は、売上の75%をある巨大企業に依存していた。しかし私がいた会社は、別の企業に買収されてしまう。その際、買収先の会社は「君たちの得意先は、もはや君たちとは仕事をしたくないと言っている」と言い、商権を奪っていった。事業だけいただけば、働く人間は邪魔、というわけだ。

 私がそこで見た光景は驚くものだった。競合企業をスクリーンに映し出し、「これらの企業の上位5%が使える人間で、あとの95%はババ抜きでいえば、ババだ。この上位5%を捕まえよ」という話をしていたのだ。また、中堅企業に至っては、「成長が見いだせない日本市場では、事業を拡大することは困難であり、M&A(合併・買収)をする方が手っ取り早い」という。その極めて合理的な「金融の論理」に、当時事業価値を上げることしか考えていなかった私は驚きを隠せなかった。

 「大将は、戦場に真っ先に出て、最後に戻る」というのが私の信条である。桁外れの売上ノルマを達成できないと判断された私自身もその会社を後にせざるを得なかった。

 この経験から、私は、成長市場から成熟市場へ、そして、衰退市場に移行している日本の中で、「金融主導の業界再編が起こる。その前にしっかりした成長戦略をつくれ」と幾度も警報をならしてきた。私を育ててくれた繊維、アパレル産業、そして、日本独特の業態である総合商社を救済したい。私の思いは、その一点だった。

 その間、訪問した企業は20をくだらない。しかし、この3年、何らアクションはおきず、あちこちでPLM (商品ライフサイクルを管理するソフトウエアパッケージ)が自前主義で導入され、個別最適が繰り返される様をみてきた。CPFR(バリューチェーン全体が共同で計画を立て、予測をもとに商品供給をする究極のサプライチェーンの発展段階)という言葉さえ知らない人達が業界再編を主導している。戦略無き自前主義でデジタル改革を行う恐ろしさを感じていた。

 そして、冗談のようなことがあちこちでおきている。例えば、バリューチェーンの中にPLMが2つも3つもある。また、ある商社では、使用用途も分からずAIモジュールを入れたが、どうやって使えば良いのかという企業もあった。信じられないような話だが全て本当だ。

 このようなことをしていれば、喜ぶのはデジタルベンダーだけで、業界全体の効率化は達成できない。PLMというのは、クラウド技術により、何十社、何百社が同時に「一つのパッケージ」を操作することで、産業エコシステム全体が、一つの商品マスター、素材マスターを共有することで、極めて破壊力を出すソフトウエアなのだ。すでに、こうしたマルチ・ベンダー、マルチ・アパレルが「デジタルハブ」を活用し、業界全体が最適化を行っている。

 

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PTCのMaterial Exchangeを学べ

図表1 アパレル向けデジタルSPAプラットフォーム(出典:筆者作成)

 私は、日本IBM時代、バリューチェーン改革の徹底分析を行っていた。日本IBMはデジタルに関して最高頭脳を持つ集団だ。運良く、同社の戦略部門に配属された私は、すばらしい仲間とアパレル企業改革について話し合った。そして、米国で、PTC (主要デジタルベンダーの一社)が、Material Exchange という、日本でいう商社のような中間機能をつくり、業界標準の業務プロセスを行うことで新産業エコシステムをオープン化していることを知った。課金手法やMDの広がりなど、詳しくは、守秘契約があり申し上げられないが、私が設計した「デジタルSPA」の原型がそこにあり、私は激しく興奮した。

 しかし、成長しない市場で四苦八苦しているアパレルは、QR(Quick Response)の名の下、煮え切らない少量発注を繰り返し、ドタバタ劇を繰り返していることは既に書いたとおりだ。商社の人間は市場で何がおきているのか正確に理解していないので、忙しい業務が楽になることだけを考え、本来バリューチェーン全体最適のためのモジュールであるPLMを、商社業務を楽にするソフトウエアだと勘違いし、また、売上が欲しいデジタルベンダーも、お茶を濁してソフトウエアを売っている。つまり、全く戦略がないわけだ。

 彼らは、「ユニクロが導入している」というと、「ユニクロ右ならえ」というレベルだ。ユニクロがSAP(ERPパッケージ:企業全体のプロセスをつなぎ、企業内の業務をリアルタイムに連携する技術)を導入すると聞いたら、「ではうちも」となり、デジタルベンダーも「ここだけの話ですが、これはユニクロが、、」が殺し文句になっている。

 当たり前だが、独特のビジネスモデルを展開しているユニクロの真似をしても、ファッション企業にとっては全く無意味だ。例えば、ROI(投下資本利益率)だけでいっても、彼らの売上は2兆円であるので、年間1億円のサブスクリプション・フィーなど、蚊に刺された程度のインパクトしかない。しかし、日本の大手と言われる企業は1000億~2000億で、利益率は5%以下だ。ユニクロは、米国のMaterial exchangeなどのシステムアーキテクチャーを導入しなくとも、自社一社でデジタル投資を行ってもおつりが来るだろう。

 ユニクロはベーシックな実用衣料でバリューチェーンのデジタル化を実現した。私は、ゼロベースで「ファッション事業のバリューチェーンデジタル化」を死ぬまでに作りたいと思っていた。しかし、自らリスクをとって私とともに併走してくれる商社はいなかった。結果、業績悪化は進み金融主導による再編が起きている。

図表2 現状のアパレル業界バリューチェーンの進みゆく方向(出典:筆者作成)

 ユニクロ比で売上1/100規模の企業1社でもサブスクリプション・フィーの絶対額は下がらない。デジタルハブとなるべき商社は粗利ベースで2割程度。複合事業という隠れ蓑に隠れ、収益性は見えないようになっている。株式市場でパークシャー・ハサウエイのウォーレン・バフェットが日本の商社に投資をしたときは驚いたが、日本の商社は世界の投資家の間では、財閥系は「資源株」などと呼ばれているが、基本的にはコングロマリットディスカウント(複数の事業にシナジーがない場合、株価が下がることをいう)により、万年PBR(株価純資産倍率)は1以下である。 

 私自身が商社にいたから分かるが、商社で働いてきたとき、「もし、金利が数パーセント上がったら、この会社は大丈夫だろうか」といつもP/L (損益計算書)をみて恐れていた。ファイナンスに詳しい方なら分かるだろうが、今のように貨幣乱発(コロナ下の事業を守っているので仕方ない)をし手入れば、必ずそのツケは将来やってくる。

 ユニクロの真似をして年間1億円の固定費など払ってしまえば「即死」だ。似た複数の商社をいくら一緒にしても、B2Bビジネスである売先のアパレル数も発注も増えない。むしろ、今後は商社外しが拡大し、受注量は大きく減るだろう。結局、過去、百貨店や銀行が経験したような、産業のオプティマイゼーション(重複機能の最適化)が進むだけだと私は思う。だから、「商社は戦略を持て」「業態を大きく転換せよ」と言い続けてきたし、私の書籍にも商社の投資銀行化論を10年前に書いたのだ。そして、評論家のようにいうだけでなく、私自身が責任を持って改革を推進することも辞さない覚悟をもってプライベートエクイティと組んでいた。

 しかし、彼らの答えは「アパレル連中と話してもムダだ。何度話しても聞く耳をもたない」、あるいは「我が社にもやりたいことがある」の繰り返しだった。さらに、アパレルに話を聞いても「もはや商社の価値は見えない。いま、最も全体コストを上げているのが商社の連中だ」というもので、互いの溝は決して埋まらないと思った。結局、自動車産業でおきたような戦略的協創は起きず、市場と事業は縮小し続けるだけに見える。

 今、本気で流通改革をやろうとしているのはアパレルだ。彼らは、経営レベルで商社とwin-winの関係を構築したいと心から考え、サプライチェーンをどうデザインすれば業界全体が産業効率を上げられるかを恐ろしい速度で学んでいる

 商社という中間流通は、今こそトップ営業と新世代に適応した産業再編をデザインする戦略能力が試されるのだが、彼らにその力があるようには見えない。力はあっても、激しいステークホルダーに囲まれ、金融や外資などの外圧による統廃合(産業再編)しか動けない。商社のマネジメントには、定量的にバリューチェーン最適化戦略を提案し、生産工場、付属メーカ、生地メーカなどを巻き込み、商社を中心とした「デジタル・エコシステム」をデザインする能力が見えない。このままでは日本独自の繊維商社は幻想に終わり消えゆく可能性もある。

これからの商社は、固定費を軽くしなければ生き残れない

 考えてみてもらいたい。もはや中国のエリートは、我々日本人の頭脳を遙かに超え、語学力もデジタル開発力も遙か彼方、先にいっている。20年前の「中国は人件費は日本人の1/20」などという過去の常識は全く通用しないことを幾度も述べた。彼らは、日本語も英語もペラペラで、外貨送金さえしてもらえば、LDP (日本国内渡し)で、商品を直貿で生産してくれる。

 強烈なトップ主導で改革を進めているオンワードホールディングスは、海外複数拠点で仕入を行い、自らコンテナーを立てて船積みを行っている。生産についていえば、セル生産とクラウドを活用したバイオーダー生産を行いZOZOの生産を受託しはじめ、商社を驚かせた。本来、こういう仕事は商社のものだからだ

 「貿易実務は商社マンの方が上」というのは昔の話であり、今は、商社を使うメリットは、展示会でアパレルに企画のファーストキック(最初のきっかけ)を与える程度だ。アジアの激しい成長の結果、商社など使わなくとも言語も貿易もすべて中国の工場とアパレルがタッグを組めば楽勝で「直貿」ができる時代になったとアパレルはみないっている。商社は、本気で次世代の自らのあり方の戦略を描けなければ、「茹でガエル」と化している。

 Too big to fail (合併させて大きくすれば生き残れる)というのは、今は昔。今は、too big to survive (固定費を軽くしなければ生き残れない)なのだ。デジタル武装した中国工場と日本のアパレルの間に入るには、利益を我田引水するのでなく、バリューチェーン全体の最適化を図る正しい戦略とステップ、利害関係者調整をトップ自らが行うべきなのである。

 再三警報を鳴らしていた金融主導による統合はこれからも進むだろう。現在、水面下では本業集中によるカーヴアウト(非本業事業の切り離し)があちこちで起きている。このままでは、日本のアパレル産業は崩壊する。日本人の衣料品はユニクロ、無印の二社、および、小さなD2Cや好感度セレクトを除き、外資になる。

 もはや金融機関の下支えは限界に達し、不良債権化したファンドがその受け皿になっており、古くは、銀行、百貨店の統合などのように、世の中から重複している機能を消失させ業界の需給バランスを平常化させるというのが金融論理である。市場へのオーバーサプライ(過剰供給)は、金融主導の業界再編により需給バランスが均衡することになるだろう。

 何度も言うが、競争環境の変わり目は戦略無き企業は滅んでゆくことになる。今回の統合が成功することを元商社マンとして祈るしかない。Too big to fail はもはや古い。Too big to surviveが実態である。

 

 

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プロフィール

河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)

ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)