「アジャイル開発」は不可能! アパレルのPLM導入が失敗する明確な理由
知らない者同士で進めるプロジェクトの悲劇
繰り返し言うようだが、上記のようなバリューチェーン全体の中で、誰が投資をし、誰がオペレーションを行い、そして、誰が受益者になるのか、そして、そのサプライチェーンにまたがるリスクとプロフィットをどのように分担するのかを、あらかじめ決めてからシステム導入をすべきである。
また、PLMのような、無数の企業が同時に1つのマスターを使うようなシステムは、従来のアジャイルなどという手法は全く通用しないことを知るべきだ。
本質は「業務改革8割、システム2割」なのである。例えば、3D CADのようなものは、計算すればサプライチェーン全体のコスト効果は計算できる。また、その直接的な受益者は工場だ。例えば、工場や商社が製品マスターをアップデートする際、総サンプルコストが10億円だったとしよう。CMT (工場の工賃)に、デジタル化された総サンプルの実コストで割り返し、FOBのコストに組み入れればよいのだが、そんな簡単なことも分からずシステム開発をすすめるわけだ。
アパレル企業や商社は、パッケージベンダーにもコンサルがいるから、などと勘違いをしている。だが、彼らは各産業界の専門家ではないから、こうした基本的な実務を全く分かっていない。
だから、本来自分たちで考えるか、我々のようなデジタル戦略コンサルが支援すべき領域をスキップしてものごとを進めてしまう。その結果、「これは全く使えない」ということになり、「それならば、元のやり方に戻そう」と、システムを使うのをやめてしまうわけだ。
アパレル企業は当初、業務調整もシステム会社がやってくれるものと都合のよいことを考えているのだが、システム会社からしてみれば、自分たちの仕事はシステムを稼働させるだけ、という認識だ。つまり、もっとも本質的な部分に踏み込まないまま、アパレルのシステム部の人間とシステム会社による「アジャイル」開発が進み、システム会社は請求書だけおいて、「あとの業務調整は貴方たちでやってください」といって、立ち去るわけだ。
覚えておいてもらいたいのは、無数のバリューチェーンが絡むPLM 導入にアジャイルなど存在しない。私のやり方は、大部屋に20近い人間を集め、スクリーンに映し出しながら全員で納得させることをプロセスごとに行ってゆく、というものだ。
その際、たとえば、商社が「そんな業務は聞いていない、その分製造原価を上げさせてもらう」と言ったとしよう。それに対してアパレル側は、サンプル代をデータ化したり、五枚複写の伝票をEDI化したりする生産性の向上とのトレードオフではないか、と交渉すべきだが、アパレル業界はシステム会社におんぶにだっこで、こうした交渉もできない。
そもそも、システム会社はパラメータを設定するだけで、こうした業務調整や、パッケージの外の運用を、例えば、ロボティクスの技術をつかって自動化するなどという話を提案することさえしない。
だから、「自分の業務が世界で最も正しい」「面倒なことはやめてもらい、自分の業務を便利にしてもらいたい」と望む現場との間での、フィット&ギャップ(システムと業務の差分)の問題解決が、アパレル側もシステム会社側もできないのである。
したがって、本来、既製服であるスーツが、改良、改良を重ねて見る影もなくなって会社の中枢部に食い込んでゆく。その結果、アパレルはベンダーの言いなりにならざるを得ない。システムの変更もできず、寄生虫のように運用費やサブスクフィーを取られ続けることになる。これが、実態である。
最後に、みなさんは、どこでこのPLM開発が失敗したのかおわかりだろうか?
これは「全体最適」、つまりみなが少しずつ努力することで、バリューチェーン全体を通る商品の製造原価を激減させる、というもっとも重要な目的を忘れ、いつしか、「自分の会社の自分の業務を楽にしたい」という現場の声に振られ、全体最適をめざす目的が個別最適になってしまったからだ。繰り返し申し上げるが、システム会社にこうした話をしても、なんの解決もできないだろう。私はこうした現実を見るたび、ますます将来に希望が持てなくなってくる。
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プロフィール
河合 拓(経営コンサルタント)
ビジネスモデル改革、ブランド再生、DXなどから企業買収、
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
https://takukawai.com/contact/
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