「アジャイル開発」は不可能! アパレルのPLM導入が失敗する明確な理由

河合 拓
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個別最適と全体最適の違いが理解できない現場

gesrey/istock
gesrey/istock

 失敗の原因は、PLM導入の目的が曲がって伝えられていることだ。
 アパレル業界は、サプライチェーンが多段階に分かれている。例えば、一つの商社だけで500の工場をアジア中で取引している。さらに、その工場には、商社経由で2万を超す素材メーカーが素材を供給している。PLMをクラウドで活用するというのは、これらのサプライチェーンを全体最適化することなのである。

 これは、言うは易く行うは難し、である。なぜなら、企画機能、生産機能、流通機能、販売機能を自社グループ内でもっている大手シューズメーカやアンダーウエアメーカならいざ知らず、星の数ほどあるサプライチェーン全体を、全体最適化することは「素人」には無理だからだ。

 例えば、3D CAD を導入し、かつデザイナーを教育するまで投資したとしよう。そのメリットは、上工程の商社や工場が利食い(出てくる利益を自社誘引)することにある。一般に、一つの量産品をつくるのに必要なサンプルは3枚以上であり、かつ、そのサンプルの総数の30%は破棄され、シーインなどの餌食になることはすでに述べた通りだ。 
 日本のアパレル企業は、慣習的にファーストサンプルから各色サンプル前まで、お金を払わないので工場の研究開発費は膨大になり、多いケースになると数十億円にもなる。実際、こういうことをきちんとやっていないアパレルは、サンプルというのは工場の中のサンプルルームでつくられ、物理的原価は量産品の10倍もしていることさえ知らない。しかも、それをクーリエ便でおくれば、一枚3万円以上も輸送費がかかる。

 したがって、本来量産品で15ドルするサンプルは、簿価ベースでいえば150ドル以上するのだ。工場がサンプルをつくる意味は、その商品を量産化したときのスループ(単位当たりの処理能力)の計算をするためだ。つまり、デザイン的なよさを確認するためのアパレル企業のサンプル確認とは違う。

 アパレルは、無料だからといって、このサンプル品を好きなだけつくり、量産発注は雀の涙ほどの量しかない。だから、アジアの工場で日系資本が入っていない工場は、私が警報を鳴らしてきたジャパンパッシング(日本無視)を行い、今、バングラデッシュで普通に生産を依頼すると、なんとリードタイムは半年もかかるし、中国でも3ヶ月が一般的だ。

 実際、物理リードタイムで半年もかかるなどということはないので、現実は工場に「後回し」にされ、工場の空きスペースをつかって生産されているのだ。これが、私がいくども警告してきた、バラバラに発注をやってきた代償なのである。
 こうした「事実」を分かっていれば、PLMというシステムをいれても、リードタイムが短くならないことなどすぐわかる。ステムで改善されるのはコミュニケーションリードタイムであり、プロダクションに必要な生産リードタイムは物理的なもので、一切システムとは関係ない

 仮に、この3D CADにアパレルが投資をしても、喜ぶのは数十億円も押しつけられてきた工場や商社たちで、そのリターンはアパレルに戻らない。ここが、過去から今に至るまで伝言ゲームとそば屋の出前で仕事をしてきたアパレル業界が背負っている十字架なのだ。
 このように細分化されたサプライチェーンの全体最適を行うことは、調達の隅々まで業務を理解した水先案内人が必用であり、いわゆる「ちょっとかじった素人」では、全体のデザインや進め方のイメージさえ持てないのである。

 

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