先日、ある会合に出席したのだが、そこでなされている議論は、世界の常識、そして、日本の置かれている状況を正しく分析しているとはいえないように感じた。例えば、ある方は「日本のブランドがブームになっている」というが、現実は、中国では国潮ブームが起き、日本のブランドの神通力はすでに消えている。
メディアの古い報道を未だに鵜呑みにし、現状分析が間違っているわけだ。あやまった現状分析からは、正しい戦略・政策はつくれない。今日は、私が出席した、欧米の国際カンファレンスのやり取りをご紹介し、世界は日本をどう見ているのかをご紹介したい。彼らは、今アジアに最も注目しているのだが、あえていうと、日本など彼らは眼中にない。以下は、英語でのやり取りを筆者が日本語にしたため、ややもどかしい表現になっているのはご容赦いただきたい。以前、ダイジェスト版を本連載で掲載したが、今回は一部を除いて全編を掲載する。
世界のアパレルが直面している3つの重要課題とは
司会者: Taku、最初に広くアパレル産業関連の質問をしたいと思っています。コンサルタント、アドバイザーとして立場から、現在の世界の小売業界の状況をどのように評価されますか? また、この業界が直面している重要な問題とは何ですか?
河合拓: 世界の小売業界が直面している3つの重要な課題があります。 一つは、巨大プレーヤーの成長が鈍化し、環境との共存なくしては存在し得ないということ。例えば、ESG経営に積極的に取り組んでいる企業の株価は、米国ではそうでない企業の株価よりも高くなっています。2つめは、業界のデジタル化が世界規模で拡大していること。つまり小売業の生産性と拡張力が飛躍的に向上しているだけでなく、 テクノロジーなく企業が競争に勝つことがますます困難になっているということ。そして最後に、COVID-19が私たちの生活様式を大きく変え、ECを劇的に拡大しました。ECが伝統的な小売業者の競争優位をより困難にし、より多くの新しいプレイヤーが出現するでしょう。
司会: そうした現状を踏まえ、あなたは、どのようにしてShein(シーイン)に興味を持ち、近づいたのですか?
河合: 私は、ファッション業界を 30年間追いかけてきました。ここ数年でいえば、ファッション業界が大きく変化し、「サステナビリティ」という概念が拡大していると思います。 しかし、私がシーインをフォローし始めた理由は、米国のファストファッション市場の興味深いダイナミクスに気づいたからです。
米国はユニクロが新疆ウイグル自治区の綿を使用しているのではないかと疑ったため、突然ユニクロの輸入を停止しました。時を同じくして「Bloomberg Businessweek」が「ファストファッションの王様」の名前で、中国のシーインについて取り上げたのです。そこには、「1日あたり3000 SKUを立ち上げ 売上が100億ドルを超えた」と書かれていました。そこで私は友人や中国の連絡先にシーインについて尋ねたのですが、しかし、彼らについて誰も知らないのです。これは、大変興味深い。そこで私は現地でのリサーチを始め、彼らのビジネスモデルの斬新さに驚き、日本の雑誌やウエブにシーインに関する論考を何本も書きました。私の親しい友人もシーインの中国の工場を訪問し、経営陣から直接いくつかの情報を得ました。
“チート”なシーインを生み出したのは、世界中のアパレル
司会:シーインに関しては、:1)効率的で集中したサプライチェーン。2)彼らの高度なアルゴリズムと強力なソーシャルメディアの使用。3)中国から直接出荷することによる税制上の利点。の3つが特徴的だと思っており、これらについて議論したいと思います。まず、サプライチェーンに関するあなたの見解を教えていただけますか?
河合 まず、アパレル企業のD2Cと呼ばれるビジネスモデルは、ファッション業界でますます拡大しています。シーインの本社はシンガポールにあり、中国広州の何千もの小さな縫製工場とクラウドでつながっています。彼らのサプライチェーンの独自性は、世界のアパレル企業が残した膨大な量の生地や商品サンプルなどを再利用することです。彼らは残り物を安く購入し、ブランド名を変更して、フェデラルエクスプレス(FedEx)などの航空宅配便サービスで消費者に直接出荷するわけです。同時に、シーインはシンガポールのビッグデータを活用し個別配送で出荷します。
そのようなファッション企業は世界でありません。例えば日本のSPA(製造小売)企業は、商品生産するため平均4枚のサンプルをつくり、工場に捨てます。一般的な業務フローを説明すると、ある程度の商品の塊を輸入税を支払うバルクコンテナで世界中の店舗に出荷。その後、店頭で消費者に販売するわけですね。
シーインのユニークなサプライチェーンは、残反、残品を活用していますから、FOBコストを一般の企業と比べて、約15〜30%削減できる可能性があります。この話を言うと「他の企業も真似すればよいではないか」と批判がでますが、それは無理です。ブランドには「顔」があり、何でも残ったもので代替できるというものではないのです。
司会者:シーインは、彼らがこれほど魅力的な価格設定ができる理由の1つは、生産における廃棄物を最小限に抑えられるからだと主張しています。アパレル業界では平均して、世界で生産された衣服の約30%が売れずに破棄されます (これは本来P&Lのコスト増の要因になります)。シーインの廃棄物は、EC専業でデジタル・マーケティングと組み合わせ、世界中の何千もの店舗を稼働させ、顧客が何を買うかを「予測」する必要がないため、これよりもはるかに低いのです。これは、公正な競争といえますか?
河合 これは善悪の話ではありません。シーイン自体が限られた廃棄物で事業を行っているのは事実ですが、同時に、中国で生産している世界のすべてのアパレルプレーヤーの残り物を活用しています。シーインのビジネスモデルは、私たち先進国アパレルの「大量生産」に対する神の警告です。彼らが悪いとしたら、その責任は我々にあります。また、同時にシーインのような企業は、アパレル企業が破棄を前提に生産し続けるならば、成長し続けるでしょう。 ファッションビジネスにおける「破棄ゼロ」生産モデルは、デジタル技術のおかげで、今日は可能になりますが、私たちの貪欲さ、つまり、より企業を大きくし、利益を生み出したいという意欲があれば、彼らのような企業は決して消えることはありません。
会場からの質問①:シーインのもう一つの差別化要因は、彼らの高度な技術スキル (アルゴリズム、ソーシャルメディアの使用など)のようです。実際、彼らは自分自身をアパレル会社というよりはテクノロジー企業と定義しています。これについてどう思いますか? また、彼らの技術スキルを他のプレイヤーと比較しどのように評価しますか?
河合:ZARAやユニクロのように、グローバルチャンピオンに成長していく企業は、人間の感性という、曖昧で不確実性が高いもので成長している企業でないということを忘れてはなりません。シーインはもともと、ビッグデータ分析を使用し、中国で残っている多数の衣服やサンプルからベストセラー製品を探すデジタル・マーケティング会社でした。もちろん、スタートアップのフェーズでは、ファッションビジネスには感性は必要だと思います。 ですが、だからといって、感性だけで企業はスケールアップしません。彼らは確かに技術面で進歩し、それらをハイテク企業と呼ぶのは正しいと思います。
会場からの質問②:シーインの税制上の優遇措置について。彼らは、米国(そして部分的にヨーロッパ)の輸入税が、中国からの直接出荷により、避けられているようです。シーインは、このことについて、「私たち先進国は、この利益を過大評価し、これが競争力のある価格設定の理由の1つではない」と主張しています (あくまでも、廃棄物低レベルがコスト優位性の源泉であると主張しています)。あなたの意見は何ですか?
河合: 税金をくぐり抜ける影響は、バリューチェーン全体で見れば、決して影響が小さいとはいえません。たとえば、世界中の繊維製品の輸入は、国によって違いますが、平均すれば、CIF (コスト、保険、貨物)価格の約10%ぐらいです。 小売業者は、この価格を3倍にして消費者に販売します。シーインがこれらを経る必要がないとすると、シーインのコスト優位性は、 競合他社と比較し小売価格の上代の約30%ディスカウントとなります。
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シーインのEBITDAマージンは20%と推定!
会場からの質問③:シーインのビジネスモデルを際立たせ、彼らがそのような世界的な巨人になるのを可能にした別の理由はありますか?
河合 シーインのビジネスモデルで、議論すべき点はSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を外部委託している点です。地元のPR担当者にライブストリームで運用させているため、すべてのマーケティング活動は各国の特性に合わせています。たとえば、米国ではケイティ・ペリーのような大物アーティストを起用し、日本では知名度の低いがInstagramのインフルエンサーを起用します。彼らは100%ECを持つ国のキャラクターに応じてライブストリーミングをしています.「デジタルネイティブ」世代と言われるGen Z(Z世代)をターゲットにし、大人に知られずグローバル企業に成長しました。 私はビジネススクールの教師で、若者にファッションビジネスを教えています。コースを始める前に毎回、シーインで買った人は手を挙げてもらいました。驚くべきことにほぼ100%が手を上げているのです。
司会:投資家が気にすることは、シーインが利益を上げているかどうかです。粗利益率またはEBITマージンに関する情報やアイデア、およびこれが他のプレーヤーとどのように比較されているかはありますか?
河合: 簡易的ではありますが、ビジネスモデルを分析すれば、シーインのEBITDAマージンは20%近くになるはずです。一般的に、世界の巨人の売上高あたりのSG&A(販管費)率は約40%です。シーインのコストは競合他社よりも約10%低く、SG&Aはeコマースのみのビジネスモデルであるという事実から30%の範囲である可能性があります。ただし個人的な配達の頻度が高いことと税額控除によって少し物流コストを追加しています。
司会:シーインの経営陣について、共有できるフィードバックはありますか?
河合 中国にいる友人がシーインの工場に行き、短時間で生産管理チームと話をしました。 この会話の中で、彼らは数千以上の工場でクラウドシステムを使用し、生産と物流を管理しているということでした。彼らは、本社がシンガポールにあることに決して言及しませんでした そして中国の別の友人は、彼らがシンガポールの工場を支配していると聞いているようです。いずれにせよ、すべてのグローバルプレーヤーは徹底的に秘密主義をつらぬいています。
会場からの質問④:シーインは、サプライチェーン/生産ユニットのサステナビリティ基準が低いと非難されています。ESG準拠のサプライチェーンでは、彼らのような低価格で販売することは不可能だと多くの人が考えていますが、シーインはこの点についてハッキリとした回答をしてくれません。これについてどう思いますか?
河合:ご存じの通り、ヨーロッパでは「HIGGインデックス」などの測定ツールが開発され、 世界の何万ものアパレル企業に導入されています。 さらに、この慣行は現在、アジアにも拡大しています。昨年、日本政府は アジアの工場に対して「人権デューデリジェンス」を実施しましたが、この基準に合格しない工場との取引は不可能です。こうしたグローバルの動きの中で最も重要なキーワードは「製造責任」、つまりトレーサビリティです。 シーインを含む中国人プレーヤーが、誰が作ったのかわからない製品を、自分たちが責任を負わない 素材を使って販売することは、米国で経験したユニクロのように、ESG主導の世界では受け入れられないでしょう。だから私は彼らが直面する大きな問題になると思います。
シーインの強力な成功は、業界にどんな影響を与えるか?
会場からの質問⑤:業界の話題に戻ります。シーインの強力な成功は、既存の伝統的な小売プレーヤーにとってどのような意味を持つと思いますか? シーインがこの分野ですでに存在する強力な競争圧力を悪化させたと言っても過言ではないでしょうか?
河合:「シーインは私たちの未来への「警告」だと思います。つまり、大量生産による余剰在庫が多ければ多いほど、シーインのような企業は成長します。残念ですが、私の見解では、シーインのようなビジネスは決して消えません。 アメリカでも、アパレルの余剰在庫を買取り、オフプライスストアがあり、日本でもワールドやShoichiがそうです。 シーインのモデルは別に珍しいことでなく、世界でなされていることを越境ECでやっているだけなのです。従って、私は世界の工場である中国の脅威は続くと思っています。
会場からの質問⑥:H&Mやユニクロなどの伝統的なプレイヤーは、何をすべきだと思いますか? 競争力を維持するためには、戦略をどこに集中させるべきだと思いますか?
河合 成長性分析をすると、ヨーロッパにおけるZARA、H&Mの成長は明らかに減速しています。しかし、彼らは「持続可能性」のニーズに反応し、測定ツールを採用し、新しい勝ち方の基準をつくることになるでしょう。彼らは持続可能性に焦点を当て、競争の定義を変えると思います。
第2に、ファッション業界は、数字だけで見れば、アジアでは成長しており、東南アジアやインドの爆発的な人口増加を牽引しています。 ここは恐ろしいほどの成長機会があります。 ユニクロはこの地域で強く、ヨーロッパのプレイヤーとは明確に違います。 しかし、同時に日本は中国と米国と多くのビジネスを行っており、ユニクロにとっては、問題となっている両国間の貿易・経済戦争に苦しんでいます。ですから、基本的に世界のトップ3の選手(ZARA、H&M、UNIQLO)にはそれぞれリスクとアドバンテージがあります。
司会:歴史的に見て、中国のアパレル企業は、グローバルプレーヤーになることに成功していません。シーインの成功は、これらのダイナミクスに何か変化があることを示していると思いますか?つまり、中国企業は将来、世界の他の国々でより攻撃的になり、すでに競争の激しいアパレル市場で競争がさらに激化するのでしょうか?
河合 中国ファッションのグローバル化は今後も進んでいくと思います。実際、これまでのファッショントレンドは、パリ、ミラノ、ニューヨーク、東京などでした。しかし今日は、少なくともすでに中国では、ファッション先進国と、中国に違いはなく、世界中のZ世代はブランドの国籍に価値を見いだしていません。彼らは「スマートフォン」を使っていて、コスパだけに基づいて「合理的な購入」をしています。 実際、日本のZ世代は韓国のブランドを購入し、中国のブランドは、低価格とより良いデザインのおかげで日本のブランドより多く購買されています。
恐ろしいコストインフレのシーインへの影響とは?
司会: 素晴らしい洞察です!どうもありがとうございます。あなたや私たちのチームのためにチャットで寄せられた質問のいくつかを見てみましょう。
追加の質問と回答
–小売業界は最近、サプライチェーンの主要な問題と、非常に強いレベルのコストインフレに苦しんでいます:シーインはこれによってどれくらいの影響を受けましたか?彼らの価格戦略に何らかの影響があると思いますか?
河合:私の考えでは、シーインのビジネスモデルを考えれば、原価高の影響はほとんどなく、例えば、中国でゼロ評価され残った衣服やサンプルを使用しているからです。この構造は通貨変動の影響を受けません。
–シーインと協力する工場のほとんどは広州に拠点を置いています。彼らが最近のコロナウイルスの急激な拡大によって大きな影響を受けていると思いますか?
河合:そう思います。しかし、説明したように、彼らは3,000以上の小さな工場を使用し、中小の工場の数が多いため、工場が分散化されることで影響は想定より限られていると思います
–デジタル化は 中国のサプライヤーにどのような影響を与えますか?
河合 PLMのクラウド利用に関する製品ライフサイクル管理は、アジアで急増しています。自動車業界では、すでに1,000以上の工場や衣料品メーカーがクラウドと本社の同じデータベースに入力され調達や物流からAIが制御されています。
–彼らの最近の戦略的方向性についてどうお考えですか?彼らは欧米の拡大に成功すると思いますか?
河合 私の観点は、中国ブランドは強い力を持ち、消費者はブランドの国籍を気にしませんこの傾向は、アジアで成長しているアパレルにとって成長機会であり、我々にとっては脅威です。
司会:Taku、非常に洞察に満ちた議論に感謝します、今日、あなたとこのセッションを主催することは心からの喜びでした。
プロフィール
河合 拓(経営コンサルタント)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
https://takukawai.com/contact/