三越伊勢丹ホールディングス(以下三越伊勢丹HD、東京都/代表執行役社長 CEO 細谷敏幸)がデジタル・トランスフォーメーションを加速する。グループ傘下のITサービス開発企業であるアイムデジタルラボがその促進剤となっている。足形に合った靴を提案する「YourFIT365」、新型コロナウイルス感染拡大によって注目されるオンライン接客アプリ「三越伊勢丹リモートショッピングアプリ」をリリースして成果を上げている。
オンライン接客アプリをスピード開発
「新しいお買い物体験が始まります」――。2020年11月25日、三越伊勢丹HDはオンライン接客サービス「三越伊勢丹リモートショッピング」をスタートした。独自開発のアプリで、チャットやビデオによる接客が受けられる。自宅やオフィスに居ながらにして、まるで百貨店の売場にいるかのような買物ができるサービスだ。
三越伊勢丹HDはこのサービスを実現するためのアプリを自社開発した。開発を始めたのは、20年7月のことである。通常、アプリ開発には企画立案からリリースまで1年から2年かかるものだが、わずか3か月でこれをやってのけた。三越伊勢丹HDはいかにしてこれを成し遂げたのだろうか。
「お客さま視点でデジタル・サービスを考え、まずは必要最低限の機能でスタートする。小さく始めて、毎週のように改善を繰り返す。そうした考え方やプロセスで開発を進めています」。こう話すのは、「三越伊勢丹リモートショッピング」アプリを開発したアイムデジタルラボ(IM Digital Lab:以下IMDL)代表取締役社長の三部智英氏だ。
これまで、デジタル・サービスの開発には、大勢の関係者が関わるうえ、最初から多くの機能を搭載することを目指すのが一般的だった。そのため、すべての機能を完成させてリリースするまでにどうしても長い時間がかかってしまっていた。一方、IMDLは少人数で意思決定し、最小限の機能で小さく始めて、利用者や関係者からのフィードバックを継続的に得ながら調整を繰り返すのだ。
デジタルシフト推進役の新会社が誕生
IMDLは三越伊勢丹HDの子会社として、19年10月に設立された。その設立の背景には、17年に三越伊勢丹HDが打ち出した、デジタル時代に合わせたビジネスモデルの変革、デジタル関連の新事業の創出と、店頭とオンラインをシームレスにつなぐという経営方針がある。当時、ITソリューションを提供する三越伊勢丹システムソリューションズ(IMS)の代表だった三部氏は、グループ全体のデジタルシフトを推進する方法を思案した。「お客さまに近いところにいて現場をよく知る人たちとともに考えないと、よいサービスを創造できない」と考えていた三部氏は、グループ内にデジタル・サービスを開発する会社を設立するのが最善との結論に至る。システム開発の専門家と、百貨店の現場経験者から成る組織を作り上げることにした。
設立準備と並行して、同年4月からひとつのプロジェクトに着手した。のちに「YourFIT 365」といわれる靴売場に対応したデジタル・サービスの開発である。
当時、三越伊勢丹HDのデジタル戦略を担当していた河村明彦氏は婦人雑貨部門の出身で、3D計測器で読み取った顧客の足形をデータ化し、木型データと照合することで、顧客に合う靴を複数のブランドの中から絞り込み、最後の1足をスタイリストが提案するサービスをフロアマネージャー等と検討。河村氏をプロダクトオーナー(プロダクト責任者)に指名し、「YourFIT 365」の開発が始まった。ただし、伊勢丹新宿本店の大規模な改装に伴い同年8月28日にリニューアルオープンする婦人靴フロアに導入することになったため、完成を急がなければならなかった。
まず、エンジニアやシステム開発の専門家が加わった開発チームに、百貨店のバイヤーやフロアマネジャー、スタイリストが集まって、ワークショップを開催。足形を計測したうえでのアイテム提案をスタンダードにすることを最終的なビジョンに決めた。時間が限られているため、靴の種類はパンプスに絞り、それを履きたい、もしくは履かなければならない人をターゲットにした。ビジョンと優先順位を共有したことで、それぞれがやるべきことが明確になった。
顧客・店舗の声を生かした共創型開発
「YourFIT365」は8月28日のリリース直後から利用が相次いだ。三越伊勢丹HDによると、売場で靴を試着した買物客が購入に至る「決定率」は通常3割程度だが、「YourFIT365」で提案すると同5割に及ぶという。
利用者は増え続けている。21年3月、月間の計測者数は過去最高を記録した。伊勢丹新宿本店で3月に「YourFIT365」を利用して靴を購入した客の約2割がリピーターだった。21年3月時点での計測者数は、のちに同サービスを導入したメンズ館を含めて1万5000人に達している。
「YourFIT365」をリリース後、正式に設立されたIMDLは20年に入ると、中途採用者を募集してデジタル人材7人を採用。百貨店の現場経験者、中途採用者、そして外部パートナーの混成組織となった。
百貨店の社員が現場からの声をもとにIMDLに案件をあげる。その案件をもとに、プロダクトオーナーを中心とするチームが結成される。そのチームと連携しながら、IMDLの技術開発チームとIMSのエンジニアがプロダクト(システム)を作り上げるという開発の流れができあがった。
リリースされた後も、顧客の声、販売員の声を反映しながら、毎週毎週システムを改善し続ける。現場からも開発スピードや改善スピードの速さを実感する声があがり始めている。できあがったシステムを利用する百貨店スタッフのデジタルに対する考え方も変わりつつある。「そのような人が増えていけば、デジタル推進の取り組みがさらに加速するだろうと予測しています」と三部氏は期待する。