小売業とM&A 第2回:百貨店におけるM&A戦略の方向性
百貨店は、かつて日本人の「ハレの日」を象徴する存在として、家族連れで賑わう都市のランドマークであった。しかし、消費チャネルの多様化と情報環境の進化を背景に、ピーク時には9.7兆円規模を誇った市場は長期的な縮小局面へと転じている。こうしたなか各社は、経営統合や事業ポートフォリオの見直しを軸にM&Aを活用し、再成長への布石を打ち始めた。今後は、多様化する消費者ニーズ、拡大する富裕層市場、地方の消費余力、インバウンド需要といった新たな市場変化への対応力が問われている。本稿では、百貨店業態の変遷を振り返りつつ、これからの成長機会を見据えたM&A戦略の方向性を探る。
1.国内百貨店のこれまでの変遷
ハレの日需要を満たすことで市場を拡大
百貨店の歴史を振り返ると、諸説あるものの、1904年に三越が「デパートメントストア宣言」を発表し、日本に百貨店が誕生したと言われている。20年以降は、電鉄会社が兼営する百貨店がいわゆるターミナル・デパートとして勃興し、戦後も呉服系・電鉄系の百貨店が市場を牽引してきた。
全盛期の百貨店は、屋上の大型遊具や一階の大食堂、地下の売場まで家族連れで楽しめるレジャーランドとして機能していた。家族で過ごす特別な一日を演出できる場として、90年代初頭まで日本人の「ハレの日」需要を満たしていた。百貨店は、“コト消費”という言葉が存在しなかった時代から、その価値を体現していた業態である。
消費チャネルの多様化と情報格差の解消により衰退
日本百貨店協会によれば、91年に百貨店の市場規模は9.7兆円とピークを迎えるも、いわゆるバブル崩壊を契機に、ショッピングセンターやファストファッション、インターネットショッピングといった新たなチャネルの台頭に押し出され、徐々に停滞期へと突入する。

消費チャネルの多様化は消費者ニーズの多様化をもたらし、とくにインターネットやスマートフォンなど情報端末の進化により、消費者は多くの選択肢から迅速に商品を選べるようになった。この結果、百貨店が“独自情報の発信基地”として持っていた存在価値は徐々に薄れていった。日本百貨店協会の調査では、市場規模は91年の9.7兆円から、COVID-19流行前の2019年には5.8兆円まで縮小し、年率平均1.8%の減少が続いた。
経営統合・事業ポートフォリオ見直しを主としたM&Aの活用
百貨店に対する消費者ニーズの変化に対応すべく、各社はM&Aを活用し経営統合を実行した。大手百貨店の統合は以下の通りとなる。
① 03年、西武百貨店とそごうが統合しミレニアムリテイリングが発足。その後、09年に合併しそごう・西武(東京都)に
② 07年、大丸と松坂屋ホールディングスが統合しJ.フロント リテイリング(東京都)が発足
③ 07年、阪急百貨店と阪神百貨店が統合しエイチ・ツー・オー リテイリング(大阪府)が発足
④ 08年、三越と伊勢丹が統合し三越伊勢丹ホールディングス(東京都:以下、三越伊勢丹HD)が発足
各社ともに統合後はコア・ノンコアの事業を峻別し、再成長期に備えて足場を固めている。18年には三越伊勢丹HDが、営業赤字を計上していた高級食品スーパー「クイーンズ伊勢丹」を運営するエムアイフードスタイル(東京都)株式の66%を投資ファンドへ譲渡し、4年後に収益性改善を受けて株式を買い戻した事例がある。こうした外部資本を活用した再生とコア事業維持の両立は、今後の参考となるのではないか。
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