今日は競技用シューズやスニーカー、ウェアなどの製造、販売をする日本企業アシックスについて分析をしたい。アシックスと言えば、日本では運動靴として、とくに多くの学生が部活で履いているシューズというイメージをお持ちの方が多いだろう。一方で、「Onitsuka Tiger(オニツカタイガー)」という世界的に高いブランド力を持つスポーツファッションブランドを有していることも知れ渡っている。
そのアシックスの株価は、20年3月のコロナショックを底に上がり続けており、23年6月16日終値時点で6倍強、時価総額は実に8473億円という水準にある。アシックスはなぜそこまで評価されているのか、その強みは何か、直近の23年12月期1Q決算をベースにアシックスの分析を行った。
*本論考では決算短信と決算説明資料を使用した
コロナショックから立ち直り
アシックス驚異の好業績
アシックスの22年12月期決算は売上高が4846億円(対前期比19.9%増)、営業利益340億円(同54.9%増)で、コロナショックで営業赤字となった19年12月期から復活した20年12月期に続いて、2期連続の大幅増収増益となった。コロナ前の利益水準(19年12月期は売上3780億円、営業利益106億円)を遥かに上回る好業績だが、注目は5月に発表された23年12月期第1四半期決算の結果だ。
アシックスの売上高は1522億円で、対前年同期比はなんと44.6%増。営業利益は1Q過去最高益の221億円をたたき出し、前期の営業利益の実に2/3を1Qで稼ぎ出した。
アシックスは輸出も多く円安が売上、利益に下駄をはかせた格好だが、為替影響を除いても売上高は35%増の成長となり、コロナ明けの需要拡大、日本でのインバウンド回復を印象付ける結果となった。
また、粗利率は、(当然輸入が多くなり円安は不利に働くが、それでも)前年対比0.3ポイント改善し50.2%となり、営業利益は前年同期から2倍超、その結果営業利益率は前年同期の9.5%から14.5%へと跳ね上がった。
商品カテゴリー別にみていくと、各種スポーツ用シューズ(ランニングを除く)「コアパフォーマンススポーツ」(CPS)は前年同期の2倍超となり、スニーカーなどの「スポーツスタイル」(SP)は同期比90.8%の増加となった。インバウンド客にも人気のプレミアムライフスタイルブランド「オニツカタイガー」はインバウンド需要の回復もあり、前年同期比38.8%増加している。
地域別に業績をみてみると、東南アジアがダントツトップで、91.1%増。日本が61.9%増で、中華圏が前年比38.8%増となった。
チャネル別を見るとホールセール(卸販売)が最も多く、この会社はメーカマインドを持つ会社であることが分かる。ちなみにECは222億円で前年比45.1%増と大幅プラスとなったものの、売上構成比で14.6%にとどまっており、対前期比でもこの構成比は変わっていないため、もっと高める必要があるだろう。
このチャネル構成比をみると、直販・ECを増やし、自社ブランドのコントロールを図っている世界的ブランドのナイキと比べると、いかに従来型のホールセールへの依存度が高いかがわかる。
企業の出自に着目すべき理由
さて、読者の皆さんは、店を持っていてファブレス(工場を所有しないこと)で商社に生産委託すればすべてSPA(製造小売)だというおおいなる勘違いをされている人もいるようだが、会社というのは、その「出自」が大事だ。
例えば、オンワード樫山などは本社職と売場職で別々に入社をしている。だがこんなことは、リテール出自のSPA企業である、ユナイテッドアローズやユニクロなどは絶対にやらない。すべての人員を売場に立たせ、「お客さまに販売する」ことを徹底して体に染みこませ、そこから本部のMDや事業部長へとあがっていく。従業員の多くは売場が自分の職場だと信じている人が多く、本社などには戻りたくないというマインドを持っている人も多い。
このように、会社の出自を分析するのはとても大事なのである。まず、メーカー型企業は、「良いものをつくれば、必ず誰かが買ってくれる」と「だれか」という曖昧なペルソナをおいて仕事をするが、リテール出自の人は、実際に自分が経験し、接客した人を思いながらものづくりを行ってゆく。売場の人間と生産の人間を同じフロアになどしなくとも、ユニクロのように全員が「売場命」というマインドをもっているのが、リテーラー出自のSPAである。
時として、メーカー出自のアパレルはどうでも良いようなところにこだわり、これが自分たちの差別化要因だというのだが、リテール出自のアパレルは、そもそも商品に差別性などない、客が欲しいときに欲しいものが店頭にあるかないか、それが勝敗を決するという考え方になり、両社の溝は決して埋まらない。どちらが良い悪いという話ではないのだが、ここはよく覚えておきたい。
欧州、北米での堅固な売上基盤と急速な伸び
アシックスは他の競技用スポーツメーカーと同様、スポーツ大会に協賛したり、100mの世界陸上金メダリストであるフレッド・カーリー氏とアドバイザリースタッフ契約を結ぶなど、トップアスリートとパートナーシップを結び、ブランドポジションの向上を図っている。
デジタルを含めた顧客の囲い込みという点では、OneASICSという会員制度、ASICS Runkeeperというランニングアプリ、そして欧州や日本でレース登録プラットフォームの買収を通じて、ランナーの囲い込みを行っている。アシックスは22年8月、日本最大級のランナーポータルサイト「RUNNET」を運営するアールビーズ(雑誌ランナーズの版元でもある)を日本テレビホールディングスとともに子会社化、同年11月には欧州最大級のレース登録プラットフォームを提供するnjuko SASを買収し、「ランニングでNo1」戦略を進めている。
OneASICS会員数とEC売上をみても、日本よりも北米、欧州での規模、成長が著しいことがわかる。とくにEC売上高は日本ではわずか16億円にすぎず、北米の1/5未満、中華圏とくらべても約1/3しかない。
では次に気になるエリア別ポートフォリオをみてみよう。
最初に図表内の略称について説明しておく。
- P.RUN:パフォーマンスランニングの略、ランニングシューズビジネスのこと
- CPS:コアパフォーマンススポーツの略、ランニング以外の競技用スポーツシューズ
- SPS:スポーツスタイルの略、ファンラン向けスニーカーやカジュアルスニーカー
- APEQ:アパレル・エクイップメントの略、競技用ウェアやファッションアパレル事業のこと
- OT:オニツカタイガーの略、いわずとしたプレミアムブランド
地域別売上をみると、ナイキ、アディダスなど競合がひしめく欧州での売上が最も大きい。対してアシックスジャパンはその約半分程度の規模。これからの成長を見込む東南・南アジアは、欧州の1/6~1/7の規模しかない。ただし、伸張率は現地通貨ベースで75.4%増と驚異的な伸びだ。ただ売上トップの欧州の売上成長率は32.1%増とこちらも急激な伸びだ。ここからも、同社は欧州にもっとも力をいれていると思うべきだろう。
各地域で、売上構成比トップのカテゴリーが、ランニングシューズであるP.RUNで、北米や欧州では6~7割強を占める一方で、日本だけがCPSがトップシェアとなっている。これは前述のとおりいわゆる部活などで使われる競技用スポーツシューズのことで、こちらが日本市場では依然大きな売上を占めていることになる。
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ROAツリーにみる、アシックスの在庫戦略
最後にアシックスの在庫戦略について考えてみたい。というのも、決算説明資料内にわざわざ「ROAツリー分解」という資料を用いて説明していたからだ。ROAとはご存知の通り、総資産利益率のことで、売上高経常利益率と総資産回転率の掛け算で算出される。同社の場合は第1四半期ということもあり、総資産は22年12月期末総資産と23年12月期1Q期末の期中平均とし、分子は23年12月期1Q純利益、これに4倍した数字を1QのROAとして算出している。
私は、文字通り少ないアセットで最大利益を出す、つまり、在庫回転率の向上と期末在庫の最小化こそ、同社が狙う戦略ではないかと仮説を立ててみた。
この「ROAツリー」の総資産の分解には、運転資本(正常運用状態に必要な資金、一般的に仕入、支払いを指す)の回転率、つまり、仕入れた商品は即座に売って換金することについて意志を持ってコントロールしている印象を受けた。つまり、アシックスは全社的に在庫削減に取り組んでいるのではないかという仮説になる。
在庫については、過去4期分の通期決算から見ていきたい。なお、単体ベースでは在庫を持つ機能がないと考えられるため、連結ベースで見ていく。
連結ベース | 19年度 | 20年度 | 21年度 | 22年度 |
商品及び製品 | 91,621 | 86,621 | 79,155 | 132,588 |
仕掛品 | 388 | 358 | 297 | 229 |
原材料及び貯蔵品 | 1,149 | 1,144 | 594 | 2,765 |
合計 | 93,158 | 88,123 | 80,046 | 135,582 |
売上高 | 378,050 | 328,784 | 404,082 | 484,601 |
売上高在庫比率 | 24.6% | 26.8% | 19.8% | 28.0% |
このあたりで、在庫はいわゆる一般的な、アパレル企業と同じレベルになっていることがわかるが、在庫をみてみると、20年度のコロナ初年度に売上が急減し、在庫が増えた一方で、21年度に在庫をかなり低めにコントロールして利益を捻出、22年度は売上が急速に伸びたことでそれに合わせて在庫を積み増した状態であることがわかる。この傾向は、先に紹介したABCマートを例外として、ほとんどのアパレル企業が陥っており、今後の売上高期末在庫比率には注視しておく必要がある(ここは、よく質問がくる場所なので詳しく解説すると、売上高期末在庫比率として、「率」で示しているため、売上の絶対値がどのように変化しても在庫水準には関係ないことをご留意いただきたい)。
アシックスの強みとアキレス腱とは
さて、このあたりでアシックスについてまとめてみよう。確かに、コロナで売上・利益は減ったのだが、その後のリカバリが素晴らしい。ABCマートと同じように、新型コロナウイルス前を超す売上・利益を計上している。その伸張率も40%前後。いままで、巣ごもりさせられていた日本人が、外にでて回遊できるとなると、かくも大きな売上伸張率を計上できるものなのか、ここは流石に驚いた。また、その伸張率は同社の考える通りに成長しているようだ。
個人的な話になるが、私自身もオニツカタイガーが好きで、Made in Japan の匂いがし、また、ファッショナブルで、いわゆる「アジアンブーム」のトップランナーのようなポジションにいる気分になる。アシックスがそのことに気づいているかどうかわからないが、オニツカタイガーは、「攻撃的な無印良品」といえるだろう。こうした、ユーザーが無意識に感じるポジションこそ、しっかりとプロダクトのコア・バリューにし一貫性を保つ。これが、ブランド化の能力を潜在的に持つプロダクトブランディングの考え方だ。
では、アシックスにはアキレス腱はないのだろうか?
私が見る限り、卸中心のビジネスモデルはやがて終焉を迎え、店頭と工場がデジタルで結びつくデジタルSPAとなり、さらに、その先には、日本では80%が失敗しているとされているD2Cになってゆく。なぜ、日本でD2Cの8割が失敗しているかは、私が口を酸っぱくして繰り返し言ってきたことなので割愛するが、例えば、D2CならD2Cで、自分でやってみることだ。店舗を出す金も店長候補もいない。第3者ネット販売に初期的には頼らざるを得ない。これだって、立派なD2Cである。そうすれば、マーチャンダイジングの難しさ、ファクトリーブランドのさらなる難しさがわかる。そして、ライブコマースで消費者を買いたいと思ってもらうトークをする難しさが分かるだろう。
話をアシックスに戻すと、アシックスはメーカー型のシューズアパレル企業ゆえ、こうした川下の販売に関するところがアパレルよりうまいとは必ずしも言いがたい。こうした時代の流れが自社の競争環境に何を与えるのかを分析し、仮に大きな影響力があるとしたら、その波にうまくのれるか否かが戦略的論点となるだろう。直営店とECを連動させ、直営比率を高めるナイキとはそこが異なると言えそうだ。
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プロフィール
河合 拓(経営コンサルタント)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
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