生成AIとエージェンティックAIが小売を変える!NRF2025
2025年1月12~14日の3日間、全米小売業協会(National Retail Federation)による「NRF2025:Retail’s BigShow(以下、NRF2025)」がニューヨークで開かれた。NRF2025を一言でいえば「AIが小売を変革する」。多くの講演、そして展示で「AI」の文字が躍り、なかでも生成AIとエージェンティック(Agentic)AIに注目が集まり、あらゆる施策にAIを組み込み使いこなす米国小売の姿が見えた。NRF2025のテーマは「ゲームチェンジャー」。文字どおりAIが小売のゲームを変えるというわけである。NRF2025の注目ポイント、セッションを複数のテーマから解説していきたい。
小売業界、ゲームチェンジの時!
「複雑化する小売ビジネスをAIを活用して最適化する」。
NRF2025の講演、EXPO(展示会)から得られた所感を一言で表すとこうなる。基調講演を含む多くのセッションのタイトルには「AI」が使われ、展示会でもAIを組み込んだサービスが多くを占めていた。

前回NRF2024でも生成AIが話題の中心だったが、今回は、自律的に行動し、意思決定まで行えるエージェンティックAIが加わった。
もはやAIなしでは、小売業界で勝ち抜くことは難しい──そんな業界の率直な認識をストレートに表したのがNRF2025のメーンテーマである「ゲームチェンジャー」。「AIが小売のルールを変える」というわけだ。あらゆるものにAIが組み込まれた今、AIを使いこなして小売業を取り巻く課題を解決しよう、そしていちはやく使いこなせた小売業が勝者になるというメッセージだ。
それを象徴したのが、初日最初の基調講演。恒例の大手小売首脳によるキーノートではなく、AI時代をリードするNVIDIAの幹部が登壇、「小売業界のゲームチェンジの時」をテーマに全米小売業協会会長でウォルマート米国(Walmart U.S.)のジョン・ファーナー社長兼CEOと対談した。
NVIDIA小売・消費財担当VPのアジータ・マーティン氏は基調講演で、ウォルマートがNVIDIAのAIプラットフォームを活用して需要予測の精度向上に取り組んでおり、「ウォルマートのような大企業の場合、需要予測の精度が1%あがるだけでも、大幅な利益改善効果がある」と説明した。
また、世界2位のホームセンター(HC)企業ロウズ(Lowe’s)はデジタルツインと生成AIを活用して、1700店舗を仮想空間に構築。在庫、店舗レイアウト、棚割りの最適化と売上拡大に生かしていると語った。
「チャットGPT(生成AI)は仕事を奪うのか」というよくある問いに対してマーティン氏は、NVIDIAのジェンスン・フアンCEOの回答を用いて「そうではなく、生成AIを使いこなす別の誰かによってあなたの仕事が奪われる」と説明した。
つまり、やるかやらないかが、人材、そして企業の明暗を分けるということだろう。
AIなしで競争できない
米小売業界を取り巻く環境は相変わらず厳しいままだ。インフレ率は高止まりしたままで、金利もそれに準じて高く(本稿執筆時点のFFレートは4.25~4.5%)、消費者の生活防衛意識は高まっている。ファーナー氏は「協会が予測する24年の小売売上成長率は2.5~3.5%増で好調だった」と説明したものの、これはインフレ率と同じ水準で、実質ベースではほぼゼロ成長である。
そうしたなかでも価格競争力を高めながら収益性を確保して成長するためには、サプライチェーン全体でいっそうの効率化を図ることは不可欠だ。また、小売業界の労働力に余裕があるわけではなく、現場の熟練度不足も続いている。
余計な仕事を減らし、従業員が働きやすい環境とツールを用意して離職率を低減しながら、効率的でよりよい顧客体験を提供することは喫緊の課題である。その顧客体験に関しては、顧客情報や行動データなどを活用して、オンオフの境目をなくした、パーソナライズされた顧客体験の提供を進めている。
それら実現のために適切な投資をし続けるには、収益確保を実現するツールや武器が必要だ。そこで、新たな収益源として「リテールメディア」や「ソーシャルコマース」が注目されているわけだ。
このように小売ビジネスが複雑化するなか、業界が抱える課題を解決しながら収益性を高めて成長を実現するために、各種施策にAIを組み込み、効率的にマネジメントしていこうというのが、今回NRF2025全体を貫いた考え方だ。もはやAIなしでは競争できないというのが大手米国小売の共通認識だ。
「対アマゾン」の変化、NRFに投影される
ここで、米小売業界の意識の変化を理解するために、近年のNRFの潮流を確認したい。そこに見え隠れするのは「アマゾン」(Amazon.com)への意識の変化だ。
そもそもNRFでテック色が強くなった理由の1つとして、巨大化を続けるアマゾンに対する危機意識の高まりが挙げられるだろう。
12年には「デスバイアマゾン」という株価指数も開発されている。そんな“恐ろしい”アマゾンへの対抗策として脚光を浴びたのが「オムニチャネル戦略」。その実現に向けて米小売各社はデジタル、EC、サプライチェーンへ巨額の投資を行い、店舗とオンラインで同じ顧客体験を提供するビジネスモデルをめざした。
次なる衝撃は、17年の「アマゾンゴー」の誕生だ。レジレス・キャッシャーレス店舗で、欲しいものを手に取ったらそのまま店を出るだけで自動決済されるテクノロジーに世界中が度肝を抜かれた。決済に関連する一連の作業をフリクションレスにすることこそが究極の顧客体験だという考えが広がり、「無人店舗」「オートノマスストア」ブームがやってきたのである。
その後のコロナ禍には、ネットスーパーが急成長するなど、オムニチャネル投資をしてきた米食品小売の業績が急拡大した。コロナ後には、アマゾンゴーの相次ぐ閉店など、アマゾンの店舗事業が当初脅威に感じていたようには伸びていないことも米小売に自信を与えた。結果、「いくらテクノロジーがすごくとも、店舗や品揃えとして楽しくない、欲しいものがない店には結局魅力がない」という小売の本質を業界が再認識した、ということではないか。
だから、今やアマゾンは敵ではなく、ソリューションプロバイダーかつ小売業の仲間の1社なのだ。それを象徴するかのように25年1月、ワールドワイド・アマゾン・ストアーズのタグ・へリントンCEOが全米小売業協会のボードメンバーに選出され、NRF2025でも基調講演を行っている。
小売とNRFの変化の潮流でもう1社注目したいのが、近年さまざまな講演に出演して自社の戦略を積極的に公開するようになったウォルマート(Walmart)だ。アマゾンと同様にソリューションプロバイダーとしての存在感を高めており、世界最大の小売企業のまま、テクノロジーとサプライチェーンを活用したシステムを外販するプラットフォーマーと化している。
新たな収益源を確保せよ!
ウォルマートをみてもわかるように、小売ビジネスモデルが複雑化しているのは間違いない。実際、他の有力小売業も、本業での差別化と効率化、収益性向上、そして新たな収益源を確保し、それらを本業に投じる、あるいは本業に組み込むことで、さらなる成長ドライブにしようとしている。
その新たな収益源としてNRF2025で紹介されていたのが、①リテールメディア、②マーケットプレイス、③ソーシャルコマースだ。

とくに①②の関連性は深い。自社ECをマーケットプレイス化すると取り扱いSKUが増えてECの魅力が高まり、トラフィックが増える。トラフィックが増えれば、ECの売上が増えるだけでなく、マーケットプレイスを通じた手数料収入も最大化できる。それがECサイト自体の価値向上につながるから、リテールメディアとしての価値も高まり、それが小売業の新たな収益拡大につながるというわけだ。
展示会でも、複雑化する小売ビジネスを成功に導くために、AIを活用したソリューションが多く見受けられた。
米ターゲット(Target)とゼブラ・テクノロジーズ(Zebra Technologies)らが共同で行う取り組みが、専用デバイスを使った、生成AIを活用した業務プロセスの自動化だ。従来は端末上でアプリを立ち上げて特定の業務を行っていたが、「話しかける」などして、生成AIを起点にすべての業務がスタートする点が特徴。

たとえば棚割りの画像を撮影してチャット画面に投稿すると、生成AIが自動解析し、あるべき棚割りと比べて欠品がある、位置が違っているなどを判定、そこから従業員向けにタスクを自動生成する。これなら新人スタッフでも迷わずタスクを完了できる。専用端末を使っている点がポイントで、解像度もスキャン速度も速く、データも正確に取得できるため、業務効率が格段に高い。
「エージェントフォース」を合言葉にエージェンティックAIを強く打ち出していたのがセールスフォース(Salesforce)。一例は、最適な販促プロモーションの自動作成ツールだ。特定のカテゴリーや特定の製品ごとに、販促期間、対象となるロイヤルティ顧客層などを決定すれば、自動で作成してくれる。従業員は選んで決めるだけ。これによってプロモーション企画にかかる時間を大幅に節約することができる。
マイクロソフト(Microsoft)の展示で注目したのはMicrosoft Copilotを使って、コールセンター業務をサポートする仕組みだ。顧客の問い合わせに回答する際などに、CRM(顧客関係管理)データを活用したパーソナルな回答を生成してくれる。買収したニュアンス(Nuance)社の音声認識技術による会話型のIVR(自動音声対応)も活用することで、業務の効率化、従業員の負荷軽減と離職率低下、顧客満足度向上につなげるソリューションだ。
各種スマートストアソリューションを提案していたのがアマゾン・ウェブ・サービス。万引きなどの防止機能としてAI活用のコンピュータービジョンで解析する機能を搭載したフルセルフレジを展示していた。スキャンする際に、2つの商品を重ねてレジを通そうとすると、アラートが出る機能を搭載。これは富士通(神奈川県)とその子会社であるGK Softwareとの協業である。


その富士通のブースでは、店内の温度、湿度、電気量などを監視して、AIで分析する「IoTオペレーションズコックピット」を提案していた。冷蔵庫や照明、ダッシュボードなどが他社製であってもすべてAPI連携が可能。従来多かった監視業務に関するタスク、作業量を大幅に減らすことができる。またいろいろなセンサーを同時に確認できるため、原因分析がしやすくなるという。
このように、NRF2025の展示会ゾーンでは、AI 活用による単純作業の自動化にとどまらない、複数業務の自動化、あるいは従業員へのタスク出し、店頭の棚在庫の把握にはじまり補充、サプライチェーンの最適化までをつなげたソリューションなど、複雑な小売ビジネスを有機的にマネジメントする提案がめだった。
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NRF2025では小売各社が、あらゆる業務にAIを組み込み、複雑化するビジネスを制御可能にしている実情が明らかになった。それが可能なのも、あるべき状態が決まっていて、それがデータ化されて整備されているからだ。そして何よりも経営トップがAIの力を信じて、自信をもって投資しているからだろう。欧米小売はわずか1年で大きく進化を遂げている。
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