香港で20億ドル(2700-3000億円)の資金調達に成功したShein(シーイン)は欧州本部をアイルランドに設置した。ダブリンの法人税率は12.5%で、米国の21%や中国の25%のほぼ半分。そのため、Meta Platforms、Alphabet(Googleの親会社)、Apple、Twitter など、多くのテクノロジー大手が欧州本部などの拠点を同国に設置している。このように、いよいよ世界ランキングに正式に登場し、上場も目前かと思われるシーインだが、同社の資金調達時の評価額は、660億ドル(1ドル140円換算で9兆2400億円)で、1年前につけた1000億ドルから約2/3へと減少した。
米国の金利引き上げに伴い新興企業の資金調達環境が変化したことによるものだが、それでも660億ドルという評価額は巨額で、多くの人がこの中国モンスター企業の今と将来を盤石だと考えていることになる。なお同社は、私が一年前にシーインの弱点として指摘した通り、労働と環境慣行に関して米国議員からの圧力の激化にも直面している。
今回はそのシーインを脅かす企業の存在について解説したいと思う。世界のアパレル市場は、かくもダイナミズムに溢れているのである。
新たに現れた中国発ECのアメリカ侵攻
中国人なら誰でも知っているECプラットフォーマーの拼多多(Pinduoduo Inc.、ピンドゥオドゥオ) が、昨年輸出用の越境EC戦略として命名したのがあのシーインを凌駕するともいわれているスーパーモンスター 「Temu」である。拼多多は「団体購入」という形式で名を馳せ、2013年に米国ナスダックに上場し150億ドル(約2兆1000万円)近い売上高を計上した。
「団長」と呼ばれるコミュニティのリーダーが自分のお気に入りの商品を販売するアプリで、今最も中国で勢いあるといわれている。中国語で、「私域流量」、日本語で「プライベートトラフィック」と呼ばれている。
現在、中国では我々になじみの深いT-mall、JD.COMなどの検索型の伝統的なECは、急激に不振となっており、「Push型」と呼ばれる、Tik Tokなどのライブコマース ②プライベートトラフィックの勢いが拡大しているのが中国の特徴だ。さて、このTemu、私がスーパーモンスターと呼ぶには理由がある。https://www.temu.com/
順を追って説明しよう。このECプラットフォームは、日本で言えば楽天のようなものだが、商品調達から出荷まではシーインのそれと全く同じで、レノボのワイヤレスイヤフォンは3.70ドル(約520円)、アイブロウペンシルは59セント(約82円)、屋外用の太陽光発電ランプは2個で6.39ドル(約900円)だ。しかも、すべて送料は無料である。総合ECサイトで、キッチン雑貨からヘルス&ビューティ、そしてアパレルの品揃えも非常に豊富である。逆に言えば、シーインがアパレルから始まり、取り扱いを増やして総合ECサイト化しているのとは逆で、最初からアパレルを含む総合ECサイトになっているのが特徴である。
加えて、中国政府は減速する国内需要を補うために、海外進出を奨励するプログラムを通じて中国のネット通販企業を支援している。中国政府は中国全土に132地点の越境EC総合試験区を設置(22年2月時点)し、海外に商品を発送するネット通販企業に税制上の優遇措置を適用しているのだ。これは、シーインの広州の出荷元が132もあると考えれば良い。もはや、我々日本人の時計の針のスピードでは理解できないスピードで中国はハイテク企業を国家が支援しているのだ。こうして、中国アリババグループのAliExpressや拼多多のTemuが生まれたわけだ。
アプリのアクティブユーザー、わずか半年でシーイン越え!
Temuは昨年9月から米国での事業を始めたばかりだ。それにもかかわらず、ウォールストリートジャーナル(The Wall Street Journal)が5月に報道した記事「Fashion Giant Shein Raises $2 Billion but Lowers Valuation by a Third」によれば、アプリのアクティブユーザー数でシーインを追い抜いたという。同メディアが示すグラフによればこの半年でシーインはアクティブユーザー数を500万人ほど増やした一方で、Temuは2700万人以上をゼロから集めて抜き去ったことになる。
なおTemuは環境配慮や人権問題に積極的に対応することを大きくアピールしている。
途上国と先進国、資本主義と共産主義が混ざり合う中国の脅威
私は、再三中国の恐ろしさをもっと認識せよと説いてきた。シーインについても、日本ではもっとも早く本オンラインで紹介し、レナウンを筆頭に、バロックジャパン、マークスタイラー、ラオックス、シャープなどを実例に、我々の上司が中国人になる日が近いことを指摘してきた。すでに韓国企業は日本のZ世代に浸透しており、中国本土でも「日本製(あるいは日本企業のブランド)は安心安全」などという神話はもはやない、と最新の中国事情を通じて説明してきた。
今、中国のZ世代は、商品の原産国など関係ない。彼らは、自分の好みにあった商品を自由に選び、それが偶然日本ブランドであったり、偶然中国ブランドだったりというだけの話なのだ。
そして、こういう話を聞いて「ああ、彼の地ではそうなったか。やはり海外進出はまだ早いな」などと言っている日本人が大半であることに私は驚きを隠せない。本稿で紹介したTemuのように、日本人が逆立ちしても真似できない価格で米国人のハートをたったの半年で掴み、国家ぐるみで輸出政策に打って出るわけだ。シーインに4000人が並んで、大騒ぎする半年前に、私は大阪文化服装学院でシーインの講義をしていたぐらいだ。
シーインがすでに来日しているのと同様、必ず、こうした中国のモンスター企業は日本にやってくる。Amazonはすっかり日本に馴染んだが、Amazonの日本事業の売上(注ECだけに限らない)はすでに日本で3兆円を超えているのである。たとえば外資系企業が3兆円の売上を計上すれば、どこかの日本企業が3兆円の売上をなくす。同じようにユニクロとg.u.が日本で1兆5000億円の売上を計上すれば、日本のアパレルのどこかが1兆5000億円を失うわけだ。これほどのんびりしていて危機感がなく、個人資産が2000兆円もある国が近隣にあれば、進出しない方がおかしいと考えるべきだ。
事業を実際に立ち上げるには5年はかかる。つまり、今から5年後でなければ、私が提唱する「商社を活用した日本版D2C」は立ち上がらず、これで応戦しなければ、シーインやTenuのようなグローバルD2Cブランドに徹底的にこの国の産業はやられてしまうだろう。先日、現役のアパレルビジネスパーソンとこの話をしたところ、まったく話が通じず、酒に酔って意味不明なことをベラベラしゃべっていた。いわゆる提灯奉行(外の飲み屋で雄弁に天下国家を語るが、公式戦では全く発言もしない人)である。
私には、日本のアパレル不況の本質がはっきり見えている。
**5月31日、アパレル業界とDXというテーマで3回連続の講演を行い、アパレル産業に襲いかかる4つの力、そして、その力とどのように対峙してゆくべきかを全くノーコマーシャルベースで皆さんと討議を行う予定だ。本主旨に賛同してくれた韓国財閥企業も第3回に登壇し、第2回には、あのPKSHA Technologyの元役員が登壇してくれ、私たちと徹底討論する。第1回目は、私が世の中の変化を読み解くキーワードをお見せする。https://www.holon.ne.jp/seminar/20230531_webinar.html
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「知らなきゃいけないアパレルの話 ユニクロ、ZARA、シーイン新3極時代がくる!」
話題騒然のシーインの強さの秘密を解き明かす!!なぜ多くのアパレルは青色吐息でユニクロだけが盤石の世界一であり続けるのか!?誰も書かなかった不都合な真実と逆転戦略を明かす、新時代の羅針盤!
プロフィール
河合 拓(経営コンサルタント)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
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