これまで、商社とアパレル企業の南下政策、つまり、人件費の安い場所をさまよい5年ごとに産地移転を繰り返し、国内産業の空洞化を招いてきた歴史を解説した。
かくいう私自身が商社で「南下政策」を推進してきた張本人の一人であるが、この政策は一時的にはアパレル、商社に利益を生み出したものの、中長期的な産業戦略としては、世界でも有数の実力を持つ生産工場や化合線メーカの競争力を弱体化させ、国内生産は総投入量のわずか2%という壊滅的状態に陥れた。
こうした状況下においても、なお、アパレル・リテーラーは「バングラで作ればもっと安くなりますね」と、商社に、コストダウンを聞いている。日本人の産業界は商品を高く売ることは苦手だ。この動きは止められない。本日は、この南下政策の次に起きる「仕入れコストゼロ」の衝撃、そして、それを実現した企業が圧倒的なコスパ勝負で市場を席巻する近未来予想を描いてみたい。
コスト競争の次は、「調達コストの無料化」
ミツフジという企業がある(https://www.mitsufuji.co.jp)。ミツフジは日本の繊維メーカーで世界にその技術が注目されている。ミツフジの技術とは、銀を繊維に均等に塗す加工技術にあるようだ。
繊維(ファイバー)に「銀」などを入れたり穴を開ける技術は30年前からあった。だが、このミツフジは、その「まぶし方」が均等である点が技術優位性の原点のようだ。勘の良い方ならお分かりかと思うが、この繊維で作られた衣料品には銀が混ざっているため、スポーツ衣料、あるいは、アンダーウエアなどをこの繊維で作れば、人体サイズどころか、その動きさえも正確に把握することが可能だ。実際、すでに某社のボディースーツ計測機器に、この技術が使われている。
おそらく、ミツフジ繊維を使った体にフィットした形状の衣料品からダイナミックデータ(動的データ)を吸い上げ、理想サイズとのギャップという初期的なものから、正しいカラダの使い方、例えば、ランニング中の姿勢や数ヶ月後のシェイプの変化なをウエアラブルデバイスで計測することが可能だ。
例えば、Appleのウエアラブルデバイスなどと組めば驚くようなことが可能だ。今、Apple watchは手首からしかデータを吸い上げることができないが、着ているウエアから、体の動的データを入手すれば、それだけで人間の静態的データから、動態的データまでをパーソナル・ベースで保管、分析することが可能となる。体の動的変化の可能性を計測したビジネスの可能性は無限であり、世界最高のパーソナルドクターが個人ベースでそばにいる時代になる。
※10月20日修正:一部、表記上であやまった点があり修正しています。心よりお詫びします。河合拓、編集部
これからのビジネスは、サービスは無料でコストは他社から奪うGoogleモデルになる
GAFAMと呼ばれる米国5大プラットフォーマーの1つGoogleは、類まれなるソフトウエアを我々に惜しみなく無料で提供してくれていることに疑問を持った人はいないだろうか。
Googleのポータルページを見ても、質素な検索窓があるだけで、広告公害やサブスクリプションへの誘導も見られない。その一方でGoogleは、我々の気づかないところで我々を囲い込み、広告収入を得ながら世界のプラットフォーマーとなっている。今、ほとんどの企業においてビジネスソフトウエアは、MicrosoftのOfficeがデファクトだが、Googleドキュメント、スプレッドシートやプレゼンソフトを使うスタートアップは多いし、私も最近はもっぱらGoogleのOfficeソフトを使っていてなんの不便もない。Googleがうまいのは、こうしたツールにあからさまに広告を掲載したり、有料化を迫ったりしていないことだ。だからGoogleのサービスはどんどん広がってゆく。
この、Googleモデルは、圧倒的コスパ、つまり、世界最高のサービスは無料でありながら収入は他社から得るというものだ。これを、コスト競争が激しいアパレル業界に当てはめると、すでに限界まで達した南下政策は、Googleモデルに移行するというのが私の視点だ。 例えば、今後、ECが拡大すればCPA(顧客獲得費用)が発生するが、例えば、ZOZOスーツのように膨大な開発費用をかけたスーツを無料で配るのなら、ミツフジの繊維を使った服を有料で販売すれば良い。CPAのC、つまり、Costはゼロとなる。銀の加工技術を合繊繊維に組み込むことができれば、そして、それを体にフィットするユニフォームや下着だけでなく、一般衣料品に組み込むことができ、また、その計測精度が高まれば、世界のアパレル産業はひっくり返るだろう。こうなれば、調達コストは有料のAcquisition costとなり、消費者はお金を払って企業に人体データを提供するということになり、実質的な調達コストはゼロになるどころか、マイナス(利益がでるという意味)にさえなり得る。
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もはや調達コストという概念すら消失する
こうした初期仮説から、私は過去、プロジェクトで「データ・ビジネス」をやってはどうかと提案したことがある。テクノロジーがかほど進化した時代、そして、これ以上成長が望めない時代では、顧客の囲い込みとLTV (Life time value 顧客が生涯に落とすお金の総量)が勝負を決める。例えば、通販企業を買収するとき、デューデリジェンスのポイントは顧客基盤だ。極論を言えば、欲しいのはそれだけ。顧客データさえあれば無限の販売手法を駆使し、顧客満足度を最大化することができ、また、そのCS (顧客満足)は多大な利益を企業に落とすことになる。Googleモデルだ。さらに、保管された人間の年齢別、性別、嗜好別動的データを活用すれば、工場とダイレクトにつなぎSheinのようなモンスターD2Cを生み出すことも可能だし、VR(仮想現実)技術と組み合わせれば、店頭での試着も不要になるばかりでなく、健康管理やスポーツ医療にも応用ができる。繊維を使った商品の調達コストそのものの販売が、他のサービスから利益を生み出すのだから単なる無料以上の可能性があるわけだ。
自社人体データを保管し、自社プライベートブランドに組み込めば、そうした繊維で作られた衣料品を販売すればするほどデータ精度は高まる。
例えば、健康管理、パーソナルドクター、パーソナルトレーナー、ファッションコーディネートなどさらりと思いつくだけでも、その可能性は無限だ。
つまり、これからのアパレルビジネスは、カラダにまといつくという特性上、調達コストという概念は消滅するばかりでなく、販売も無料になる可能性さえある。こうした発想を経営用語で「ゲームのルールチェンジャー」というのだが、競合が必死にコスト競争をしており、世界のグローバルSPAが規模の経済を生かしたコストメリットを出す場合、全く異なる視点から逆転を狙うことも可能だ。これが、コストゼロの可能性である。昨今は、SDGsの観点から再生可能繊維の需要が高まっているため、必ずしも天然繊維でなくとも良い風潮が高まり、こうした技術開発は追い風になっている。
ZOZOSUITS戦略が惜しいな、と感じたのは、人体データの計測を実際の衣料品購買の前にやらねばならないことだった。データとはfootprint (足跡)と言って、動的な活動の中から自然にストアされる仕組みを作らねば絶対に広がらない。
本来、あの技術は、春・夏ならコットン(ポリエステルはコットンの合成繊維)、シルク(レーヨンなど半再生繊維はシルクの代替繊維)、ウール(アクリルはウールの代替繊維だが原材料が化石化源料を使っているため、今後使用は難しくなるかもしれない)の三大化合線繊維に組み込み、ウエアラブルデバイスと結合させることだった。見れば、同社のホームページには似たようなことが書かれているが、なぜか日本のアパレル産業でこうした動きが起きているという話を聞かなくなった。
いかがだろう。私の好きな言葉に、「技術に不可能なことはない、大事なことはビジョンである」、というものがある。こうした技術戦略をデジタル企業に頼むクライアントが多く、結果、さしたるビジョンもなく、技術優先で話が的外れな方向に流れてゆく様を幾度も見てきた。今、時代の変わり目に戦略と類いまれなる産業知見がもつ意味が高まっている。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)