「河合拓のアパレル改造論」も3年目に入った。そこで、2020年を総括するとともに2021年のアパレル業界についての予測を行い、アパレル改造論2021の序章としたい。
2020年の総括 見放されたアパレル企業
2020年、私は国内アパレル10兆円市場の60%を形成する1万7000社の中堅・零細企業群の多くは、すでにキャッシュフロー・ネガティブ、つまり、運転資金(企業が経営をしてゆくためのお金)がまわっていない状況で、企業を支える銀行の貸し出しも限界を超え、その余波は秋以降に日本列島を襲い、数多くの企業がレナウンに続き連鎖倒産すると予言した。また、時を同じくし、世界にだぶつくリスク・マネーによって金融主導の業界再編が進み、数多くの企業が統廃合を行いながら業界再編が加速するとも予測した。
12月7日付の朝日新聞によれば、コロナ関連倒産は、飲食、アパレル、旅行の3分野で600件に拡大、さらにこの冬にかけて拡大すると記されている。東京都の感染者は1000人/日を超え、医療はすでに崩壊。東京都などは政府に再度の緊急事態宣言の要請に踏み切っている。
たとえ強制力がなくても「非国民」と言われることを日本人は嫌うため、お願いレベルの緊急事態宣言でも日本中が店を閉める国だ。しかし、今は状況が違う。健全な状態でも余剰在庫に苦しみ、すでに借り入れ限度枠を超えているアパレル企業に、営業活動を止める余力はもはや無い。次に、緊急事態宣言が発令されても、致命的ダメージと引き換えに営業活動を止められる企業が何社あるのか。
昨年、目立った業界再編が起きなかったのは、投資マネーがこうした状況を見て、「もはやアパレル業界に手を出すな」と、異常な株高の中でも割安銘だったアパレル企業に対しては、買収の検討さえなされなかったからだ。実際、レナウンが経営破綻したとき、小泉アパレルをのぞき、誰もレナウン買収に手を挙げず、文字通りの完全倒産となった。私は、レナウンの一部事業を譲り受けた小泉アパレルにしても、本当に彼らの意思だったのか疑っている。
「2020年はTOB元年になる」と私は予想したが、その通り、様々な企業買収が新聞紙面を飾ったが、大きく予想がはずれたのは、アパレル企業の話が全くなかったことだ。アパレル業界は、とうとうリスク・マネーからも見放されてしまったのである。私は、「そんなことはない、こうすればまだまだ戦える」とファンドや投資銀行に戦略図を見せるのだが、感心をもった人はむしろ海外の投資家の方が多かった。
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2021年、デジタルSPAは明暗が分かれる
私は、他産業の事例をつぶさに研究し、素材、物流、工場の3つを、企業間を跨いでデジタル技術で共有させる「デジタルSPA」を提言した。「そんなことが企業にできるか」と批判も受けたが、私は評論家ではない。自らが実行者となり実現化させるため主体的に多くの企業を回って活動をし、CxOと討議を重ねてきた。
私はプラットフォーマーとして、商社活用論を提言してきたが、複合事業体を持つ商社の多くは、繊維・アパレル事業に対する投資に難色を示した。また、自前主義にこだわる商社は、独自に「デジタルSPAもどき」を進めているが、それらの多くは危険だと感じている。理由は、商社に複数アパレルを束ねる力もなければ、アパレルMD業務の標準形をデザインする力もないからだ。さらに、デジタルSPAのキーとなる顧客データの活用について、「D2C」の具体的な戦略がなければ製販は分離したままとなりSPAメリットはない。
加えて、デジタルSPAの中核技術であるPLM(product lifecycle management)は、海外パッケージをうかつに導入すると、年間億円単位の請求書が来ることになる。売上1000億円程度のアパレル企業の仕入の全てを獲得したとしても、アパレルからボリュームディスカウントを要請されるから、導入コストに見合う利益は得られないだろう。そもそも、商社がPLMを導入し、アパレルと垂直統合しても、アパレル企業に何のメリットもない。むしろ、従来通り、商社を競争させ、安いところに発注するか自ら直接貿易を増やす方がよほどよい。そのような初期的な分析をしない商社の、「デジタル優先」導入は相変わらず止まらない。
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2021年サステイナブル経営はこうなる
「過激すぎてイメージが持てない」と酷評された私が提案する二次流通市場も、既にいくつかのアパレル企業は検討を始めている。秋冬の衣料品投入は半減され、2021年の春夏からの新規生産は、減少(reduce)、衣料品の買取り(reuse)、と再販(recycle)の3Rを始めるだろう。こうしたアパレル企業の業態転換は、商社の売上を激減させることになる。だから、繊維商社はビジネスモデルの転換をしなければならないし、それがデジタルSPAなのだ。
私は、ファーストリテイリングはそろそろ自社工場を持ちVMI (Vendor management inventory 供給業者が在庫水準点管理を行って自動供給する形態)を拡大し、商社を外して自社流通とし、一層のコスパを実現すべきだと思う。もちろん、もう検討を始めているかもしれないが。私は、これを(スタートアップによるD2Cを小さなD2Cと称するなら、「大きなD2C」と呼んでいる
有識者の中には、この原料は良いが、この原料はダメという人もいるが、化合繊維の原料のほとんどは化石燃料だし、セルロース系繊維は森林伐採により生産されることを知っているのだろうか。つまり、素材のほとんどは自然破壊に繋がっており、その意味では人間の経済活動そのものが自然と調和していないという前提に立って、可能な限りムダな生産活動を止め、人が必要としている最小限の商品供給をしDurability(耐性)の高い商品を長く使うこと、そして、そういう生活を提案することがサステイナブル経営の本質だと私は思うのだが、「この素材はどうだ、あれはどうだ」など、やや的を射ない議論が繰り返されているように見える。
トレーサビリティと二酸化炭素排出の問題はもっと深刻だ。地球温暖化や新種ウイルスの脅威、さらに自然災害や戦争まで、行き過ぎた経済活動に対する自然の警告はこれからも続くだろう。デジタル技術とサステイナブルの関係は、マーケティング的な観点から論じるのでなく、経済活動の最大効率を実現させるためにはどうすべきか、という視点から組み立てるべきでそこに成功のヒントがある。
私は、アフターコロナの時代でも、リモートワークは進むがECは拡大しないとすでに書いた。理由は、消費者はECの利便性はビフォーコロナの時代から知っていたからだ。しかし、世の中の状況を見ると、コロナ対人類の闘いは、まだしばらく続きそうだ。完全解決を待っていれば企業はもたない。結果、体力ある企業は加速度的にECに力を入れ、EC化率は拡大し50%に近づくだろう。しかし、ECは単品訴求、リアル店舗は世界観訴求であり、EC化が進めばユニクロなど単品完成度が高く、価格が圧倒的に安いブランドや商品が大勝ちすることになり、品質はそれほどでもないが、世界観全体で戦ってきたブランドは大負けすることになる。信頼できる筋からの情報によれば、米国のフォーエバー21、ヴィクトリアズシークレットの破綻は、そうした社会背景があったということのようだ。
さらに、ファイナンス理論も変更が必要かもしれない。これまでは借金をしてでも現金を確保し、営業活動で増やすことができれば合格というROE経営が正しいとされた。だが、企業はパンデミックやリセッションに備え、一定程度の営業活動の蓄えを持つことが重要になった。それが、危機的状況下において生き残るための必要条件だからだ。
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2021年の百貨店業界は三階層にわかれる
百貨店は、三階層に変化が起きる。まず、地方百貨店の多くは姿を消すか業態を変化させることになる。レナウンが倒産し、オンワード樫山も数千店舗の撤退を行い三陽商会は依然低迷したままだ。百貨店アパレル御三家がこうなのだから、特に商権パワーのない地方百貨店はスペースが埋められない。
二階層目の百貨店は、固定費を軽くするため、デベロッパーとして不動産価値をテコに生き残りをかける可能性が高い。例えば、東京の二子玉川に行けば、未来の縮図が見える。高島屋は、混んでいるのは食品街だけで百貨店売場は閑古鳥が鳴いている。しかし、南館の専門店街は人で賑わい対照的だ。これは、単なるMDの問題だけでかたづけられない。私は、あるCEOから、店頭から想起される当社の課題を言い当てて見ろといわれ、訪問した店舗空間の中から醸し出される、異なるMDの場所取り合戦のような乱雑なVMDから、「事業部別に再編された組織に適切なミッションとKPIを与えていない、ホールディングスに問題があるのではないか」と述べ、驚かれたことがある。店舗は本社の鏡なのだ。
さらに歩いて、線路を渡り、ショッピングセンター(SC)である二子玉川ライズにゆけば、百貨店とSCの勝敗は明らかとなる。百貨店の従来型「平場」は限界を迎え、専門店街化する、つまり、MDミックスからテナントミックスに変化すると私は考えている。
最後の一階層目について言えば、私は再三、百貨店は街の中心地にそびえ立つ城下町を形成する機能を持つべき、と書いた。新宿伊勢丹、名古屋駅の高島屋、大阪梅田阪急など、本来あるべき場所にある百貨店は、そのままの姿でその周辺の人々を豊かにするため、依然存在し続けるだろう。
百貨店のデジタル化は、言われているほど百貨店の優勝劣敗に差をつけるものではないと私は思う。デジタル化は、生産性の低い小売業界が、生産性を高める上で避けて通れない道であり、それ以上でもそれ以下でもない。「復活の決定打」という論調は誤りであり、デジタルそのものに競争優位性はない。少なくともAmazonレベルの投資をしないのであれば、過度な期待は禁物である。百貨店の価値は、丁寧な接客と豊かな生活の提供を丁寧な接客で実現することだ。
インバウンド需要が当面期待できないとなれば、百貨店の未来は、数の縮小、デベロッパーへの道、そして、一等地でのデジタル百貨店城下町形成の三階層で考えればその未来は見えやすい。さらに、デジタルSPAが進み、生産工場稼働を一定量に保つ必要がでてくるアパレル企業は、百貨店や総合スーパー(GMS)にプライベートブランド(PB)を提案しOEM供給する可能性が高い。この時点で、商社は完全に外されることになる。このように、立った一つの誤った判断が、その後の業界再編の絵図を大きく変えるということなのだ。本討議についての議論は何時でも応じるつもりでいる。戦略的判断の分岐点に立っている百貨店、アパレル、商社の方はいつでも呼んでいただきたい。
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2021年 企業は競争から協創へ
ポスト資本主義時代の幕開け
アパレル企業は、徐々に競争関係から協創関係へステージを移している。そこには、もはや競争に打ち勝ち、競争相手は潰してでも自社の企業価値を上げるという資本主義メカニズムは働かない。必要とあれば非公開化をおこない、資本市場から出ることも企業の重要な打ち手の一つになる。多くの企業は選択と集中を行う結果、アパレル事業はシナジーが見いだせなければカーヴアウト(企業の中から事業部を切り離す金融用語)されることもある。2021年は、こうしたファンド・プレイも増えるだろう。リスク・マネーを怖がっていては、新しい世界は見えてこない。異なる企業群が手を結び、全く新しい事業を創り新聞紙面を飾ることに期待したい。
最後に、私が個人的な興味から研究している、イギリスで発展した官民協業によるケースから得た学びを共有したい。例えば、イギリスで発達したPFI (Private finance initiative 公的機関に民間の事業推進力を組み合わせる形態)のような形態は、今後日本でも増える可能性が高い。「神の見えざる手」は、弱体化してきた産業を破滅にしか導かない。実際、世界に誇る日本の繊維技術は日本から消えつつあり、今になって、「さあMade in Japanだ、日本の工場はどこにある?」と、焼け野原となった日本の生産拠点を探している始末である。
生活協同組合、いわゆる生協は、投資家が存在しない代わりに消費者が出資を行うもので、消費者であると同時にオーナーでもあるという形態で、これもイギリスに端を発している。私も一時期、生活協同組合の仕事をしていたが、野菜が不作になって高騰しても生協の野菜だけは価格を変えなかった時期があった。
かくいう私も、今、公的機関から日本の地場産業のブランド化を手伝う仕事を引き受け、税金がムダにならないよう必死になっているし、公的機関のビジネススクールで次世代のアパレル産業のリーダー育成を手がけている。これらは、すべて民間企業の論理ではなく、理念先行型のビジネスだ。こうした取り組みを通して日々考えるのは、我々日本人が選択するポスト資本主義の世界観である。今、企業再生の仕事は、単にオペレーションを変えるとか資金を注入するなどという話でなく、企業のあり方の再定義をするところから検討が必要なのだ。アパレル産業も、こうした「そもそも論」から自らのあり方を検討すべきときだろう。
私は、日本のアパレル業界が世界化できず弱体化した最大の原因は、こうした骨太な哲学から想起される人の生活提案が見えなかったから、あるいは、未だにバブル時代のきらびやかなギラギラ・ファッションをユニクロのベーシック衣料の対立軸で見ているからではないかという仮説を持っている。YouTubeをみれば購読者が10万を超えるファッションバイヤーでユーチューバーのMB氏がユニクロファッションの良さを語り、ブログをみればユニクロばかりが取り上げられている時代なのだ。成熟した社会では、服など自分を表現する一部品にしか過ぎずユニクロで十分ということを多くのファション業界人は理解していないのだ。
以上、2021年の変化とその裏のメカニズム、そして、生き残のためのコンセプトを書いた。新型コロナウイルスも収束し、今年こそオリンピックを東京で開催し、暗い世の中を払拭して欲しい。そしてこの危機を一緒になって乗り越えられればと思う。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)