大企業が自前でD2Cを成功させるのが難しい事情

河合 拓 (株式会社FRI & Company ltd..代表)
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「D2C」の本質は大企業にはできないことにある

 手前味噌になるが、昨年私は「河合拓のアパレル改造論 」の第1話の中で、7つの予言と題して「大企業とは別に、市場の大多数を多くの個人事業主のような零細企業が存在感を出し大きなシェアを構成する。自分用とマーケットプレイスのようなプラットフォーマーを通した販売が中堅企業群の市場を食ってゆく」と書いた。

 D2Cというのは、トヨタやSONYのような巨大な製造企業が流通を飛ばし、消費者に直接販売することではなく(もしそうなら、AppleD2C企業である)、硬直化しイノベーションが産まれることが期待できない巨大企業と、自由な発想と機敏な動きで新しいことにチャレンジするスタートアップなどの中堅企業、あるいは、ネットワーク時代の卓越した個人事業主などの、イノベーションを生み出す「対立的関係性」を指すことがその本質であるというのが私の視点である。

 私は、7つの予言の中でそれを感じていた。当時はまだ「D2C」という言葉が無かったため、上記のような表記になっているが、私はユニクロのUTmeなどの可能性を書いているし、大企業の意思決定の遅さ、そして、話があっちこっちへ飛びながら、当初の理念やゴールとは全く関係ない方向にまがってゆく苦労をまざまざと味わってきた。

 私は恥ずかしながら、過去テレビ出演経験もあるのだが、一本の番組にでるためにかける時間と費用は考えられないほどだと感じた。幾度もリハーサルをし、全員が台本を暗記して巨大なスタジオに著名人が一同に集まって番組を作成する。ある番組で、私はインフルエンザにかかり体調を酷く崩したことがあったのだが、数多くの人が集まった、その日、その時間に欠席は許されず、妻に抱きかかえられながら這いずるようにスタジオに行って収録したことがある。咳が止まらなくなったら、収録をとめて濃い咳止めを飲みながら収録をしたぐらいだ。

 しかし、YouTubeなどVLOGといわれる動画撮影やウェビナーというリモート動画では、好きな時間に、好きなように収録できるし、編集も個人のパソコンで簡単にできる。しかも、一流のYouTuberの番組などは、手間暇かけたテレビ番組以上に面白い。直感的に、「これからは文章で無く、動画の時代だ。近い将来、スマホで自撮りをおこなってポチればYouTubeで世界に配信され、例えば、英語で配信ができれば、ジャスティン・ビーバーなどの大物が『いいね』をおし、一躍、世界的なスターになれる時代が誰にでも来る」と感じ、誰もが動画で自分を表現する時代の到来と同時に、これは、新しいネタが尽きた大企業の繰り返される会議から決して生まれない新しい企画やアイデアがデジタル技術やプラットフォームを使い、「個人が、硬直した会社に代わってヒット商品を生み出す時代が来る」と感じたのである。

 大企業の硬直性はデジタル化によってますます強固になってしまったが、そのデジタルが逆に個人を大企業と戦えるだけの武器となるのが皮肉である。私は、深夜のテレビ番組で学者達が、日本の90%以上を構成する中小企業の救済策はM&Aによるロールアップ(企業の吸収合併を繰り返し、企業が巨大化すること)ではないかと語っているのをみて、強い違和感を感じたことがある。

  デジタルは、餅は餅屋に任せる産業エコシステムを作り上げる。M&Aは、唯一解でなく、数ある企業連携のオプションの一つに変わってゆく。M&Aは、企業間連携の戦略判断の一つになってゆくわけだ。実際、Appleは米国で企画を行い、部品は日本が供給し、台湾で組み立ててiPhoneができる。そして、それらの会社はすべて同じ会社である必要も無ければ、グループ企業である必要も無い。逆に、日本で破綻した大手アパレル企業の親会社、あるいは、日本でもM&Aを乱発し窮地に陥った事例などは枚挙にいとまがない。我々、コンサルタントはPMI (Post merger integration: 企業の吸収合併後の文化やオペレーションなどの統合をいう)が、M&Aの最も大きなリスクであることを知っている。デジタル技術を使えばボーダーを超えたビジネスなどいとも簡単にできる。

 上記はバリューチェーンの棲み分けの事例だが、資金や場の提供を大企業が行い、イノベーションはスタートアップに任せるという考え方もできる。例えば、大企業は筋の良い「卓越した個人」に投資を行い、「良いところ取り」をすればよい。いま、アパレルは店頭で収集した「個客」のビッグデータを解析し、個人にあわせたパーソナライズを最後の砦としているが、こうも数多くの企業が似たようなことばかりをしているのを見ていると、こうしたパーソナライズも、一昔のQR (Quick Response)のように、全ての企業が同じことをやり、また価格競争に陥るだけだ。みな、この硬直した市場、競争環境から抜け出したいと思って勉強をしているのだと思うが、どこにいっても例外なく「パーソナライズ」による「LTV (顧客の生涯価値)最大化」と、同じようなことしかいわないようになっている。こうした様をみていると、硬直化した組織から「パーソナライズ」以上の発想は生まれないのではと思うときがある。

 つまり、D2Cというのは、「卓越した個人、あるいは少人数」が、デジタル技術を活用し、「今までにない発想、大企業ではでてこない発想」を生かしたものづくりを行い、YouTubeInstagramなどのプラットフォームを使い、マーケティングを行いながら物販、あるいはサービスを提供することなのである。お金も「クラウドファンディング」を使えば、内容がよいものであれば億単位の金も集まるし、オペレーションも思いのままである。例えば、決済もアマゾンペイや楽天ペイを活用すれば、極めて低コストで個人ができてしまう。

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記事執筆者

河合 拓 / 株式会社FRI & Company ltd.. 代表

株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)。The longreachgroup(投資ファンド)のマネジメントアドバイザを経て、最近はスタートアップ企業のIPO支援、DX戦略などアパレル産業以外に業務は拡大。会社のヴィジョンは小さな総合病院

著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「生き残るアパレル死ぬアパレル」「知らなきゃいけないアパレルの話」。メディア出演:「クローズアップ現代」「ABEMA TV」「海外向け衛星放送Bizbuzz Japan」「テレビ広島」「NHKニュース」。経済産業省有識者会議に出席し産業政策を提言。デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言

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