前回、生産業務、バリューチェーン全体における構造的な問題を明らかにした。今回は、日本のアパレル企業が非効率なバリューチェーンを構築しているばかりに、極めて重要な役割を果たしている商社だが、その商社も重い課題を抱えている。
商社機能を自動化するPLMが日本で導入できない事情
今回は、Product Lifecycle Management (PLM)パッケージについて解説するところから始める。PLMパッケージとは、文字通り「商品がこの世に生まれてから成長するまでの生涯管理」のことだ。具体的に言えば、商品企画(マーチャンダイジング)、MRP (衣料品の付属、生地などを用尺※、個数、サプライヤーなどに分類する業務)、発注から生産管理(生産工程を見える化し、納期遅れなどを撲滅し対策を立てる情報を得る業務)、調達(貿易実務の管理)、そして商品ごとの物性特性や品質基準値などをデータとして保有し、さらに異なるバラバラの発注をまとめてスケールメリットを出したり、月ごとの出荷状況や商品単品のBtoB売上と利益管理まで自動化できるという、まさに商社業務そのものを自動化するソフトウエアなのである。 ※衣服などを作るのに必要なだけの布の長さのこと
こうした海外のパッケージは、日本の生産現場のドタバタ劇を分かっている者からすれば、全くの理想像に過ぎず、「絵に描いた餅」になることがすぐにわかる。だから、海外のPLMパッケージの中身を知れば知るほど、現場のユーザ部門は反対し、「これは日本のやり方にあわない」と叫ぶことになるわけだ。
PLMパッケージを導入するには、その前提として業務整理を行い、シンプルで無駄のないバリューチェーンを作り出しておく必要がある。海外のパッケージを導入するのであればなおさらだ。そのためには、以前本連載で紹介したライトオフの長期化、あるいは、ソフトとハードを分離するZARAの事例と理解が必要であり、その上で生産稼働を計画的に行い、安定化させる必要がある。
私が幾度となく指摘してきた、ヒット商品をそのままの原料と工場で追加生産する、誤ったQR (Quick Response)の業務フローこそ諸悪の根源だ。「市場の変化」と「高回転」の名の元に、激しく変化する業務フローを安定稼働を求めている生産側に押しつけるがために、商品力の低下のみならず、様々なコスト高を生み出しているわけだ。商社をはずして得られる利益などごくわずかである。
実際、現場の商社に「アパレルからの頻繁に変わるリクエストにどのように対応しているのか」と聞くと、出てくる答えは皆一緒で、「なんとかする」である。この「なんとかする」が、商社業務の付加価値となってしまい、アパレルは、そこにあぐらをかき、生産を安定稼働させる努力をしないし、その必要性を認識すらしていない。
「なんとかする」商社の「なんともならない」課題
こうしたアパレル側の要求に対して商社側の対応にも大きな問題がある。まず、未だに紙と鉛筆絵仕事をしているのが商社業務なのだが、これを「デジタル化しましょう」と提案すると、特にユーザ部門から激しい反対に遭う。
とくに、商社ユーザー部門は声が大きく、バリューチェーン全体の業務改革に対して非協力的だ。彼らは、自らが行っている業務を前提に生産性を上げたいと考えている。例えば、「アパレルから来る手書き縫製仕様書を、デジタル技術を使って読み込めないか」自動翻訳技術をつかって日本語を中国語に変換できないか」といった要望を彼らは出してくる。そうではなく、アナログ業務の根元であるアパレルに電子縫製仕様書を強制的に使わせ、デジタル化された情報をもらい、商社業務全体を自動化すべきなのだが、そういう発想はでてこないのだ。
商社ユーザ部門は、自分の「今の業務」を前提に物事を考え、それ以外のことに関心を示さない。だが、そんなバリューチェーンから生まれる商品は、前述の通り、なんら競争力を持ち得ないのだから、実際に取引しているアパレル企業はどんどん弱体化し、回り回って彼らと取引する商社の売上も減少するわけだ。
今、商社にOEMを頼んでも、「うちは10億円以下の仕事はやらない方針だ」というところがほとんどだ。それなら、「なぜ10億円の商いをすれば、アパレル企業の価値向上が果たせるのか」ということを説明すべきだろう。私には、単に青い鳥を探しさまよっているだけにしかみえない。だから商社はこぞってユニクロや無印良品など、勝ち組企業のOEMに集中し、血みどろのレッドオーシャンのなかでコスト競争をすることになる。取引先には「レッドオーシャンから抜け出しましょう」などと言っておきながら、いざ自分のこととなると、こうした全体像が見えていないのだ。
次回は今回の話を踏まえて、ユニクロの競争力の源泉について解説したい。
プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)