一般ビジネスパーソンのみならず、評論家やメディア記者に至るまでが実は知らない、アパレル業界で常識と言われている「意味の見えない」業務と悲劇を解説したい。きっと、本稿を読んで心ある読者は驚くだろう。そして、私が「アパレル不況は人災である」という理由もさらに理解できると思う。業界外の方から見ると非常識にしか思えない「常識」。今回は、百貨店ビジネスに関するものを披露したい。
アパレルを在庫まみれにする無意味な展示会の実態
アパレルビジネスの業務フローを山のように書いている私が、もっとも理解できない(合理性がない)と思うのが、「展示会」を起点としたMD(商品政策)業務フローである。
呆れるのは、この業界何十年という記者でさえ「展示会」の実態をしらないのだ。曰く、「展示会で受注したものだけつくれば、在庫はゼロだ。これが受注生産だ」などと書いている。その御仁は「展示会で受注をとっても、リードタイムが長いので、見込み生産をせざるを得ず、余剰在庫が残る」とも書いていた。
業務を知らないにもほどがあるとはこのこと。衣料品の仕様企画が決まり、サンプルアップ(展示会サンプル)すれば、素材さえ確保すれば、10日あれば生産投入が可能なのは生産現場を理解していれば誰でも分かる。企画と素材収集が最もリードタイムのボトルネックであるという基本的なフローさえしらないわけだ。さらに、驚いたのは、「展示会」を受注の場だと思っていることだ。
この「展示会」で集計される「受注と称するもの」は、いわゆる「受注」ではない。キャンセル可能が前提の口頭約束のようなもので、わたしは小売の「つぶやき」と呼んでいる。正確に言えば、契約としての効力は何もない単なるお祭り騒ぎである。ここで集計する数量を前提にアパレル企業は(すべてはないが、大部分は)生産を開始し、百貨店に納入する。だが、百貨店から「残念でした、売れませんでした」と言われれば、余った商品が返品され、アパレルは在庫の山となるわけだ。
百貨店ビジネスには「委託取引」と「消化取引」という二つの形態がある。委託販売というのは、百貨店に商品を渡したら、あとは売れるのを祈ることしかできない。売れなければ翌月、大量の返品を受け取ることになる。
消化取引とは一旦在庫を百貨店に移動し、百貨店の店頭で売れた分だけ百貨店の取り分を引いて、入金データもないまま擬似的に自社売上として計上し、後に百貨店の債務と突き合わして、正式な売上とするやりかただ。
この二つの形態は、似て非なるモノだ。
売上基準にしても「出荷基準か」「店頭販売基準か」で違うし、商品販売動向の収集ができるかどうかという違いもある。もっとも重要なのは「販売動向の収集の可否」なのだが、そこまで動態的に顧客管理を行っている百貨店向けアパレルはない。
直営ビジネスとの大きな違いは、例えば、あなたがセレクトショップにいって、ある商品のMサイズがなかったとしたら、きっと店員さんは、「ああ、それは銀座店にありますから取り寄せますよ」と言ってくれるはずだ。しかし、この委託消化のビジネスは、「ああ、伊勢丹にないので高島屋から取り寄せますよ」ということが(数多くの伝票処理をすれば可能ではあるが)基本的にはできない。そもそも、伊勢丹が高島屋に電話をして、「在庫ありますか?」と聞くこともできないだろう。
話を戻すと、このように「返品が自由な展示会発注」などアパレル側にとって、惰性で昔のやり方を踏襲しているだけで、この展示会を起点にMDを組み立てることに意味は無い。このような話をすると、必ず古い人間がでてきて「百貨店との昔の関係が、、、」とか、「PR用に必要、、、」、「社内説明会に必要」などと言いはじめるのだが、こうした展示会サンプルの残反や、お釈迦になった商品の総額は、1000億円規模の企業でいえば、10億円近くになることを知らない(量産化率70%、SKU1000、素材のミニマムロット15kgsで算出)のだ。
だから、そんな人に、「あなたは会社に10億円近い損害を与えているんですよ」ということを告げると、慌てて業務フローを直す。つまり、やろうと思えば展示会など開かなくてもよいし、百歩譲って開催するならすべて3D CADやメタバース技術をつかってやればよい。この分野に5億円投資したとても、5億円のネット利益が出て、すぐに回収できる。
「うちは、商社や工場にヘッジしており、展示会サンプルも現物と同じ値段しか払っていない」という人もいるが、あまりにもビジネスというものを理解していない。商社や工場は研究開発費に計上し、現物仕入や反物にその費用を載せて請求してアパレルの調達コストを上げているからだ。当たり前のことだ。そんなアパレルの身勝手な費用を自前で吸収していたら、商社も工場も潰れてしまう。
百貨店の二重入力で、膨大な違算作業が発生
この百貨店との独特の商慣習に起因した、もう1つの問題について解説していきたい。「売上計上の業務フロー」に伴って発生する、ある膨大な作業についてだ。
売上は、百貨店には上代(消費者への販売価格)で立てて、納入アパレルは下代(百貨店への納入価格)で立てる。だから消化取引の場合、百貨店のPOSレジと、納入アパレルのPOSレジに、人間が「ダブルインプット」(二重で入力すること)をしている。私は、幾社もの百貨店向けアパレルのABC分析(活動基準原価分析といって、人間の年収と活動時間でコストを割り出す究極のコスト計算方法)をしたのだが、例外なく、百貨店向けアパレル企業の経理部には(規模にもよるが)10名以上の人間がいて、アパレルからくる支払い明細と、自社の売上明細の違算突き合わせ業務を朝から晩までやっている。
業務をしらないデジタルベンダーは、「マスター化すればよいではないか」というが、納入率は一定でなく、百貨店側の都合でコロコロ変更されてマスター化できない。そもそも日本に200もある百貨店がバラバラに納入率を決めているものだから、日本全国に納入しているアパレル企業のもっとも工数負荷が高い業務は、「委託消化取引」が生み出す違算管理になるのである。
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クラウドPOSを使えば解決可能
この問題は、クラウドPOSというソリューションを使えば、簡単に解決が可能である。クラウドPOSというのは、マザーズに上場している gooddaysホールディングズ(https://gooddays.jp/)という企業が提供しているソリューションだ。大企業でない分、価格競争力は非常に高く、私がいまもっとも注目しているソリューションプロバイダーである。
この企業は、もともと住宅やリノベーション事業からはじまった。その後、「衣」の領域に進出。「決済」という一見地味な領域が複雑化している実態に着目した。例えば、上記のPOSレジもさることながら、最近ではスマホ決済やキャッシュレス決済など、決済の様式は多岐に及んでいる。この会社のソリューションは、それらの「ほぼ全てのハードウエア」と結合し、一旦クラウドにあげ、一つの売上データとして企業に提供する。すでに、大手百貨店や総合スーパー(GMS)、最大手のアパレルも導入をしているが、あまり知られていない。この技術を百貨店グループとアパレルが使うだけで、山のような決済処理から人間が解放され、恐ろしいほどの生産性向上に繋がることになる。さらに、決済データから生み出されるビッグデータは、マーケティングデータとして、おそらくAIカメラより精度が高い(実際に購買したデータだからという意味で)基礎情報となり、百貨店と百貨店アパレルにとって「つぶやき展示会」よりは、遙かに高い精度をもったマーケティングデータを提供してくれるだろう。
私は、百貨店の方、そして、百貨店向けアパレル企業の方にぜひ一度、「クラウドPOS」の導入を検討してもらいたいと思う(私は同社の営業ではないのでこれ以上は言わないが)。まずは、何十年も放置された課題を解決し、メタバースやD2Cなどの新しい技術の導入検討をなされてはいかがだろうか。
*IFI総合研究所で、私が主観となり部長職以上の方を対象に「DXとD2C、ESG経営」を5月から開催します。今、必要なのは若者の教育以上に意思決定者の方のリテラシーを上げることです。世界の最新のビジネス事例を研究し産業界復活のトリガとなる議論を大いにやりましょう。なお、本研究会の討議内容は、みなさんの承諾無く一切外部には公開いたしません。お申し込みは以下まで
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TEL:03-5610-5701 担当:碓井
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プロフィール
河合 拓(経営コンサルタント)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
https://takukawai.com/contact/