2020年1月10日、イオンの社長交代が発表され、副社長だった吉田昭夫氏が社長に就任することになった。岡田元也氏は代表権のある会長に就任する予定だ。メディアの報道を見ると、タイミング・人選に少なからず意外感があったようにも見受けられたが、外部から眺める限り順当な人選だと考える。
新社長登板の新生イオンに対する筆者の3つの期待と要望は、①リージョナルシフト、デジタルシフト、アジアシフト、投資シフトの完遂を、②長期的視点に基づく腰の据わった戦略遂行の継続を、そして③親子上場の整理に道筋を、である。ここにはイオンに対する大きな期待と同様、早期に解決すべき課題も上げた。実はイオンは他の有力小売業と比べ、外国人株主比率が異常に低い。その根本原因がイオンの課題として横たわるわけだが、イオン側も当然その課題は認識している。だが、その課題解決のための優先順位が、現実性を考慮していないように私の目に映る。その点に踏み込みながら、本稿を展開していきたい。
中期計画未達のイオン
リージョナルシフト、デジタルシフト、アジアシフト、投資シフト継続へ
イオンは2017年4月に17年度〜19年度の中期経営計画を発表しており、17年12月にその具体的数値目標として20年にめざす水準を営業収入10兆円、営業利益3400億円と掲げていた。しかし、20年1月10日の第3四半期決算によれば20年2月期業績予想は営業収益8.6兆円、営業利益2300億円とされており、計画数値とは大きな乖離が生じている。この状況を踏まえれば、経営陣の刷新をいま進めるのは当然だ。
先ほど述べた中期経営計画では、事業戦略としてリージョナルシフト(SM、GM企業再編)、デジタルシフト、アジアシフト、投資シフトが骨子になっていた。足元の進捗が遅れているからといっても、これらの課題が変わるとは考えにくい。むしろより加速的・積極的に成果を出すべきものだ。
その意味で、今回の社長人事は納得がいく。吉田氏はイオンモールの社長として、中国を含むモール事業に精通している上、英Ocadoとの日本における独占パートナーシップ契約の締結にも関わってきた経歴の持ち主だからである。もちろん中期計画の到達度不足の責任の一旦を担うべき立場ではあるが、より大きな責任を担ってもらうのが現在のイオンにとって最適解ということなのだろう。
仮に、今後EC事業者の浸透がモール事業に影響を与えるような局面がくれば、イオン全体の屋台骨にネガティブな影響が出かねない。そうした事態を回避するには、リアルのモールとデジタルの両方に知見があり、かつ中国での事例を日本に取り込める才覚ある経営者が必須になるはずだ。
以上、ここまでの話は読者の皆様にとっても常識的な話だろう。しかし今回、筆者が読者にお伝えしたいことは、今回の体制変更を契機にイオンのコーポレートガバナンスが前進して欲しいという願いである。
外国人投資家から敬遠されるイオン、その理由は?
イオンの株主構成は一般的な日本企業に比べて独特だ。同社の有価証券報告書によれば、19年2月28日現在の株主構成は、所有割合の大きい順に、金融機関36.5%、個人その他34.1%となっており、外国法人等は11.9%に過ぎない。参考までに同日時点のセブン&アイ・ホールディングスでは金融機関33.6%、外国法人等32.6%、個人その他12.2%である。またイオンの株主構成はこの時点だけが特殊だったのではなく、数年来のこの構造である。イオンがいかに外国人投資家から敬遠されているのかお分かりだろう。
外国人投資家がイオンの株主にならない最大の要因は低い資本効率にある。過去5年間(15年2月期~19年2月期)の株主資本純利益率(ROE=年度純利益÷純資産)推移をみると、13.6%→0.5%→1.0%→2.1%→2.1%に過ぎない。ここで思い出していただきたいのが14年8月に発表されたいわゆる伊藤レポート、ここでは上場企業に対してROE8%必達を提言している。同レポート発表後、アベノミクスの効果も手伝ってROE8%を達成した企業が増加したが、イオンはROEの改善を進めることなく我が道を進んでいるように見える。ちなみに小売業時価総額上位20社の中でROE8%未満の企業はイオンとヤマダ電機の2社だけだ。
イオン自体、中期計画において資産効率・資本効率についての目標値を開示していない(ただし、イオンモールはROIC<投下資本利益率>6%という計数を発表している)。これでは外国人投資家がイオンを「株主軽視」とみなし距離を取るのも肯ける。しかも外国人投資家には、「手厚い株主優待で個人株主を集めそれが資本効率改善の圧力を阻害している」と映っているのではないだろうか。
イオンの内側から透けるガバナンスを推察する
これに対しイオンの経営側から考えると、このような評価とは全く別のガバナンスの考え方が浮かび上がる。岡田氏はおそらく次のように考えているはずだ。
- イオンは社会の公器であるべき。株主利益への過剰な傾注はよしとしない。むしろ出店エリアひとつひとつの中長期的な展望を踏まえて地域貢献を念頭に長期的に投資を行うことこそ株主価値の最大化に繋がるはずだ。またバリューチェーン、ステークホルダー全体に目配りをし、サステイナビリティを高めることはこうした長期思考でなければできない。
- 個人株主が多いことはガバナンスの強化につながる。個人株主に日常的にイオンの日々のオペレーションを監視されるからだ。
- コーポレートガバナンス強化策としてイオンは指名委員会等を設置し、8名の取締役のうち社外独立取締役を5名配している。
筆者のように長年株主重視の考えが染み付いてしまった者からみると外国人投資家の考え方に与したくなるが、イオン側の考え方にも一理ある。健全なガバナンス体制のもとで、ステークホルダーに目配りしながら長期戦略を志向するというのがイオンの遺伝子であるのであれば、これはトップ交代や株主構成の変化にかかわらずぜひ継続して欲しい。岡田新会長は今後イオンの長期戦略の立案にリソースを当てる模様だが、ぜひ思うようにやっていただきたい。
財務規律を緩めては長期リターンにつながらない
親子上場の解消の道筋を示すべき
しかし、である。イオンの長期化する低ROEは、正しい長期戦略が短期利益を犠牲にしているためというよりも、以前からよく指摘される次の3つの要因によるものと考えるべきだ。
- GMS・SMの収益性が改善せず、減損が多く、しかし資本投下が継続していること
- EBITDAベースの連結ROAの水準が低いこと(筆者の試算では19年2月期のイオンの数値は連結ベースで4.6%、総合金融を除き7.4%、これに対し例えばイズミは連結ベース10.5%)
- 連結営業利益の59%、連結EBITDAの46%を占め、資本効率も遜色ないディベロッパー事業と総合金融事業を担うイオンモールとイオンフィナンシャルサービスに対するイオンの持分がそれぞれ56%と50%(19年2月期有価証券報告書)にとどまりイオン株主にとって利益の歩留まりが低いこと
そしてイオンの経営陣は、この3点に関して下に行くほど緊急度は低いと見ている節がある。イオンモールは投資案件を抱えており、イオンモールとイオンフィナンシャルサービスの少数株主に親子上場の弊害が出ているわけでもないので、現状の路線を継続し上から順に取り組んで行くべきだと考えているのだろう。
しかし、GMS・SM改革はなかなか難しく逃げ水を追うことになりかねないと筆者は考える。そこでイオンはイオンモール、イオンフィナンシャルサービス(まずはイオンモール1社でも構わない)の株式を買い付ける形で、3年程度で100%子会社化することをコミットしてはどうだろうか。今の株価であればそれぞれ2000億円強、合計4000億円強あれば買い付けは可能だ(実際にはこれにプレミアムが乗るだろう)。買い付け原資はGMS・SM改革による収益改善による負債余力の拡大でも良いし、事業ポートフォリオを精査し事業譲渡によって捻出するのでも良い。
長期戦略を腰を据えて実行できることがイオンの強みだとしても、財務規律を緩めては長期リターンにはつながらないはずである。ぜひ新体制での中期計画に事業ポートフォリオの規律を高める目的でこのような親子上場解消のスキームをビルトインすることを期待したい。
プロフィール
椎名則夫(しいな・のりお)
都市銀行で証券運用・融資に従事したのち、
米系証券会社のリスク管理部門(株式・クレジット等)を経て、