アバクロ復活、ユニクロを世界服に導いた「インクルーシブマーケティング」とは
アパレルのマーケティングは永らく「エクスクルーシブ」(排他的、差別的、独占的)が主流だったが、コロナ後の世界的なインフレや混乱の中で真逆の「インクルーシブ」(包括的、誰もを等しく受け入れる)マーケティングが注目され、ブランドのメジャー化や再生のキーワードとなっている。アパレル事業者は発想の転換が必要ではないか。

地に落ちた「アバクロ」がV字復活
米国のアパレル業界では「アバクロ」(「Abercrombie&Fitch」、以下「アバクロ」)の劇的なV字復活が注目を集めている。
2000年前後に過激なセクシーWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)コンセプトで一世を風靡したものの、リーマンショック以降の低価格志向や等身大志向というマーケットの変質に押されて08年1月期をピークに業績が落ち込み、不採算店舗の整理とオンライン販売や海外展開、手頃価格の「ホリスター」に注力するなどして10年1月期を底にいったんは回復に転じたが、「差別的・性的なマーケティング」が社会的な批判を浴びて再び業績が暗転した。
クラシックなアウトドアブランドだった「アバクロ」を過激なセクシーWASP*コンセプトで一躍、若者の人気ブランドに押し上げたマイケル・ジェフリーズ氏が14年12月に業績悪化の責任を取ってCEOを退任したがイメージの悪化は止まらず、15年には「全米で最も嫌われる小売ブランド」に認定されるに至り、年々売上が減少して17年1月期には営業赤字寸前に陥った。
*ホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタントの略称
一時は身売り話も出てCEOが2年間も不在になるほど経営が混乱したが、高級百貨店やアパレルチェーンでキャリアを積んだフラン・ホロヴィッツ氏が17年の新決算期からCEOに就任し、ようやく本格的な再建に取り掛かった。
同氏が再建の突破口としたのが従来のイメージを一新する「インクルーシブ戦略」で、5つのテクニカルな革新と相まって業績のV字復活に繋がった。
早くも就任2期目の19年1月期には回復に転じたが、コロナ禍で再び業績が暗転して21年1月期は営業赤字に転落。翌22年1月期は売上高が18.8%上昇して営業利益率9.2%と急回復したが、23年1月期は米国は回復してもコロナを引きずったアジアパシフィックが落ち込み、「アバクロ」は伸びても「ホリスター」が落ち込んで足踏んだ。24年1月期はアジアパシフィックも急回復して「アバクロ」が23%、「ホリスター」も4%伸び、売上高が42億8100万ドルと15.8%伸びて営業利益率11.3%とようやく本格回復。株価も1年間で5倍以上に上昇し、アパレル業界を超えてV字復活が注目されるに至った。
3月5日に開示された25年1月期決算も売上高が前期比15.6%増の49億4900万ドル、粗利益率が+1.3ポイントの64.2%、営業利益が52.9%増の7億4100万ドル、営業利益率が+3.7ポイントの15.0%と1月13日の上方修正を上回る着地で、売上高はピークだった13年1月期(45億1000万ドル)を超えて過去最高を更新し、営業利益もピークだった08年1月期(7億3900万ドル)を僅かながら上回った。四半期推移を追えば「アバクロ」の既存店伸び率は鈍化しているが「ホリスター」は加速しており、26年1月期も好調を継続すると見られる。
「インクルーシブ戦略」と5つのテクニカルな革新

フラン・ホロヴィッツ氏の打ち出した「インクルーシブ戦略」は人種も宗教も体格もハンサムか否かも問わず、かつて若者だったミレニアル世代(30才前後〜40才前後)まで取り込もうという開放的なターゲティングで、白人プロテスタントのセクシーな若者を理想とする過激なWASPコンセプトで他の人々を差別したマイケル・ジェフリーズ氏の「アバクロ」から一変した。
価格帯もナショナルブランド(NB)に近付いた往時のアッパーモデレートプライスから「ギャップ」(GAP)と大差ない手頃なモデレートプライスとし、フィットも往時のセクシーなボディコンからアスレジャーを取り入れて着崩しやすくイージーにし、幅広い顧客に門戸を開いた。ナイトクラブのようだった暗い店舗環境も明るく健康的に変え、販売員も強面半裸の白人マッチョから人種も多様でフレンドリーなお兄さんやお姉さんに変わった。
それだけでも顧客の間口が広がって客数が増えるが、その勢いを継続させて復活を確かなものにしたのが以下の5つのテクニカルな革新だ。
(1)デジタル・トランスフォーメーション(DX)によるデータコンシャスな企業運営
(2)DXによるファストな商品開発と検証(適正な調達と在庫運用)
(3)デジタルマーケティングによるOMO*と顧客エクスペリエンス
(4)デジタルマーケティングによるパーソナルな顧客エンゲージメント
(5)デジタルマーケティングによる店舗網の再編・拡張とグローバルな成長戦略
これらは「DXとデジタルマーケティング」と総括される、今時のアパレルチェーン改革の定石というべきものだが、OMO視点でローカル商圏単位にきめ細かくデジタルマーケティングして店舗を再配置*したことが飛躍的な成果に繋がったと思われる。
24年1月期でデジタル売上(EC)は全社売上の50%(「アバクロ」は60%、「ホリスター」は30%)に達していたから地域顧客のOMOアクションは極めて重要で、店受け取りや店出荷に対応する店舗の再配置は必定だった。国内で成果を上げたその手法を今後は海外店舗にも適用していくとしているから、米国内の伸びが一巡しても海外の伸びが成長を補うと期待される。
売上高が急回復したといっても店舗数を増やしたわけではなく、20年1月期から24年1月期にかけて286店舗を閉鎖して188店舗を新規に出店、44店舗を改装して861店舗から765店舗と96店も減少している。
その結果、24年1月期の月坪売上高は2526ドルと20年1月期から51.3%も上昇し、かつてのピークだった07年1月期の1480ドルを70.7%も上回った。平均店舗売上高も560.7万ドル(平均184.9坪)と20年1月期を32.7%上回り、07年1月期の354.5万ドル(平均199.6坪)を58.2%も凌駕しているから、デジタルマーケティングによる店舗の再配置は「インクルーシブ戦略」と相まって劇的な効果をもたらした。25年1月期は789店舗と若干の増店となったが、平均店舗売上高は636.9万ドルと前期から13.6%上昇しているから勢いは衰えていない。
*OMO(Online Merges with Offline)……ネットと店舗の垣根を超えた連携を意味し、ショールーミング(店舗からネット)による情報取得で店舗やネットの購入を促進したり、ウェブルーミング(ネットから店舗)による店取り置きや店渡し(BOPIS)、店出荷で顧客利便と在庫効率を高め物流コストを抑制するリテール戦略
*OMOローカルマーケティング……地域ごとに店舗利用とオンライン利用の顧客分布・交錯を掴んで、最適な店舗配置と在庫配置、物流手法と顧客アプローチを仕組む
「あらゆる人のライフウエア」でグローバルブランドとなった「ユニクロ」

「アバクロ」は極端なエクスクルーシブからインクルーシブに転換して客数が飛躍的に拡大し業績がV字復活した事例だが、フリースブームの終焉で01年8月期から03年8月期へ国内売上(海外出店は02年9月期から)が28%も急落して今日のグローバルブランドに変貌する契機となった「ユニクロ」のケースも、インクルーシブ転換という意味では共通している
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