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株価割安ではないのに…アクティビストが堅実な西松屋チェーンをねらう理由と対応策

今回は西松屋チェーンを取り上げます。アクティビストファンドが西松屋チェーンをターゲットにした理由、そして同社の取る対応について解説していきます。冒頭では8月締めの小売業決算にみる注目すべき企業を3社上げ、その内容を点検したいと思います。

ゼンショーホールディングス、RIZAPグループ、三陽商会

 2023年も早くも残り2ヶ月になりました。

 小売企業の8月締めの決算発表も終わりましたが、正直大きなサプライズは無かったように思います。株式市場で目についたのは、小売業界の株式時価総額ランキングで6位に上がったゼンショーホールディングス(月間+22%上昇)、RIZAPグループ(同+58%上昇)、三陽商会(同+35%上昇)になるでしょうか。

 ゼンショーは時価総額が業界トップ10入りの際に採り上げましたし、RIZAPグループに関しては現状の開示データに限りがあるため、chocoZAPに対する期待の高さをこの場で計数的に紐解くには材料不足な印象です。

  また三陽商会の株価急騰のきっかけは、第2四半期の好業績と、同時に発表された「PBR改善計画」です。この中で同社は「配当水準の段階的向上」をコミットし、早速2024 2 月期の期末配当予想を上方修正しています。インフレ基調に転換した現在、三陽商会が顧客ターゲットをインフレ耐性の強いアッパーミドル層に定めて着実に収益を上げ、株主還元も厚くして資本効率を引き上げるという事業戦略は堅実で現実的な選択だと思います。顧客層と販路の拡大は漸進的すぎると映るかもしれませんが、株式市場はひとまずこの現実路線に一定の評価をしているのだと思います。

西松屋チェーンvsアクティビスト
堅実な優良企業、株価は超割安には見えないが…

  ということで、今回は西松屋チェーンを採り上げます。西松屋チェーンの株価は10月月間で+19%上昇しました。

  株価の推移を詳しく見ると、9月末1628円、10月19日終値1625円、10月20日終値1863円、10月31日1940円ですので、きっかけは明白です。10月19日に、エフィッシモ・キャピタル・マネージメント(以下、エフィッシモ)が、同社株式の5.63%を保有する大株主になったことが明らかになったからです。

 ちなみに、この発表直前の10月19日の株価1625円は、2024年2月期会社予想一株当たり当期純利益154.40円の10.5倍にあたります。また、2023年8月時点の一株当たり株主資本1355円に対して1.2倍です。この倍率を見ると同社の株価は著しい割安ではないと思います。

  一方、同社の経営状況は概ね堅実で優良な経営がなされていると言えます。

  2023年2月期実績を参照すると、店舗は47都道府県で1000店舗を超えており、売上高1695億円、売上高経常利益率6.8%、総資産当期純利益率(ROA)6.1%、株主資本当期利益率(ROE)10.2%と文句ない実績です。継続的な出店や増床などを通じた成長志向も明確で、しっかりした商品戦略に裏打ちされた価格戦略も浸透していると思います。過去十年以上チェックしたところ赤字の年はありませんし、フリーキャッシュローも黒字基調で大幅な赤字になることはまずありませんでした。有利子負債がなく財務健全性が高い状態です(注:オペレーティング・リース契約残高は126億円程度あります)。

  このような堅実で優良な経営実績が株価に妥当に反映されていると言えそうです。

 この堅実でかつ株価割安ともいえない西松屋チェーンをなぜ、エフィッシモはターゲットにしたのでしょうか?

「堅実すぎる」から狙われる理由

  しかし、見方を変えると経営自体が堅実すぎるとも言えます。

  例えば、2023年2月期の資産を見ると、現預金が563億円にのぼり、総資産額の43%に上ります。このような現預金の積み上がりは今に始まったことではなく、過去9年間にわたり40%を上回ってきました。つまり出店を続けながらも高水準の現預金が維持されているわけです。

  この規模の現預金が適正なのか過剰なのかはよく考えてみる必要がありそうです。

  子供向けの商品を扱う”社会基盤”を支えるためには、仕入れの半年分を現預金と売掛金で常に確保すべきとするのであれば、なるほど、いま必要な現預金はほぼ550億円です。そして、私なりに試算をしたところ、売上高が+5%程度増収する前提でこの現預金のポリシーを維持しようとすると、配当政策も含めた現在の財務政策を変更する余地は乏しいように思います。

  一方、運転資金を見てみると、異なる姿が見えてきます。

  20232月期の数値を例にとると、売掛金52億円+商品309億円+未着商品21億円=382億円に対して、支払手形4億円+電子記録債務297億円+買掛金107億円=408億円であり、運転資金は仕入れ先等からフルに調達できています。この傾向は9年連続ですので構造的といえるでしょう。差額の最大値は期末ベースで最大76億円の仕入れ債務過多ですので、これを急に現金で支払うとしても100億円手元にあればしのげます。「VUCAの時代」と言うものの、西松屋チェーンの仕入れ・販売力を踏まえれば、この563億円という現預金残高は過剰ではないでしょうか。さらに言えば、100億円の銀行融資のコミットメントラインも未使用で確保されているのです。

  以上、現状積み上がった現預金の過剰感を指摘しましたが、これに加えて今後この残高を積み増す必然性があるのか、という点も改めて検討する必要があります。

 西松屋チェーンの店舗は既に国内1000店に達しており、少子化の進行につれて(増床は別としても)出店の必然性は低下していくと考えられます。同社のEC事業が今後予定される出店を代替することもできるはずです。そうであれば、現預金を今後も積み増す必要は低くなることでしょう。

 エフィッシモの狙いと
西松屋チェーンの対応とは

  このように考えると、エフィッシモは大株主として、次の諸点を西松屋チェーンに確認してくるはずです。

  • 現預金保有残高基準の精査
  • 成長戦略の具体化と付随する資金量および投資リターンの見込み
  • 今後数年間にわたるフリーキャッシュフローの金額見込みとその使途予定
  • 余剰資金がある場合の株主還元方針
  • 株主資本効率を経営指標の上位に位置づけることの是非
  • 直営店展開以外のビジネスモデルの模索

  西松屋チェーンのこれまでの財務戦略は、従来の株主には受容されていたのでしょうが、資本効率に敏感なエフィッシモの登場で、同社は改めて上記の諸点を明確にする必要に迫られたことになります。

  とりわけ、現預金保有残高基準の適否は肝になるでしょう。

  こうした状況におかれた企業は、ストック部分である積み上がった現預金には手をつけず、フローにあたる部分、すなわち今後の利益から配当に回す比率(配当性向)を引き上げ、株主の反応をみることが典型的です。この対応は、今後の現預金の積み上がりを減速させる意味ですので、現預金を過剰と見る株主に対しては一定の有効回答になります。

  西松屋チェーンの場合、直近3年間は20%を下回る配当性向に留まっています。この水準は、高成長期にあり手元現預金の潤沢ではない企業が採用する水準であり、安定成長期ないし成熟期にさしかかり手元現預金の潤沢な企業の水準とは乖離しています。そこで、まずは配当性向を例えば50%に引き上げ、あわせて配当額の下限を設定するというような方針を打ち出してくることが想定されます。

  とはいえ、せっかくの機会ですので、西松屋チェーンには、現預金保有残高基準の改定、および資金面も含めた成長戦略を提示し、成長ポテンシャルを定性・定量的にしっかりと打ち出し、余剰現金は株主還元にも向け始める、新たなレジームを策定することを期待します。

 そうであれば同社の株価は成長力を従来以上に前向きに評価し、エフィッシモ以外の株主にも恩恵が生まれます。

  株主構成を見るとラディカルな変化を生み出しにくいようにも思いますし、同社の資産背景を眺めると多めに現預金を持っておきたい気持ちもよくわかります。ここは両者で建設的な対話を進め、西松屋チェーンの経営力と成長ポテンシャルを改めて資本市場に再認識させてほしいと考えます。

 

プロフィール

椎名則夫(しいな・のりお)
都市銀行で証券運用・融資に従事したのち、米系資産運用会社の調査部で日本企業の投資調査を行う(担当業界は中小型株全般、ヘルスケア、保険、通信、インターネットなど)。
米系証券会社のリスク管理部門(株式・クレジット等)を経て、独立系投資調査会社に所属し小売セクターを中心にアナリスト業務に携わっていた。シカゴ大学MBA、CFA日本証券アナリスト協会検定会員。マサチューセッツ州立大学MBA講師