やや熱が落ち着いたとはいえ、AIを活用した事業改革というものに対して、無限の可能性を感じているアパレル業界関係者は少なくない。特に「生成AI」は、あたかも人間が文脈を判断し、その文脈に沿って文章や画像などを自動的にアウトプットするもので、これへの期待は大きい。例えば、褒めれば喜んでいるような返答がなされ、否定するとムッとしたような回答を返してくるので、「裏側に実際の人間がいるのではないか」と錯覚するほどだ。
しかし、こうした技術がアパレルビジネスのどこに役立つのかという話になると、まだほとんどの人が具体的なイメージを持てていないようだ。SaaS(サービスとしてのソフトウェア)型MD(マーチャンダイジング、商品政策)にAI予測は通用しないことは論理的に実証済みだ。MDは個別企業の余剰在庫やブランドの癖などにより変化するし、すべての服はユニクロのベーシック衣料と競合関係にあるからだ。
それでは、この技術は枯れてしまったのかというと、私はそうは思わない。いわゆるAIベンダーが業務に精通していないことと、事業をしている者がAIに過剰な期待を抱きすぎているから、AIをビジネスに適切に活用できていないのだ。AIベンダーと小売の実務、双方を経験した私の考えるAIの未来について論じてみたい。
AIはMD戦略そのものには使えない、単純な理由
AIはMDには使えない――
残念ながらこれは、確定した事実である。MDというのは「5適」といって、適価、適品、適所、適量、適時を正確にSKU単位で計画することだ。今のAIは、ある企業のブランドが持つ、「過去からの商品動向をみながら商品の売れ行きの動きの傾向をみて、将来を予想する」というものだが、決定的にこの技術に足りないのは、競合の動きをみていないということである。例えば、統計学的処理をおこなって将来のMD計画を立てたとする。おそらく、AIが示す傾向は正しいのだろうが、視点を消費者に変えれば、消費者は、そのブランドだけで買うということはない。
日本人のブランド個客率は20%程度だから、80%はブランドホッピング(あちこちのブランドを見比べる)をする。そして、ユニクロに似た商品がないかと考え(ユニクロが、日本のブランドの基準値になっている)、ユニクロに似たような商品があればそちらを買うし、ユニクロになくても、他の競合ブランドの方が価格が安い、あるいはデザインが秀逸な場合、そちらに購買が流れるのだ。
つまり、MDを正確に予測しようとするには、世の中の全てのブランドの製品動向を調べなければならないのである。だが実際は、消費者がレコメンド機能を使って、恐ろしいほどの数の商品比較を行っているわけだから、結果としてあたらないのである。
そこには、「競合」という視点がぽっかり抜けているからだ。
AIはMD策定の一助としては、極めて有効
それでは、AIをつかったMDは全く使えないのだろうか。私は使い方次第では可能だと考えている。
まず、AIの画像認識技術を使い、店舗が入っている館の通行量調査を行い、年代、色、着こなしなどの傾向を見る。アパレルの人間であれば、具体的なMDを組み立てる前に、街を見て、店を見て、商品を見て今年の流行を予想する。AIを使った需要予測は、こうして組織内に醸成されるトレンドの客観化、共有化に役に立つ。例えば、私はかつて毎年イタリアにトレンド調査にいってきたのだが、デザイナーと意見がいつも異なっていた。要は、同じものを見ても見る人が違えば、意味合いも異なってくるということなのだ。
AIによる需要予測は、組織の中のトレンドセッターに関係ある人間が外界を見てトレンドを読み取った結果がAIによって数字やヒートマップ上で現れることになる。だから、ここで外界のトレンドを客観化し、また、組織の中で異なる意見を持つ人間を減らすことができる。
こうすれば、組織の中の人の感性のバラツキがなくなっていく。つまり、スペインのZARAが、MD構築の際の参考情報としてMD構築作業の前段階に人力で行っている「トレンドの把握」を、AIを活用して行おうというわけだ。
MDには直接役に立たないが、その前段階の参考情報としては大いに役立つ。したがって、論点一MDへの応用については、ZARA型売り切りモデルの初期計画の参考情報としてAIの分析結果を使うわけだ。
大量のデータを掴みマーケティングに応用
次に、AIの分析が役に立つのは、「個客の買い回りビッグデータ」であろう。
データには年齢や住所、性別など動かない静態的データと、お店の中でAという商品とBという商品を買うなど、動態的データの二つがある。従来のデータ分析とは上記の静態的データを使って、個客属性を分析するキーにして「年齢は?」「どこに住んでいるか?」などをマーケティングデータにしてきた。
しかし、本当にクロスセルやアップセル(併売をしたり、より高額な商品を買ってもらう)を誘発するためには、個人を主キーとして、動態的データを集め、また、そのビッグデータの中身を「意味のある塊」に分類する必要がある。
そのような分析をすることで、例えば「ワインを買う人は高級なメンズシューズを買う確率が高い」など、個客の買い回り属性や、思いも寄らぬ購買行動が分析できるわけだ。
したがって、二つ目の活用方法は、「個客の動態的購買データを、AIを使って分析し個客の購買行動をより深く分析する」ということである。
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PLMとAIを連動させて起こることとは
産業界は、製品の開発・設計・製造といったライフサイクル全体の情報をITで一元管理し、収益を最大化していくシステムであるPLMが大はやりで、失敗しても失敗してもこの技術に幻想を抱いている。
PLMは、商社やメーカー型アパレルが産業エコシステムをつくるため、マスターを共有し、エコシステム内でワンマスター化し、エコシステム全体を効率化するもので、決して、忙しい生産部の作業を効率化するためのツールではない。
したがってPLMを導入すると、むしろ入力作業がいままで以上に増え生産部の仕事は多くなることになる。結果、「こんなはずではなかった」と、PLMパッケージのカスタマイズをやたらと繰り返すことで、動かなくなってしまうことになるのだ。
これは、PLMベンダーが、仕事欲しさに「これはできる、あれもできる」と、クライアントのいうことをすべて聞こうとするためにおきるのだ。だから、私は、PLMを導入する場合、RPA (ロボティクスの技術)を使って、生産部の業務効率化を同時に行うように推奨している。生産部のシステム上の面倒なダブルインプットなどは、RPAで解決できることが多いからである。
話をAIに戻すと、RFIDの技術をサプライチェーンに使い、PLMと連動させて商品が完成するまでの素材・商品・付属などのトレーサビリティが可能となる。
3つ目のAI活用としては、これらにRFIDをつけ、サプライチェーンの上工程までIot化を行い、たまった商品のビッグデータをつかって、商品のライフサイクルを逆トレースするわけだ。これは、特にこれからのSDGSの時代のトレーサビリティや生産進捗管理の自動化に役立つ技術になるかもしれない。
生成AIは対個客と対ユーザとなる
次に、生成AIの活用だ。いわゆるチャットボットの活用が、アパレル業界のみならずあらゆる産業界で進んでいる。私も、幾度かこの技術を使っていろいろな体験をしたが、その進化は驚くべきものだ。例えば私自身のことを聞くと、アパレルコンサルの第一人者で、その斬新な切り口は高く評価されていると同時に、現場感がないという賛否両論の評価がある、などとでてきて驚いた。私の提言に現場感があるかないかは歴史が証明するものなのでこれ以上の言及は避ける。
だがこのChatGPTに代表される生成AIは効果的な無人接客が可能になる。具体的には、ウエブに組み込まれて解析したビッグデータと連係し、購買をしようと考えている個客に対して「この客は過去、このような購買行動をとったからこういう商品を買う確率が高い」というデータを分析、「この商品はどうでしょうか」と最適なレコメンドが可能だ。
生成AIの活用は、上記のような使い方がもっとも自然だろう。
また、社内の情報システムのヘルプデスクに生成AIを導入するのも効果的だろう。「このグループウエアのシステム活用が分からないので教えてほしい」などの問いかけに答えてくれるからだ。
これまでは、対人でこうした質問をする人が多かったが、コンピュータは人をバカにしたり見下したりしないため、難易度の高いシステム活用が可能になる。
さて、まとめよう。このようにAIをつかった業務改革は、活用①トレンド把握の客観化、活用②個客の買い回りデータのマーケティング応用、活用③サプライチェーンの見える化、にそれぞれ活用する時代がくると思う。また、生成AIは対顧客では無人接客、対社内ではヘルプデスクになるはずだ。
まだまだここまでのことをやろうというアパレル企業はファーストリテイリングぐらいしか思いつかないが、必ずデータがたまる場所にAIは分析ツールとして存在するという基本ルールを頭にいれていけば、その活用は無限大である。
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プロフィール
株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。
著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「
筆者へのコンタクト
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