ECやネットスーパーの台頭、業態を超えて激化する競争環境、消費者ニーズの多様化……。小売ビジネスを取り巻く環境が激変するなか、継続的に議論されるテーマの1つが「リアル店舗の存在価値」だろう。雑貨専門チェーン・ロフト(東京都)の社長時代、買物の楽しさを”最大化”することで苦境からV字回復を果たした経験を持つ内田雅己氏(現 グランシェフ代表取締役社長)に、アフターコロナ時代のリアル店舗の価値向上を図るための指針を聞いた。聞き手=海蔵寺りかこ(KTMプラニングR代表取締役)
「ダサい。センスがない」 青学生から突き付けられた辛辣な指摘
――まずはこれまでのご経歴をお聞かせください。どのような経緯でロフトの社長に就任されたのでしょうか。
内田 大きな転機になったのは「そごう横浜店」の店長を務めていたときのことです。セブン&アイ・ホールディングスから、当時不振に陥っていたロフトの立て直しを命じられ、2013年に同社の社長に着任しました。
そごう横浜店にもロフトの大型店が入っていましたが、店長の私から見ても、正直に言っておもしろさを感じられる売場ではありませんでした。そんななかで社長に就任することになったので、まずは”おもしろくない要因”を探ることにしたのです。
青山学院大学の教授に知人がいたのでお願いして、学生を30人ほど集めてもらい、ロフトに対する生の声をヒアリングする機会を得ました。そこで浴びせられたのは、「ダサい、おもしろくない、センスがない、買いたいモノがない」といったあまりにストレートな意見でした。
――それは辛辣ですね……。
内田 しかし、それを聞いたうえで売場をあらためて見渡してみると、確かに的を射た意見だなということがわかるのです。
たとえば、日用雑貨として”ド定番”の品揃えや実用的な商品に偏った商品構成。売場レイアウトはワンウェイのコの字動線で什器も直線的な配置…。ある意味買物はしやすいかもしれないけど、計画購買を前提にしたおもしろみの欠片もない売場になっていたのです。
学生の皆さんが言う「おもしろくない、センスがない」という言葉が突き刺さりました。とはいえ、その当時すでにネットショッピングは当たり前になっていたので、単純に品揃えの幅だけを広げても、アマゾンには勝てないということもわかっていました。
新カテゴリーを積極導入し、売場に「房」をつくる
――確かに、商品のラインアップを拡充したところで来店動機には直結しない時代です。そこからどのように売場を立て直したのでしょうか。
内田 やはり、わざわざ店に行く理由や楽しさを創出することが必須です。季節ごとのニーズに寄り添うのはもちろん、商品との偶発的な出会いを提供したり、その店にいるだけでわくわくする楽しさが得られるような仕掛けをしたりといった取り組みが、当時のロフトには足りていなかった。
そこでまず実行したのが品揃えの改革です。社員が主体となって、新しいカテゴリーと商品を積極的に入れていくようにしました。極端な話、「去年売れたものは今年は売らなくていい。それよりも新しい要素を売場に入れよう」という考え方です。春夏秋冬・朝昼晩のお客さまのあらゆるニーズに寄り添いつつ、日常に楽しさを演出できるような商品を提案することに注力しました。
――品揃えが変われば、必然的に売場のつくり方も変わっていきますね。
内田 売場づくりの面では、「房(ふさ)」という概念を取り入れました。ぶどうはきらびやかな一粒一粒がまとまって一つの房を形成しますよね。それと同じように、既存の売場に「新しいカテゴリー」という粒をどんどん差し込んで、房をつくりだしていくという考え方です。
もちろん、商品をただ増やしただけでは魅力的な売場にはなりません。商品の”魅せ方”にも徹底的にこだわりました。たとえば直線的な動線から回遊性の高い動線に変更するためにテーブル什器の配置を工夫したり、全店でVMD(ビジュアル・マーチャンダイジング)のコンテストを行ったりしました。
VMDコンテストについては単純な売場の展開手法や装飾といった視覚的な要素だけではなく、「なぜこの品揃えにしたのか」「なぜこういった展開手法を考えたのか」といった意図も聞き出し、従業員のVMDに対するリテラシーを向上させました。
また、店舗ではパート従業員にも発注権限を与え、だいたい週2回の頻度で約1500SKUの商品については発注を任せるようにしました。現場で働く従業員が「考える」ことをしないと、売場は絶対に変わりません。考えることで従業員のスキルも上がります。
商品との出会い、買物の楽しさを最大化させるために
――そうした抜本的な改革はどのような効果を生み出しましたか。
内田 何より、お客さまが楽しそうに売場を回遊することになったことです。小型の店でも滞留時間が大きく伸び、ある新店のオープン時にはお子様を連れながら2時間くらい売場を見て回るお客さまもいらっしゃいました。かつてのロフトの売場ではほとんど見られなかったような光景です。
結果として、取り組みをスタートして約2年で業績が回復しました。各店が多くのお客さまでにぎわうようになったことで、従業員のモチベーションも大きく向上しました。業績よりもこのことが一番うれしかったですね。
――ネット通販では得られない、リアル店舗ならではの”楽しさ”を最大限に打ち出すことの重要性を痛感するエピソードです。
内田 とくにロフトのような雑貨をメーンに扱う業態は、非計画購買を促すことが重要です。ロフトで目的買いされるのは手帳くらいでしょう。「こんなアイテムがあったなんて」「この商品おもしろい! ちょっと買ってみよう」といった驚きや発見を売場や商品で演出する。モノであふれる今日、「これ欲しいな」と思えるものに出会える。これこそがリアル店舗の持つ意味だと思うのです。
その意味を自店に備えられるか。業態に関係なく、リアル店舗を運営する企業が今後淘汰されることなく事業を継続するためには、”リアルの意味”をしっかりと導き出し、店に反映させることが重要なポイントでしょう。
食品・非食品の垣根を越えてリアル店舗の価値を創造する
――私は食品小売のビジネスに長年携わってきましたが、ロフトを立て直した内田さんから見て、食品スーパーの非食品売場はどう映っていますか。最近ではドラッグストアなどとの競合度合いも高まってきていて、非食品部門のテコ入れを図る動きも見られます。
内田 まず言えるのは、食品と非食品という区分自体、あまり意味があるとは思えないということです。部門の垣根を越えて、思わず手に取りたくなる商品、日々の悩みを解決してくれる商品をいかに多くお客さまに提案できるかを店全体で考える。少し抽象的かもしれませんが、そういった考え方が重要だと思います。
また、食品スーパーの非食品の品揃えは生活必需品に偏重しているように感じます。もちろん購買頻度を考えればそういったアイテムを重視するのは必然ですが、前述したように日常の買物に楽しさを演出するような要素があってもいいのではないでしょうか。
いずれにしても、食品小売においてもリアル店舗の意味は今のうちに再考しておくべきでしょう。よく「日本人は実際に手に取って鮮度を確かめたい。だからリアル店舗の存在価値はゼロにはならない」といったことがいわれますが、今日の技術革新やPC機能の拡大をみると、数年後には「ネットスーパーでも十分安心して買物できる」と考える消費者は増えていくでしょう。つまり、生鮮の鮮度で集客できる時代はそう長くは続かないのです。
――となると、食品・非食品の垣根を壊し、「その店に行く意味」をいかに創造するかが大事になっていくと。
内田 そうです。時代は常に変わっていき、お客さまのニーズもどんどん多様化していく。だから、店も常に変わっていかなければならないのです。「今売れているモノを売り続ければ売上は確保できる」といった考え方は今すぐ排除すべきでしょう。
とくに、コロナ禍で人々の行動様式は一変しました。ライフスタイルや消費の考え方も人それぞれで大きく変わっています。そうした変化に対応するためには、「店の存在意義」を問い直し続ける。それが不可欠だと思います。