動き出した低株価評価企業の“山” PBR1倍割れ小売業にこれから起こること

アナリスト:椎名 則夫
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大日本印刷、2月の資本市場における最大のサプライズ

  2023年に入り筆者が証券市場を眺めて驚いた出来事が2つあります。小売業には直接関係はないのですが、大日本印刷とシチズンです。

 まず、大日本印刷。

 同社が2月9日に発表した新たな中期経営計画の基底になる経営の基本方針は、プレスリリースのなかで大きなフォントに下線付きで「ROE10%を目標に掲げ、PBR1.0 倍超の早期実現を目指します。」と明記しました(PBRは株価を一株あたり純資産で除したもので、これが1を下回れば企業の解散価値を株価が下回ると一般に解釈されます)。

 これには非常に驚きました。

 初めに指摘しておくと、大日本印刷はこれまで必ずしも企業価値最大化に(程度は別にして)背を向ける姿勢を示してきたわけではありません。現行の中期計画では、4つの成長領域に対する重点投資、事業部門別ROA管理と政策保有株式など整理による資産効率の向上、適切な財務資本強化という諸施策を通じて企業価値の向上を図ると宣言しており、その成果も顕在化してきました。

  しかしこれまで株主資本の効率性を示すROEについて十分な水準にコミットせず、「継続してROE5.0%以上を達成する」と述べるにとどまりました。

  この理由を推測すると、元々平均的なROEが高かったわけではなく、ROEの高い年もあれば低い年もありその水準が不安定で変動幅が大きく、さらに最近は減損や壁紙の製品不具合に対する多額な損失の計上を行っていたためだと考えられます。

  筆者も数年前のある機会に、「社内的に資本コストの概念が導入されているのか、それが事業運営や保有資産(特に投資有価証券)の保有方針に適用されているのか」について質問することがありましたが、その時の印象は、社内的に資本コスト経営を実装している節はあるが対外的に発信する水準ではなくその意思もないというものでした。同社の場合、受注産業であるという特質に加え、成長性と収益性の異なる事業を複数抱えるコングロマリットであるため、社内体制の整備と従業員などのステークホルダーの理解を得なければ、高いROE目標の開示には至らないのだろうと合点していました。

  このような経緯もあって、同社の株価は長年、解散価値の目安を下回り、PBRが1を下回ってきたのです。

  それだけに今回の発表は唐突でもあり、過去の経緯から見れば踏み込んだ印象もあり、筆者の正直な印象は”嬉しい”驚きでした。同じ思いの投資家が多かったことでしょう。

  株価の反応も大きく、発表前にはPBRは0.8を下回っていましたが、発表後株価が上昇し0.9倍程度までPBRが改善しました。

 

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アナリスト

都市銀行で証券運用・融資に従事したのち、米系資産運用会社の調査部で日本企業の投資調査を行う(担当業界は中小型株全般、ヘルスケア、保険、通信、インターネットなど)。

米系証券会社のリスク管理部門(株式・クレジット等)を経て、独立系投資調査会社に所属し小売セクターを中心にアナリスト業務に携わっていた。シカゴ大学MBA、CFA日本証券アナリスト協会検定会員。マサチューセッツ州立大学MBA講師

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