第296回 渥美俊一がダイエー経営幹部の首実検を行った事情

樽谷 哲也 (ノンフィクションライター)
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評伝 渥美 俊一(ペガサスクラブ主宰日本リテイリングセンター チーフ・コンサルタント)

「兄さん、おれが身を退く」──中内力

 中内㓛が実弟の力(つとむ)と訣別(けつべつ)にするに当たり、帳簿上では200万円ずつの折半出資でダイエーの事業を始めたことになっていたため、それに相当する半分の株式を引き取る格好となった。時価に換算した20億円を中内㓛は力に支払わなければならなくなった。むろん、そんな巨額の現金を持ち合わせてはいない。

 かつて存在した大手商社の江商からダイエーに転じていた打越祐(うちこしたすく)は、岡山にあった旧制第六高等学校時代の級友の伝手(つて)から、住友銀行の頭取に約19年にわたって君臨し、「法皇」、「天皇」と呼ばれた絶対権力者の堀田庄三との接点を必死になってたどった。そして、中内㓛への融資を頼むため、東京・麹町にあった堀田の邸宅を三度ほど訪ねたことも記してきた。

 堀田との極秘の交渉の様子については、佐野眞一も打越から聞き、自著『カリスマ 中内㓛とダイエーの「戦後」』(日経BP社・1998年)で大いに推測を交えながら詳細に書いている。

 また、佐野と同じく、長く中内㓛を追って執筆をつづけた大下英治には、『中内㓛のダイエー王国』(現代教養文庫・1993年)という先行書があり、同様の経緯を記している。

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記事執筆者

樽谷 哲也 / ノンフィクションライター

1967年、東京都生まれ。千葉商科大学卒業。雑誌編集者を経て、98年からフリーランスに。渥美俊一とJRC、流通企業と経営者、周辺の人物への取材は10年以上に及ぶ。「人間 渥美俊一」を渾身の筆で描く。

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