10年後の高齢者マーケットと『とくし丸』の成長戦略

ダイヤモンド・リテイルメディア 流通マーケティング局
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10年後の高齢者マーケットと『とくし丸』の成長戦略
新宮歩氏

株式会社とくし丸 代表取締役社長
オイシックス・ラ・大地株式会社 執行役員
新宮 歩 氏

 

オイシックスがリーチできなかった「シニア層の社会的課題」に貢献したい

高齢社会でシニア世代が増加する中、とくし丸の母体であるオイシックス(現オイシックス・ラ・大地)は、2010年頃からシニアの社会的課題に貢献できないかと検討を重ねてきた。しかしオイシックスが提供する食品ECとシニアマーケットは親和性が高いとは言いがたく、妙案が浮かばなかった。
14年、私が偶然目にしたのが、東京都心で“買い物難民”であるシニア層が移動スーパーのとくし丸を利用し大変役立っているというニュース。トラックを走らせ、顧客に食品を届ける。そんなアナログな業態が成立しているのかと衝撃を受けた。
翌年、とくし丸の創業者である住友達也と会い、トラックに同乗させてもらった。そこで目にしたのは、とくし丸を利用するシニアの方々が笑顔で買い物を楽しんでいる姿。年齢とともに行動範囲が狭くなるシニア層にとって、好きなものを自分で選んで購入し、好きなものを食べることは最高のエンタテインメントなのだ。とくし丸のサービスから「幸せな食卓」が作られているのだと感じ、胸が熱くなった(画像2)。

移動スーパーとくし丸
2019年撮影
移動スーパーとくし丸
2019年撮影
移動スーパーとくし丸
2019年撮影
移動スーパーとくし丸
2019年撮影
移動スーパーとくし丸
2019年撮影

とくし丸は、買い物にお困りのシニアの方々もとに週に2度訪問し、ドライバーの人間力によって最適なサービスを提案する移動販売事業だ。一方オイシックスは、サブスク会員を抱え、インターネットで事前に注文した食品を計画的にお届けする食品宅配事業だ。両者は、似て非なるものだが、豊かな食卓を提供したいという理念は共通する。 ただしとくし丸の顧客の95%が70代後半以降のいわゆる後期高齢者であるのに対し、オイシックスは若い方が中心だ。近い将来、両者が互いの利点を取り込み、融合した形へと進化していく。

「シニア」「地域」など、関係者全員がしあわせになるように

とくし丸は12年に徳島で生まれた。創業時は住友が自らトラックを運転し食品を届けており2年ほど苦しい状況が続いたが、2014年〜2015年にシニア層の「買い物難民化」を問題視した全国のスーパーが少しずつ参入するようになった。

16年、オイシックス・ラ・大地の子会社となり車両の稼働台数を拡大していき、22年現在では47都道府県で約950台に達した。契約スーパーは140社を超え、最終的には車両を4000〜5000台まで増やす見込みだ(画像3)。
月間流通額は、16年時点で約2億円だったが、21年12月には22億を超えた。いずれは「買い物難民」という言葉を死語にするべく次の10年に向かって準備を進めている。

とくし丸の事業概要
画像3

BtoBtoBtoCのビジネスモデルで、三方よしを目指す

とくし丸はBtoBtoBtoCというビジネスモデルで成立している。まず、スーパーにとくし丸のノウハウを提供し、スーパーが個人事業主である販売パートナーに商品を提供・販売委託。最終的に販売パートナーが顧客を訪問して食品を販売する。

スーパーにとっては低投資事業で、困っている人向けのサービスであるため売上は安定している。また、シニアの社会的孤立を解消するという点で、地域貢献に繋がるため、スーパーのブランディングや社内の意識向上にも一役買っており、成功率の高い新規事業となっている。

販売パートナーにとっても、約350万円の移動販売用のトラックを用意できれば未経験でもある程度の成功を収められ、地域貢献も体感できるビジネスといえる。

地方自治体にとっても、「シニアの食料品アクセス問題」を解決する一助となる。とくし丸での会話がきっかけとなり、シニアの社会的孤立を解消し、地域のコミュニティが再生する可能性もある。とくし丸のドライバーという職業がUターン・Iターンを生み出す効果も期待できる。

日本の総人口は、長期の人口減少過程に入っており、65歳以上の人口は増加の一途を辿る。とくし丸はシニアの買い物に合わせ、「高齢者の見守り」も兼任する。単に食品を届けるだけでなく、電球の取り替えやスーパーに取り扱いのない商品のお使いなどもサービスの一環としてドライバーが担う。アナログなサービスだからこそできることであり、実直に勝ち得た信頼感といえる。今後他社が同事業に参入したとしても、一朝一夕に追い抜けるものではないだろう。

なぜ、顧客もドライバーも継続率が高いのか

では、どのように顧客を獲得しているかというと草の根運動が奏功している。数名のスタッフが約1ヶ月〜1ヶ月半かけて、約8000世帯に「買い物でお困りではないか」と地道に声をかけ、“本当に困っている人”を探し出す。
先に述べたようにとくし丸は、人間力で勝負するビジネスモデルだ。そのため、ドライバー採用にも慎重だ。
採用する際には、面接で素養を見極め、“自分の母親のもとに一人で行かせても安心できる人” をドライバーとして採用するのだが、採用前、採用希望者に現場に同行してもらい、業務の実情を見てもらう。また、初期投資として、自身で約350万円のトラックを購入できるかといったハードルをあえて設け、覚悟がある希望者のみをドライバーとして採用している。顧客となるシニア層もドライバーも、「本当に困っている人」や「本当に働きたい人」のみが対象となるため、両者共に継続率は高い。

デジタル化が目的ではなく、目的のためのデジタル化を

とくし丸はこれまでの10年間、ほぼアナログで事業を進めてきたが、今年から一部DXを導入し始める予定だ。。大切なのは、目的のためのデジタル化であること。お客様に寄り添うための時間や余力を生み出すためのD Xであるべきだ。
業務支援アプリでの販売支援、業務ログからオペレーション改善を図るなどDXを通して売上向上を目指す。また個人事業主である販売パートナーが安心して仕事ができる仕組みを構築していく。

団塊世代の高齢化に伴い、80歳以上の高齢者の性質はこれまでと異なってきている。地域への参加意識も変化しているため安易に「後期高齢者」とひとくくりにせず、一人ひとりに合わせたサービスを提供することも大切だ。
最近は、デジタルに対応するシニア層が増えてきた。インターネットを利用して自ら困りごとを解決したり、健康管理をするなどデジタル化の恩恵は少なくない。
そんな背景から、とくし丸では、数年以内ににシニア層向けのE Cをシステム上整えていく方針だが、最も大事なのはシニア層がECを活用できる状態を生み出すことだ。本質から逸れないよう、試行錯誤を重ねていきたい。
(おわり)

各プログラムの詳細

下記画像リンクから、各プログラムの詳細をご覧いただけます。

10年後の高齢者マーケットと『とくし丸』の成長戦略 キャッシュレスデータが見出す消費行動変化

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