東急ストア(東京都/須田清社長)はリアルタイムの在庫管理システムを活用した業務改善に取り組む。品出し作業の生産性向上にとどまらず、ネットスーパー事業のピッキング、総菜の値引き率最適化など幅広い分野で活用している。
DXの必要性をコロナで痛感
──コロナ禍で食品スーパー(SM)業界全体の業績が好調です。御社ではいかがですか。
山口 東急ストアも業界他社と同じく売上は好調です。2020年4月の緊急事態宣言以降、お客さまの買物の仕方が変わりました。巣ごもり需要が拡大し、外食から家で食べる内食にシフトするなど生活スタイルの変化を受け、たくさんの商品をご購入いただきました。
しかし、売上拡大と比例して現場スタッフの負担も増えています。たくさんの商品をご購入いただく分、品切れ、品薄状態にならないように品出し作業の回数が増え、バックヤードでは大量に納品される商品の整理が必要になりました。
また、現場で働く従業員はつねに多くの人と接することになり、感染リスクがあるなか店舗を運営しています。これらの現状を目の当たりにして、デジタルマーケティング部では現場の業務負担をどのようにすれば軽減できるかを検討してきました。
──現場の業務負担を軽減するためにどのようなことに取り組みましたか。
山口 まず、品出し作業支援の仕組みを整えました。
きっかけとなったのはコロナ禍で本部社員も現場の応援に行くようになったことです。いざ自分で品出し作業をやってみると、アナログ作業が多いことを痛感しました。品出し作業をするとき、売場を見に行って、どの棚の商品がないのかを手書きでメモし、そのメモをもとにバックヤードに行き、大量のダンボールの中から商品を探して品出しします。この一連の作業にかかる「売場で欠品している商品を探す時間」「メモを書く時間」「バックヤードで商品を探す時間」を、デジタルを使って改善できないかと考えました。
これまでは1日1回在庫計算をする仕組みを使っていましたが、シノプス(大阪府/南谷洋志社長)の「リアルタイム在庫機能」を新たに導入しました。
──「リアルタイム在庫機能」はどのようなものですか。
山口 出荷実績やPOSレジの販売実績をクラウド上で連携させることで15分ごとのリアルタイムの在庫状況を「見える化」する仕組みです。
このリアルタイム在庫機能を活用し、品出し作業支援に取り組みました。これによりタブレット端末上で品出しが必要な商品の情報と、それらがバックヤードの在庫にあるかどうかがわかるため、一気に生産性を上げることができ、さらには品切れにより、お客さまにご不便をおかけすることも少なくなりました。
品出し作業支援により、1店舗当たり1日平均の品出し時間を従前より約90分削減することができました。人時生産性を向上できた分、店舗従業員は接客やクリンネスなど本来最優先で取り組むべき業務に時間を費やすことができるようになりました。
ネットスーパーのピッキング作業90分減
──コロナ禍による購買行動の変化として、リアル店舗からECへのシフトも業界全体の傾向として見られます。
山口 東急ストアではネットスーパーの利用者がコロナ禍以降、急増し、対前期比で約30%増となっています。
ネットスーパー事業は注文が入った商品を店舗側でピッキングする作業が加わるため決して利益率は高くありませんが、お客さまの多様なニーズに応えるために拡大していかなければならない事業です。
──ネットスーパー事業が拡大すると、ピッキング作業にも人時を割く必要があります。どのように対応しますか。
山口 ここもリアルタイム在庫機能を応用して、人時の生産性向上を図っています。
これまでのピッキング作業は、スタッフが紙のメモをもとに、売場やバックヤードから商品を探すというアナログ作業が中心でした。また、ネットスーパーの受注数が店舗の在庫情報と連携できておらず、ネットスーパーで大量の注文があると一部商品が品切れしてしまうといったこともあり、在庫があるのかわからない商品を探すのに余分な時間がかかってしまいました。
リアルタイム在庫機能を活用することで、まずネットスーパーと店舗の在庫情報を連携させました。また、ピッキングする商品とその在庫状況、売場のどの場所にあるのかといった情報を確認できるアプリを搭載したタブレット端末をカートに装着しました。これをピッキングする従業員が使うことで、アプリに表示されている情報を見ながら作業でき、手書きメモや商品を探す手間がなくなります。
ネットスーパー需要の高い店舗ではピッキング作業に1日当たり10時間程度費やしていますが、60~90分の短縮効果が見られました。今年2月中旬から開始し、全店にそのカートを3台ずつ導入しました。
総菜値引き率をAIで最適化
──近年、SDGs(持続可能な開発目標)など、食品小売では廃棄ロスなどが注目されています。
山口 東急ストアではリアルタイム在庫機能を活用し、総菜の食品ロス削減に取り組んでいます。
これまで総菜は全店一律で時間を決めて段階的に値引きしていました。しかし現実をみると、店舗の商圏環境によって総菜の売れ行きが異なるのはもちろん、曜日や天候によって変わります。
リアルタイム在庫機能を応用して、総菜の在庫データとAIによる需要予測の発注の仕組みを連携させます。これにより天候や商圏環境などを考慮した客数を予測し、単品ごとに値引きをするタイミングの最適化を図ります。
また、インストア加工の総菜では追加製造のタイミングをアラートで知らせるようにしました。これを実現するには厨房内にタブレット端末を配置し、アプリを操作する必要がありますが、衛生面を考慮し、デバイスに触れずに操作できる機能も加えました。
この取り組みにより食品の廃棄ロスを減らすことができ、必要な商品を追加製造することで、チャンスロスも防ぐことができます。その結果、環境にやさしいだけでなく、利益率も高めることができます。
──今後はどのようなことに取り組んでいかれますか。
山口 よりDXを加速させたいです。今のスピードを緩めてはいけないと思っています。お客さまの多様な買物スタイルのニーズに応えるため、ネットで注文した商品を店舗で受け取れるBOPIS(Buy OnlinePickup In Store)にも挑戦したいです。
在庫管理システムの話をすると「業務効率化」という言葉が使われることがありますが、私は業務支援だと思っています。テクノロジーを使って生産性を向上させ、接客やクリンネスなど、よりお客さまに喜んでいただける、付加価値の高い業務に時間を費やし、差別化をしていきたいと考えています。
また自動発注の精度もさらに高めたいと思っています。今は自社のID-POSをもとに発注予測をしていますが、卸やメーカーといった業種を超えてデータ連携を図る、D&Sソリューションズ(東京都/中村洋幸社長)の「情報卸」などを活用し、サプライチェーン全体としての情報精度が高まるようなチャレンジをすることも考えています。