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円安修正で国内成長力に再注目!良品計画に広がるチャンスと課題とは

揺れる資本市場と為替相場

chachamal/istock
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 金融市場に関わる人であれば「年始、ゴールデンウィーク、お盆休み、10月」は大きな相場変動がありうると気を付けていると思います。しかし、今年はこれが少し早めの7月下旬から8月上旬にやってきました。

 日経平均は7月11日に年初来高値42,426.77円をつけましたが、1ヶ月も経たない8月5日に年初来安値31,156.12円に急落しました。この間、26%の下落です。

 一方、ドル円相場も7月上旬の161円台から144円(8月6日)への11%程度円高になっています(8月15日時点では148円後半~149円)。

 7月31日の日銀の「利上げ」の直後に大きな変動があったため、この利上げの適否に注目が集まっているようですが、実際には7月中旬からじりじりと株安・円高が進んでいました。したがって、この株安・円高の底流にある要因へ眼を向けるほうが有益でしょう。具体的に言えば、中国のデフレ定着、欧州経済の不調、米国経済の成長減速と金融引締めの終了接近です。さらに、米国の企業業績が株式市場の高い期待に応え切れなくなってきたことも要因のひとつに挙げられます。

円高修正は小売株に恵みの雨か!?

 さて、ドル円相場が円高修正をしたことに実はほっとした小売業の方が多いのではないでしょうか。

 国内を基盤にする小売業にとっては、輸入物価の抑制によって仕入れ原価の上昇圧力が緩和されるはずです。円建てのエネルギー価格が下がり、光熱費の削減につながったり、家計の購買力に余力を生むことも考えられます。

 7月末から8月9日までの株価騰落によれば、この間上昇率の大きかったのはニトリホールディングス、パルグループホールディングス、Genky DrugStores、ワークマン、コスモス薬品、イオン、神戸物産などで、その多くが内需型の企業群でした。

円高修正の「負」の側面とは

ファーストリテイリングは24年8月期の中国事業が減収減益になると発表している(Andy Feng/istock)

 しかし、円高は恩恵ばかりではありません。外需依存度が高い企業にはマイナス要因ももたらします。まずはインバウンド消費の恩恵が大きい百貨店株が下落しています。

 次に、海外利益貢献が高い企業ほど、円貨に換算した利益額が円高によって目減りしてしまいます。

 さらに、この円高への修正の底流にある海外景気動向も問題です。すでに海外で収益を上げている企業においては現地通貨ベースの収益に下方圧力がかかります。これから海外進出を本格化する企業においては、投資採算の確保が従来想定よりも厳しくなるため、その展開速度が制限されることでしょう。

 例えばファーストリテイリング。海外ユニクロ事業は順調に増収増益を遂げていますが、日本に次ぐ主要販売地域である中国大陸に限れば、2024年8月期の下期(2024年3-8月期)は減収減益になると同社は説明しています(2024年7月11日付決算説明資料)。前年のハードルが高かったこともありますが、消費意欲の伸び悩みなどの外部要因が、立地・品揃え・マーケティングなどにわたる内部課題を浮き彫りしている状況にあり、広い中国においてエリアごとにしっかりニーズに応えていく経営の高度化を迫られています。

 例えばニトリホールディングス。IR資料によれば、海外展開の柱となるべき中国において出店計画を期初と比較して下方修正しています(2024年8月7日付決算説明資料)。

 例えば良品計画。中国大陸の直営既存店とオンラインストアの販売額は今年に入り1月から6月までいずれの月も前年同月を下回って推移しています(同社HPより)。

 7月末から8月9日までの株価動向もこうした状況を懸念しているようです。ファーストリテイリング、セブン&アイ・ホールディングス、ゼンショーホールディングス、良品計画、FOOD & LIFE COMPANIES、サイゼリヤなどの株価はいずれも足元冴えない動きです。

「国内」展開力に再注目!

 このように眺めていくと、円高への修正によって国内小売事業の伸び代が重要なテーマとして浮上してくると筆者は考えています。

 例えば、ニトリホールディングス。国内店舗数は島忠を合わせて第1四半期末(2024年6月末)829店舗(うちニトリおよびニトリエクスプレス計558店舗)で、これを期末には884店舗まで増やす予定です。しかし、同社において注目すべきはむしろ品揃えの強化だと思います。電動家具、家電、アパレルなど、これまでの主力商品である家具の高付加価値化および家具と異なる買い替えサイクルの商品を推進し従来にも増して安定的な成長を目指していることがわかります。

 そして筆者がもうひとつ注目している企業が良品計画です。

良品計画の国内出店拡大戦略ににじむ根本的な課題

実際に筆者が地方の無印良品店舗を訪れて「考えを改めた」出来事とは!?

 良品計画は2021年7月に、2022年8月期から2024年8月期にわたる中期経営計画を示しました。国内外双方で出店を進める方針のもと、2021年8月期末の店舗数1,002(国内456、海外546)を2024年8月末に1,300店にすると述べていました。ちなみに2024年6月末、国内店舗数623、海外675、合計1,298店舗になり、ほぼ計画通りに推移しています。

 さて、同社はこの中期経営計画の開始にあたって、第2の創業期に入ると宣言し、「感じ良い暮らしと社会」の実現に貢献することを目標に内外で事業を伸ばすことを志します。筆者としてはこの基本方針は同社らしさが体現されていてポジティブにとらえています。

 成長を進める上で、国内出店は海外出店と同等以上の重要性を担うことになりました。600〜800坪の標準店を有力な食品スーパーに隣接して展開する、2000〜3000坪の「生活全部店」も漸次展開する、地域密着のため個店経営を進める、この結果、全国津々浦々に店舗網を構築する目論みです。

 ちなみに、筆者はこの国内店舗網の拡大はチャレンジングだと感じていました。

 大雑把な議論ではありますが、小売企業の国内店舗数のひとつの目安は1000店舗だと思っています。したがって計画当初500店に満たない店舗数を増やしていくことは理にかなっているように思われます。

 しかし、無印良品の各カテゴリー(衣服、生活家具・雑貨、食品など)には全国展開を完了した有力なカテゴリーキラーがひしめいています。しかも大都市圏以外は自動車社会でロードサイド店舗へ思いのままに出かけることができるため、無印良品を選ぶ積極的な理由を相当効果的にアピールしなければならないと考えました。

これに対する同社のひとつの回答が「地域密着」ですが、これはそれまでの同社の競争力の源泉であった「マニュアル経営」と親和性が低い施策に見えてしまいます。

 店舗網の拡大と地域密着がタイムリーに相乗効果を発揮して、規模拡大と投資採算を程よく両立できるのか、注目していました。

良品計画の地方店舗に訪れて驚いたこと!

  筆者は定期的に大都市圏を離れる出張の機会があります。そこで最近は日帰りせずに一泊して、宿泊地の周辺を見学してから帰宅するようにしています。このなかで、最近同社の店舗をいくつか巡る機会があり、来店するお客さんの動きを眺めてみました。その結果、自分の考えを改めるべき、すなわち国内展開のポテンシャルについてもっと積極的に評価すべきではないかと考え直しています。

 端的にこれを表現すると、ブランドを体現する商品の「ストーリー性」、どんな暮らしやシーンにもフィットする商品との高い親和性、生活に必須な商品カテゴリーの網羅性、品質の信頼性、価格の合理性、ワンストップショッピングで必要なものが揃う「タイパ」(タイムパフォーマンス)の良さがうまくミックスしており、同社の店舗が全国津々浦々に浸透することが多いにありうるということになります。

 大都市圏であろうが、郊外であろうが、「ストーリー性」と「タイパ」は重要です。ここがしっかりしていれば、必ずしも全ての商品が最安値である必要はありません。

 先ほど述べたように、国内の出店は中期経営計画に沿って順調に増えています。売上高もこれに伴って伸びてきていますので、現経営陣は正しい方向に向かっていると思います。自分の不明を恥じるばかりです。

 しかし、業績をみると大きな「課題」も残っています。

良品計画が抱える課題、そして“乖離”

winhorse/istock

 本年7月12日に発表された2024年8月期通期業績の会社予想は、営業収益6,600億円、営業利益530億円、経常利益535億円、親会社株主に帰属する当期純利益360億円となっています。

 先に述べた中期経営計画の2024年8月期の着地目標は営業収益7,000億円、営業利益750億円でした。為替の水準が変わっているので単純比較はできませんが、売上収益の面で目標に接近していることがわかります。

 ただし、国内事業の営業収益の目標4,500億円に対して、着地見通しは3,858億円となり乖離が見られます。また営業収益に対する営業利益の率は計画10.7%に対して着地見通しは8%にとどまります。

 なお、当期(2024年8月期)の開始時点で、2024年8月期から2026年8月期までの3か年のローリングプランが示されています。これについても最終年度の同率は8.8%の計画になっていますが、当期の着地はこの水準に前倒しで迫っているとは言い切れません。

 つまり課題が残っていることになります。

 この中期経営計画の期間、人件費の増加など想定外のコスト増加要因があったのかもしれませんが、それよりも商品力の磨き込みが不十分であった可能性が高く、さらに言えば、店舗を巡回する中で、地域密着がどこまで実現しているのかわかりにくい印象も残りました。

 同社のHPを見るたびにその洗練された内容に唸るばかりですが、店舗での購買体験が同じレベルにあるとは言い難く、改善の余地がありそうです。商品のストーリーについてもっと訴求が欲しいですし、良品計画が提案する「感じ良い暮らしと社会」の具体例をたとえばVRを最大限活用してもっと教えて欲しい気がします。地域密着が定着しユニークな店舗が増えてくれば、全国の良品計画の店舗を回ってみたくなるような消費者も増えていくでしょう。良品計画が掲げる「公益人本主義経営」の一歩進んだ具体像を同社の店舗で感じてみたいと思います。

 元祖ESG企業として良品計画が果たす役割は日増しに拡大していると思います。今後の変貌に引き続き期待を寄せたいと思います。

 

プロフィール

椎名則夫(しいな・のりお)
都市銀行で証券運用・融資に従事したのち、米系資産運用会社の調査部で日本企業の投資調査を行う(担当業界は中小型株全般、ヘルスケア、保険、通信、インターネットなど)。
米系証券会社のリスク管理部門(株式・クレジット等)を経て、独立系投資調査会社に所属し小売セクターを中心にアナリスト業務に携わっていた。シカゴ大学MBA、CFA日本証券アナリスト協会検定会員。マサチューセッツ州立大学MBA講師