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10年後10兆円をめざすファーストリテイリングの死角とは?財務と戦略を徹底分析!

4月になり、多くのアパレル企業が通期決算、あるいは、半期決算を発表した。今日は、“オワコン業界”と言われているアパレル企業から育ち、おそらく日本を代表するトップ企業となりうるだろうファーストリテイリングの半期決算(23年8月期上期)を読み解き、同社の将来とリスクについて考えてみたい。なお、この論考は、河合拓個人の感想であり、株価などの予想をするものではないことを断っておく。

(EPA時事)

トヨタを抜いて、日本を代表する世界企業になる!

 2023年1月、私は待ちにまった恒例の大セールのため、六本木ミッドタウンのユニクロへと出かけた。業界発展を願い、ファーストリテイリングにとって耳の痛いことをしばしば発言する私だが、一消費者となれば無類のユニクラーなのである。

 驚いたのは、「今は大セールなのか?」と思うほど、「価格が高い」ことだった。値引きをしていないのはもちろんのこと、多くのそして、魅力ある商品の価格が上がっている。それでも、カゴいっぱいに服を入れて無人レジへ。金額を見て驚いたのは、なんと1万5000円もしたのである。

  「ユニクロで1万5000円???」なんとなくモヤモヤした私は、同店からほど近い、これまた大ファンであるビームスハウス(ビームス業態の中でも、イタリアンクラシコを中心にMDを展開している本格的セレクトショップ)を覗くことにした。だがよくよく考えてみると「ハウス」で必要なスーツやネクタイ、カバン類はすでに一通り持っているし、何より当時はオフィスに出社する必要もなかった。というわけで、私はミッドタウンを後にしたのであった。

 「モヤモヤした」と書いたが、それは一消費者の視点。ビジネス視点で言えば、ユニクロは高騰する原価が「適切に売価に反映され、それが支持を得ている」ということなのである。

 「ユニクロ(ファーストリテイリング)はまた過去最高益を叩き出すぞ」

 私は、ダイヤモンド・チェーンストアの阿部編集長にそのようにいったが、私に絶対の信頼をおいてくれている彼も、ユニクロ過去最高益更新という話題に対して、さもそれが当たり前というように、無反応だった。

 アダストリアやTOKYO BASE、ユナイテッドアローズの分析を先にしてもらいたかったのかもしれないが、何はともあれ分析すべきはまずはユニクロである。ファーストリテイリングの業績分析をせずして他のアパレル企業の話をしても仕方がないのである。なぜなら、ユニクロもその他アパレルも皆同じ業態であり、ユニクロがアパレル市場のキングであるからだ。

 それにしても今回のファーストリテイリングの半期決算は“できすぎ”だ。事業的側面から見て隙がないどころか、もはや同社はトヨタを抜いて、日本を代表する世界企業になるのではというのが私の見方である。

 

販管費率は脅威の35.7%!
ファーストリテイリングの業績が圧巻である理由

 

Peter Fleming/istock

 そこまでファーストリテイリングを褒めちぎる理由は、下記の2つの資料で説明は十分だ。

 ファーストリテイリングの前期までの事業の振り返りをしておきたい。

 ファーストリテイリングは228月期、売上の約半分を占めるグレーターチャイナで負け越し、また、日本でも昨対を割ったが、それを、なかなか利益が出なかった北米の黒字化と、ロシア市場がなくなったにもかかわらず欧州で挽回するなど奇跡の最高益を遂げたことは記憶に新しい。しかし、中国と日本という売上の70%程度を占める市場で負け越している実態に、アナリストたちはやや不安を隠しきれない状況だったと記憶している。

 では、238月期上期はどうだったか?

 売上は20.4%増収で、粗利は引きずられるように17.9%の増益だ。驚くべきは、売上高販管費率である。私は再三、グローバルに勝負を挑むためには「販管費率は40%が鉄則」と述べてきたが、なんと同社の販管費率は35.7%である。これは、グローバルSPAと比較してもトップクラスの値であり、リアル店舗を中心に売上を作っている同社の店舗効率の良さを現しているのだろう。

 しかも同社は、店長の年収も非常に高いことで有名だ。さらに驚くべきは、この円安による収益悪化要因はほんの-1.1% であるということだ。これは、同社の事業が世界中に散らばっており、日本だけの市場で戦っている他のアパレルと異なり、為替変動の影響をそれほど受けないということだ。

 その結果、営業利益は+14.5%で、文句のつけようもない。もちろん今、アパレル各社はどこもコロナ後のリベンジ消費で我が世の春を謳歌している一方、夏以降の反作用で売上は落ち込むだろうと私はみているが、同社も同様、通期予想は保守的に見ているようだ。

世界的大企業を
ベンチャーのごとく経営する「第四創業期」

 同社の半期決算説明を聞くと、グループ経営を本格的に稼働するため、横(国を跨いで世界中を飛び回る)と縦(現場に降りて消費者の声に耳を傾ける)を文字通り縦横無尽に移動し、スピードと統一を両方手に入れるための施策を考えていることがよくわかる。柳井正会長兼CEOは、これを「第四創業期」と命名していた。

 柳井正会長兼社長の発する言葉がやや抽象的だと過去にも指摘してきたがそれは今回も同様だった一方で、役員たちの言葉に力強さを感じた。かつて、ファーストリテイリングの最大のリスクは(後継者への継承が進まないということも含め)柳井正氏という傑出した存在にあるという認識を多くの産業界の人がしていた。だが今はその問題は解決され、ファーストリテイリングの人材が有機的に末端まで「柳井イズム」を理解して社員全員が力強く動いている印象を受けた。

 さて、このセグメント別半期決算を見ると、中国(韓国、台湾などは増収増益)だけが負け越しているようで、あとは全て作対比を超えて成長しているようだ。確かに、中国はゼロコロナ政策によって、国民の自由な移動が制限されていたしサプライチェーンも万全ではなかった。

 具体的数値は示されなかったが、中国も23年1月からは増収増益になっているという。この部分のみを信じれば、同社は同社のいうように完全な「成長期」に入ったことになる。そして驚くことに、今後10年で今の3倍の売上規模となる「売上高10兆円」を狙うという。

 地球上に10兆円のアパレル企業など存在しないから、人類が誰も到達しなかった「一枚数千円の服のビジネス」で前人未到の領域にゆくことになるわけだ。ファーストリテイリングの営業利益率は15%だから、もしこの水準のまま10兆円を達成したら、同社の営業利益は15000億円となる。トヨタの直近の営業利益が3兆円(売上30兆円)なので、事業価値ではほとんど負けていない可能性もある。

 

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あえて問いたい「ファーストリテイリングに死角はないのか?」

 それでは、ファーストリテイリングに死角はないのか?

 私は、ファーストリテイリングが継続する「より大きく、より高く」という方向に対し、畏敬の念を抱きながらも、あえて苦言を呈したいと思う。

 それは、果たして同社が取引するアジアの工場、そして、日本での衣料品の廃棄ゴミはどうなるのか、という疑問から端を発するものだ。ファーストリテイリングは、「2030年までに全使用素材の50%をリサイクル繊維に変える」言っており、それ自体は素晴らしいことである。

 だが、以前の論考で述べたように繊維業界の再生繊維というのは、いわゆる「ゴミ」から作ったポリエステルで、その服を捨てれは、ペットボトルを捨てるのと同じであり、こんなことを許していたら、アパレル産業は「ゴミの終着駅」になってしまう。

 私は、ペットボトルを作っている飲料メーカにペナルティを課して、繊維産業にアディショナルコスト(ポリエステルを反毛するコストや着心地の悪さのコスト)を負担させる、あるいは、国が車の燃費に対してエコカー減税をかけたように、環境と共存するコストを補助金負担するということをすべきだと思う。例えば大手ブランドで、CO2排出に一石を投じるブランドを立ち上げるも全く泣かず飛ばずの状況であり、今はIRから姿を消しているようなブランドもある。SDGsは、私が最初から言っているように企業にとってチャンスではなくコストなのだ。「Z世代は違う」などというが、先日大阪で講義を行った際、Z世代に環境コストを出してでもサステナブルな服を買うかを尋ねたところ、そんな人はゼロだった。むしろ、安ければShein(シーイン)に列をなすのが今の若い世代なのだ。これは、マーケティングを完全にミスリードしている結果起きている。

  これと同じことが「10年で3倍の売上」という方針に滲み出ている気がする。私は若いころ同社の中途採用に応募したことがある。そこで私は「御社のようなリーディングカンパニーこそ、世界の見本たる、ポスト資本主義、ポスト売上至上主義のありようを見せるべきです」と発言して瞬殺され「もう、来なくて良いです」と追い返されたことがあった。

  私は、今でもその考えは変わっておらず、例えばだが、これからは売上ではなく、株価が企業のスケールを表す指標となり、財務3票はキャッシュフローが主体になる、つまり、株価とキャッシュフローで我々は初期的にビジネスモデルの健全性を図るような時代が来て、その先陣を切るのが私たちだ、という具合に宣言してもらいたかった。高い売上目標を立てるのは、現段階では世界で高いシェア率を獲得しているとは言い難く、存在感が小さいからだというのが日経新聞の論調だが、もはや人類の経済活動に対して単なるSDGs対応でなく、企業の在り方そのものから未来像を語ってほしかったというのが私の意見である。

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プロフィール

河合 拓(経営コンサルタント)

ビジネスモデル改革、ブランド再生、DXなどから企業買収、政府への産業政策提言などアジアと日本で幅広く活躍。Arthur D Little, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナーなど、世界企業のマネジメントを歴任。2020年に独立。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
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