焦点:「M&A保険」が急増、想定外の買収結果の訴訟リスクに備え
[ロンドン 14日 ロイター] – 今年は合併・買収(M&A)活動が急回復し、さらには関連訴訟が増えたのに伴い、買収に絡む想定外のリスクに備える保険が急増している。
保険会社には今年、新型コロナウイルス禍でイベントの中止や営業停止に関する保険金の支払い請求が続いた。そうした保険会社が活路を見出そうとしているのが、企業買収を考えているものの買収したい企業の実態が説明と食い違っていたという場合のリスクに備えたい企業向けの、保険提供だ。
身売りする側の企業にとっては、そうした保険はいざという時、きれいに合意を解消するための備えとなり得る。
M&A保険を使えば、企業は係争の可能性に備えて予備費を確保しておく必要もなくなり、コストがかさみ長期間続く訴訟に突入するのを避けるのにも役立つ。新型コロナの打撃による混乱で、企業価値の評価を誤解させたとの苦情や、買収してみたらビジネスモデルが毀損していたとの主張が起きやすくなったからだ。
こうしたことから、今年は多くの保険会社がM&A保険に参入。保険ブローカーのパラゴンによると欧州だけで約30社がひしめき合っている。こうした市場で保険請求額の水準は上昇しているが、保険料は新規参入が増えた影響で下がった。ただ、この状態は長続きしない可能性がある。
M&A保険ブローカー、ヘルムズリー・ワイン・ファーロンジの共同経営者エイドリアン・ファーロンジ氏は「2008年なら、ロンドンM&A保険業界は全員が1つの会議室のテーブルに着席することができただろう。だが今、この市場に参加しているのは300人を超える」と言う。
英保険大手アビバのマーク・フェローズ氏によると、同社は19年にM&A保険市場に参入したが、M&A保険市場は今や、1つの保険クラスとして確立されつつある。
保険ブローカー、マクギル・アンド・パートナーズの共同経営者ジェームズ・スワン氏は、今年はM&A保険の保険料収入が世界全体で総額20億ドルに達する可能性が大きいと話した。
案件が大型化
M&A保険は、訴訟予備費の引き当てを避けたいプライベートエクイティ(PE)企業に対する小さな案件から始まった。
ブローカーによると、その後は案件が大型化して100億ドル規模も珍しくなくなり、上場企業も利用するようになった。
ロンドン証券取引所(LSE)は昨年、データ企業リフィニティブを270億ドルで買収すると発表した際、複数の保険会社のグループから12億ドルの保険を購入したと説明した。ブローカーによると、これはM&A保険を利用した買収案件として最大規模の可能性がある。
リフィニティブの株式45%はロイターの親会社であるトムソン・ロイターが保有している。
マクギルのスワン氏によると、同社のもとには今年、米国株式市場をにぎわせた、「白紙小切手企業」と呼ばれる特別買収目的会社(SPAC)を設立し買収を狙う企業幹部らから、M&A保険の問い合わせが多数寄せられている。
ブローカーのBMSによると、買収絡みの課税をカバーするM&A保険も増えている。
世界のM&A活動は持ち直している。コロナ禍で経済活動が制限されたため、今年第2・四半期は世界的にM&Aが枯渇したが、第3・四半期には過去最大の1兆ドルを記録した。ヘルムズリーのファーロンジ氏によると、同社では11月は6年前の創業以来最も忙しい月になったという。
変動する保険料
企業は一般に、買収額の10%前後に保険を掛ける。保険料率は一般にその1%前後で、従って100億ドルの案件の場合、企業は保険料1000万ドルを払って10億ドル分に保険を掛けるケースが想定される。
ブローカーによると過去2、3年で保険料は50%ほど下落している。しかし、業界筋によると、M&A保険請求は増えており、一部の保険会社がこの保険提供に二の足を踏むようになっている。このため、今後は保険料率が上がる可能性がある。
米保険大手AIGによると、同社が19年に請求を受けたM&A保険のうち、総額1000万ドル以上の案件の比率は全体の19%と、17年の8%から増えた。これは大型のM&Aに関するこうした保険利用が増えたことが一因だ。
関係者らによると、ドイツの保険大手アリアンツや英ロイズ・オブ・ロンドン(ロイズ保険組合)加入の保険会社キャノピアスなど一握りの企業は、M&A保険から手を引いた。アリアンツは欧州やアジアでは継続するが、北米では撤退したと明らかにした。
ブローカーによると、保険請求が増大していることで、保険の更新時期である来年1月にはさらに多くの保険会社が撤退する可能性があり、その結果として保険料率は10%以上、上昇するかもしれないという。