アングル:シェア厨房で配達専業、韓国で中食新業態が急成長
[ソウル 10日 ロイター] – シェフのユン・ジュンフィルさんは今月、富裕層が集まるソウル市江南区にある自分のレストランを閉店しようとしている。店内で飲食する顧客数が減っているだけでなく、人件費と家賃の高騰にウンザリしたからだ。
外食産業で20年近い経験を持つユンさんが選んだ新しい道は、米配車サービス大手ウーバー・テクノロジーズ共同創業者のトラビス・カラニック氏が経営する厨房賃貸サービス「クラウドキッチンズ」で16.5平方メートルの厨房を借り、得意のアボカドバーガーとベーグルをデリバリー専門で販売する方式だ。
「毎日が不安だ。これまでにやったことがない方法だから、よく眠れない」と、クラウドキッチンズからの売り込みを受けたユンさんは言う。
「とはいえ、リスクは低いし、高いコストを掛けずにさまざまなメニューを実験するチャンスになるだろう」と彼は言う。家賃負担は約3分の2ほど減るという。
オンラインでの食品注文で世界第4位の市場である韓国は、総人口に比してレストランの絶対数や食品デリバリーの購入額が多い。
これに加え、過去2年間で最低賃金が30%近く引き上げられたことが、シェアキッチン利用・デリバリー限定というビジネスへの急速なシフトを後押ししていると、業界幹部や投資家は指摘する。これは従来の外食産業を脅かす変化だ。
事情に詳しい人々によれば、米ロサンジェルスを本拠とするクラウドキッチンズが自社ブランドで海外市場に参入するのは、韓国が最初だという。
投資会社スパークラブズのジミー・キム最高経営責任者(CEO)は、「カラニック氏をはじめとする投資家たちが韓国市場に参入したことは、シェアキッチン産業にとって韓国が魅力的な市場であることを物語っている。市場規模は大きく、米国よりも成長ペースが速い」と語る。
クラウドキッチンズ初の韓国店は5月に、江南区の裏通りにひっそりとオープンした。複数の情報提供者は、内部には、区分けされたキッチンが20以上設けられていると明かす。さらに10カ所の出店計画があり、そのうち6カ所は今年オープン予定だという。
事情に詳しい4人の情報提供者によれば、クラウドキッチンズは今年、地元企業のシンプルキッチンを買収した。スパークラブズも出資しているシンプルキッチンは以前、2019年末までにレストラン500店を顧客とする25カ所の店舗を計画しているとしていた。
ロイターではクラウドキッチンズとシンプルキッチンにコメントを求めたが、回答は得られなかった。
レストランオーナー向けのマーケティング支援も提供しているクラウドキッチンズは、シェアサービス事業者のシティ・ストレージシステムズの1部門だ。シティ・ストレージシステムズは、不祥事を理由にウーバーCEOを辞任したカラニック氏が、昨年1億5000万ドル(約162億円)で買収。その後カラニック氏は英国の業務用キッチンレンタル企業フードスターズを買収し、中国への投資も模索していると伝えられている。
韓国でのライバルは、地元企業のウィークックだ。同社は4カ所の拠点を持ち、年内に17カ所に拡大する計画である。
ウィークックのアンディ・キムCEOは、「投資家は、グローバルな食品デリバリー市場の最前線となっている韓国に資金を注ぎ込んでいる」と言う。シェアキッチン企業は韓国で学んだ教訓を他のアジア市場にも応用していくと、同CEOは予想する。
ターゲットは単身世帯
シェアキッチンの人気は米国や中国を含む多くの国で高まっているが、デリバリー専門レストランの発展に最も適しているのは韓国市場だとみられている。
韓国の人口5180万人のうち約半分はソウル及び近隣2都市で暮らしており、成人の95%はスマートフォンを保有している。また調査会社ユーロモニターによれば、人口10万人あたりのレストラン数は、中国69店、日本57店、米国21店に対し、韓国は127店もある。
また、韓国ではオンライン食品デリバリーとピックアップの市場規模が過去5年間で2倍以上に膨らみ、59億ドル相当となったことが、やはりユーロモニターのデータから分かる。日本とドイツ両国の市場を合わせたよりも大きく、これを上回るのは中国、米国、英国だけだ。ユーロモニターでは、韓国の市場規模は2023年までに90億ドルまで成長すると予想している。
1人暮らしの単身者の急増も、フードデリバリーサービスの好調に追い風となっている。この市場では、業界首位の地元企業ウーワブラザーズが、独デリバリー・ヒーロー、ウーバーイーツ、ソフトバンクが支援する新参組の電子商取引企業クーパンなどのライバルとしのぎを削っている。
韓国の全世帯に占める単身者世帯の比率は2018年に29%となり、10数年前の約2倍となった。生活コストが高いため、結婚や出産という選択肢の人気が落ちているためだ。
「独り暮らしで、人とのやり取りを避けたがる顧客は増えている。彼らはわざわざ外で食事をするという面倒を嫌がる」と、前出のユンさんは言う。
食事のデリバリーサービスは爆発的な成長を見せている。
デリバリーアプリ「ベイダル・ミンジョク」を運営するウーワブラザーズは、2016年から18年にかけて売上高が4倍の3190億ウォン(約290億円)となり、営業利益は24倍の586億ウォンに達したとしている。
ウーワの時価総額は27億ドルで、主要投資家としてゴールドマン・サックス、シンガポールの政府系ファンドGIC、セコイアキャピタルなどが名を連ねている。
デリバリーヒーローは12月にドイツ国内事業を10億ドルでテイクアウェイ・ドット・コムに売却。現在同社にとってクウェートに次ぐ第2の市場となった韓国への注力を強めている。
同社はスタッフ数を昨年の500人から800人に増強する計画で、マーケティング予算も今年は1000億ウォンに倍増させた。現地企業に相次いで投資したこともあって、デリバリー・ヒーローの韓国における売上高は2016年から倍増し、昨年は9440万ユーロ(約115億円)となった。
韓国のクーパンは、ソウルの一部地域で食品デリバリーサービスを実験的に運営している。ウーワは、クーパンが手数料割引をエサに独占契約を求めているとして批判し、独占禁止当局による調査を求めている。
クーパンは、対立の解消に向けてウーワとの協議に入っているとしているが、自社の食品デリバリー事業戦略についてはコメントを拒否した。韓国公正取引委員会もコメントを拒否している。