欧米小売に学ぶ「包括的な売場づくり」の意義と手法とは
今米国では、DE&I (多様性・公平性・包括性)活動を推進することへの議論が起きており、活動をトーンダウンする企業も一部出てきている。それらはサプライヤーや従業員に向けての活動がほとんどなのだが、そもそも小売業にとって大切な、売場における「さまざまな人への配慮」は十分に行われているだろうか。欧米での事例から、日本の小売業の課題、今すぐ対応すべきことについて学んでみたい。
それは「レア」なケースではない!
筆者は米国と欧州の小売業界でのニュースを常にウォッチしている。ある時、「随分、レア(希少)なことに対応するのだな」と思ったニュースがあった。
それは2017年3月の「英国の食品スーパー(SM)、セインズベリー(Sainsbury’s)が、リバプール近郊の3店舗で、自閉スペクトラム症の人に優しい店づくりをしている」という報道であった。
自閉スペクトラム症の人は、大きな音や光などの刺激が苦手である。しかし通常の店舗は店内アナウンスや音楽が流れ、販促の呼び込みが聞こえ、売場のテレビやデジタルサイネージが明滅するなど、さまざまな刺激であふれている。
このためセインズベリーでは、自閉スペクトラム症の人の付き添いの方が店舗に依頼をすれば、店内放送を止めたり、素早く買物を済ませられるように優先的に精算できるレジをオープンしたりするなどの対応を行うようにした。これにより、そのような人たちでも、落ち着いて買物がしやすくなるという施策だ。
筆者は最初そのニュースを見た時点では、自閉スペクトラム症などについて知識が乏しかったため、「なぜそこまでレアなケースに対応するのか」と誤解してしまった。しかしながら調べてみると、決してレアなケースではなかった。英国政府によれば、人口の1%程度の有症者がいると推計されている。
では日本ではどうなのだろうか。21年に信州大学が発表した大規模疫学調査によれば、09~14年度に出生した子供における自閉スペクトラム症の累積発生率は5歳で2.75%であり、また出生年度ごとに増加傾向を示していた。また日本自閉症協会によれば、「2.5~5.0%の有症者が存在する可能性が指摘されている」とのことで、決して「レアなケース」ではなかった。ちなみに日本は世界でいちばん有症者の割合が高い国である。筆者は自分の無知を恥じた。
すべての人に包括的な買物体験を!
「自閉スペクトラム症の人々への配慮」の施策はその後、セインズベリー以外の大手小売業にも広がっていった。
「クワイエット・アワー」(Quiet Hours:静寂の時間)などの名前で、希望者が申し出ることなく、定常的に特定の曜日の特定の時間帯(例:土曜日の9~10時)に実施するようになった。現在では、イギリスのほぼすべての大手小売業で導入されており、週に5~7日、毎朝1時間導入しているチェーンが多い。
この施策はショッピングモールでも採用されている。ロンドンのウエストフィールド・ロンドン(Westfield London)では、毎日午前中に1時間、「静かな時間」を設ける以外にも、モール内での苦痛を軽減する用品(音や光の刺激を和らげるイヤプラグ、サングラス、手先を動かしてストレスを和らげる玩具など)を入れた無料のセンサリー・パックの提供、刺激が少なく静かに過ごせるセンサリー・ルームの設置(事前予約制)なども行っている。

米国も同様だ。ウォルマート(Walmart)では「センサリー・フレンドリー・アワーズ」(Sensory Friendly Hours:五感に優しい時間)と銘打って、米国とプエルトリコの全店舗で、毎日朝8時から10時まで、テレビ売場の画像を静止画に変更、デジタルサイネージを消灯、店内放送を停止、可能な限り照明を落とす、掃除機や工事を中止する、レジの操作音を消すなどの対応策を行っている。

ウォルマートは「すべての人にとってより包括的な買物体験を創造する」というタイトルのプレスリリースを出し、「センサリー・フレンドリー・アワーズは、感覚障害のある人達が店舗で買物をしやすくし、誰もが自分の居場所だと感じられるようにするもので、お客さまにも従業員にも少しでも目や耳に優しい店舗であることを願っている」と述べている。
一方日本では、
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