コロナ禍の防疫行動をベースにHACCPに基づく衛生管理を実現、東急ストアの取り組みとは?
コロナ対策に明け暮れたこの3年間、実は食品スーパーにとって重要な制度がスタートした。HACCP(ハサップ)方式の完全義務化だ。2021年6月に施行された食品衛生の世界標準に食品スーパーはどのように取り組んでいるのか。東急ストア コンプライアンス室品質管理課長の葛西香理氏に聞いた。
食品衛生の世界標準、HACCPとは
そもそもHACCPとは、「Hazard Analysis and Critical Control Point」の略称で、「危害要因分析重要管理点」と訳される。HACCPに基づく衛生管理とは、食品等事業者自らが食中毒菌汚染や異物混入などの危害要因を把握したうえで、原材料の入荷から製品の出荷に至る全工程の中で、それらの危害要因を除去または低減させるために、とくに重要な工程を管理し、製品の安全性を確保しようとする手法だ。
この手法は国連の国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)の合同機関である食品規格 (コーデックス)委員会から発表され、各国にその採用を推奨している、国際的に認められたものである。実際、すでに韓国や中国などでは導入されており、食品の流通・製造のグローバル化を背景に、ついに日本でもHACCPが制度化されたというわけだ。2018年6月に可決した改正食品衛生法によって、20年6月1日よりHACCP導入の義務化が始まり、1年の猶予期間を経て、21年6月からはHACCPの完全義務化がすべての食品関連事業者に求められるようになった。
では、従来の衛生管理の手法とHACCP方式ではどう違うのか。これまでは最終製品の抜き取り検査が主流だったため、問題が見つかれば、すべての製品を廃棄しなければならず、逆に、問題のある製品が検査対象から漏れてしまう場合もあった。
一方、HACCP方式では、全工程において危険を予測し、それらを防止するために継続的に管理して記録に残すため、問題のある製品の出荷をより効果的に未然に防ぐことができる。万一、問題が発生した場合も、どの段階で起こったのか、原因の追求も容易にできる。しかしながら、HACCPに基づく衛生管理を導入する場合、日常の製造過程において、必要な教育・訓練を受けた従業員が、定められた手順や方法を遵守することが不可欠となる。この点をいかにクリアしていくかが問われるところだ。
多様な従業員が理解できる衛生管理マニュアルをめざす
食品スーパー90店舗を運営する東急ストア(東京都/大堀左千夫社長)では、どのようにしてHACCP方式を導入したのか。その最前線にいた品質管理課長の葛西香理氏によれば、「コロナ禍での防疫行動が浸透していたことで、HACCP方式に対する従業員の理解が進み、スムーズに導入できた」と話す。
来店客と従業員の安全安心を第一とする同社では、これまでも徹底した衛生対策を講じてきた。コロナ禍でも然りで、交差汚染の可能性のある場所を洗い出して消毒を周知徹底させるなど、防疫行動を促した。
「以前は、なぜ消毒するのかを従業員が理解できるように指導を重ねてきました。コロナ禍での防疫行動に取り組む中で、衛生対策に対する意識と理解が高まりました」(葛西氏)
とはいえ、すべてが問題なく進んだわけではない。最も困難を極めたのが、衛生管理マニュアルの刷新だ。HACCP方式に対応するために従来のマニュアルを見直したのだが、内容自体は大きく変更するところはなかったものの、どう“表現”するかに時間を要したという。
「品質管理業界では当たり前の用語も、従業員にはわからないケースが多いのです。『交差汚染』もその1つ。現場の従業員が理解できる言葉に落とし込むのがいちばん難しかったですね。できるだけ“やわらかい表現”にすることを意識してマニュアルを整備しました」(葛西氏)
食品スーパーの店舗では、従業員の入れ替わりがあり、また、8つの自社工場には外国籍従業員が多い。中には、従業員の約80%が外国籍従業員の工場がある。
「工場の場合、大所帯で24時間稼働ということもあり、マニュアルもどう遵守させるかが課題です。これまでも多言語バージョンの資料を用意したり、翻訳機を活用したりチャレンジはしてきましたが、解決しきれていないのが正直なところ。意外に、紙に絵で示すアナログのやり方がわかりやすいケースもあるので、改善を進めていきます」(葛西氏)