1月12日、AFP通信は、大手アパレルが、バングラデッシュの縫製工場に対して、原価割れの価格で取引をするように強い圧力をかけている事実が判明したと報じた。
記事では、縫製工場などのサプライヤーの証言として、不公正な取引を強いているアパレル企業にH&M、Next、Primark, Inditex (ZARA)などが挙げられているが、それが本当なら驚きだ。なぜなら、例えばH&Mなどは、ご存じの通り、先んじてSDGsを世界規模で取り組んでいたように見えたからだ。
今日は、再三、私がブラックボックス化している生産領域について、その実態を白日のもとにさらしたい。環境破壊の80%は、生産からサプライチェーン領域で発生している。それに対し、この領域に関して語れる人間は、私の知る限りほとんどいないのが実態だ。SDGsと叫ぶも、何をして良いのか分からず放置している事実を明らかにしたい。
生産領域はブラックボックス
今回の記事で、世界的大手アパレル企業がバングラデッシュの縫製工場に対して、原価を下回る価格で取引を行い続けている事実が明らかになった。メディアに対しては聞こえの良いことを言っている一方で、ものづくり領域では相変わらず人権無視をしているのだ。ラナプラザ崩落事故から何も学ばず、何も反省していないのだ。あの悲劇がまた起こり得る環境を大手アパレルが相変わらず作っているのである。
この事実は、英スコットランドのアバディーン大学(University of Aberdeen)とアドボカシー団体トランスフォームトレード(Transform Trade)が実施した調査から明らかになった。世界的なアパレルメーカーや小売業者に商品を供給しているバングラデシュの工場1000か所を調べ、「コロナ禍で製造業者が直面した不公正な取引」に焦点を当てた。
本調査レポートは「Impact of global clothing retailers’ unfair practices on Bangladeshi suppliers during covid-19」。
その結果、発注の取り消しや支払い拒否、値引き交渉や支払いの先延ばしなどのうち少なくとも1種類を経験したことがある工場が、半数以上に上った。こうした不公正な取引が、人員削減や離職率の高さにつながっただけでなく、全体の2割の工場が最低賃金さえ支払えない状況を作り出した。コロナ禍の2020年3月以前の発注についても、値下げ要求してきたアパレル企業もあったが、一部の大手アパレル企業はコストが高騰しインフレが進んでいるにもかかわらず価格交渉にさえ応じなかったとのことだ。
ここで一つの疑問がでる読者は多いだろう。大手一流企業が、表向きは良いことを言って、裏では人権無視を今でもやっているのは、なぜなのか、ということだ。
生産領域の実態を全く分かっていない
有識者達の呆れた議論
私は、政府の有識者会議に呼ばれ議論に参加することがある。だがほかの参加メンバーはいつも、もはや的外れも良いような人ばかりで、かならず枕詞に「私も若い頃はものづくりをしていましたが」が付く。つまり、ものづくりの実態を知らない人たちなのだ。
15年前のものづくりと今のものづくりは全く違う。05年当時、中国人の人件費は日本人の1/20で、それでも国内生産比率は30~40%程度あった。ニットはまだ日本での生産が可能だったし、ジャージと布帛は国産の方が競争力があったほどだ(当時は、まだ輸入関税は今より高く15%程度あった)。
私のような“ペーペー”の商社マンは、日本語で書かれた縫製仕様書を「すべて」英語になおしていたが、その数は一日に20枚は当たり前だった。問題が起きた場合、とにかく金銭問題になる前に、問題の原因を特定して染め直し、補正工場で編み直しなどを山のようにやった。私は、綿(わた)から糸までの工程もやっていたので、化合線と天然繊維、また、それぞれの染色との関係なども体で覚えていった。悪いが、有名な「有識者」連中とはレベルも実績も違う。私が最も驚いたのは、バングラデッシュの人権問題の専門家と自称していた有識者が、なんとバングラデッシュに行ったことがないという事実を知った時だった。もはや漫才のような話で、さすがの私も腰くだけになってしまった。
“グローバルアパレル”は、悪魔か天使か
一事が万事この調子で、政策は失敗を重ねてきた。流石の政府も、こんなことに私たちの血税を払い続けていいのかと思うようになった。
しかし、そんな茶番劇をせずとも、真面目な私たち日本人の間では、確実に消費者の意識が変わってきた。若い人を中心に余計な服を買わない、着ない服を捨てない、という生活意識が定着してきた。
その流れのなかで、ファッションを毎シーズン楽しむという「文化」は過去のものになり、自分を着飾るという消費者の大事な「文化」も消えてしまいつつある。女性がもっともきれいになるシーズン、街の華やかな風物詩が日本から消えてきており、まるで日本人は人民服を着るかのごとく、ユニクロのベーシック衣料ばかりになりつつある。
文化人や有識者は、「古着が流行りつつある」と、リサイクルやアップサイクルの流れを吹聴するが、これも分析が間違っている。古着が流行っているのは、国民の知的レベルがあがったからでなく、国が貧しくなり高い服を買う余裕がないからだ。つまり、度重なる政策の失敗により先進国で最も貧しい国になった日本人は、99%が輸入品である服がまともに買えないのである。
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表の顔と裏の顔が違ってしまう、決定的な理由
さて、こうした中、本題に入りたい。世界のビッグ3のうちファーストリテイリング(ユニクロ)を除くH&M、ZARAが今回不公正な取引をしている企業として名前が挙がった。
バングラデッシュの工場1000社の半分が、こうした契約不履行、理由のないオーダーキャンセル、ブレークイーブンを割るほどのコストプレッシャーは、まさに、“言っていることとやっていることが違う”典型例だ。
だが、そのような現場に身を置いていた私には、手に取るようにその理由が分かる。
こうした表の顔と裏の顔が見えるのは、「組織設計の問題」である。
特に、最近は「専門性を高める」という理由で、事業部制(一つの組織に企画、生産、販売の3つが揃っている)から、機能別組織(組織が、販売部、生産部、企画部のように、企画、生産、販売がそれぞれ別会社、別組織に横割りになっていることだ)に移す企業が多い。これが原因であるとともに、大きな間違いである。
もちろん「組織に唯一解はない」というのは有名な言葉だが、日本のアパレル企業に関していえば、答えははっきりしている。ブランド力が何もないわけだから、機能別組織にすれば消費者起点の高速オペレーションは回せないどころか、それぞれをプロフィットセンターにすれば、各部署が利益相応分を加えていくので、余計な内部コストが膨らんでくる。日本のアパレル企業に機能別組織はそぐわないのだ。
しかし、これがH&Mほどの巨大企業になると事情が変わってくる。この規模(一兆円超え)になると、事業部制でも、もはや事業責任者は損益の実態さえ見えなくなる。だから、できるだけ安く、納期通りに、高い品質で、納品することが生産部のKPIになる。生産部は、事業部が決めた売上計画と利益計画を実現するため、会社の「お上」からKPIが落ちてくるのである。例えば、利益計画が1000億円だった場合、商品消化率、昨年のキャリー在庫、などから今年の企画原価率が自動的に決まってくる。(このあたりは非常に大事な概念なので、ぜひ拙著「知らなきゃいけないアパレルの話」の4KPIの項を熟読して欲しい。この4KPIについては、多くの質問がきており、私はその全てに回答している)
もちろん、ここにインフレ、デフレ、国民所得から為替まで計算し、例えば、それらのほとんどがネガティブに出揃っている日本のような国であれば、多少の価格調整は入るだろう。したがって、生産部は機能別だろうが事業部別だろうが、こうして計算された利益計画を達成するため、生産部は企画部がデザインした商品を決まった価格で買うロボットのようなマシーンに変化するわけだ。
なぜなら、決められた価格以上で調達すれば、自分の評価が下がるからだ。シンプルな理由だ。だから私は、産官一体となるべきだと言っている。企業は利益を追求するアクセル、官は行き過ぎた企業活動をとめるブレーキとなり、一つの企業体に、2つの異なるKPIをいれることは、経営学上間違っている、と私が言う意味はここにある。
今回の事件は、企業の本質的活動の方向性を示している
ここで私は質問したいことがある。
それは、『日本人の75%は環境意識をポジティブに考えており、パーカーの適正価格は4,950円だ、など、SDGsコストは消費者が払ってくれる』と宣っていた方達は、今回の事件をどう説明できるのか、ということだ。
私は、最初から消費者の5%は価格転嫁された商品は売れないし、企業にそれを強要すれば、まさに「SDGsが企業を殺す」という私の三冊目の表題そのものになるではないか。ほとんどの欧州の企業の名前が連なっているのは、単なる間違えとはいえないだろう。つまり、今回の事件は企業としての本質的活動の方向性を示しているといえる。
自分が考える理想を現実と考えるのは、問題解決者の態度としては誤っている。また、自分なりの解釈をいれたデータ分析も定量的であっても意味が無い。大事なことは、まずは事実と向き合うことなのだ。
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プロフィール
河合 拓(経営コンサルタント)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
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