1970年代から90年代前半のバブル期にかけ、大都市圏の郊外に続々と開発されたニュータウンが、いま急速な高齢化と人口減少の危機に直面している。そのニュータウンに店舗を構える商業施設にとっては、存続か撤退かの判断を迫られる大きな問題だろう。
その中で、総合スーパーの「イズミヤ河内長野店」(大阪府河内長野市)が、1フロア分をまるごと地元の公共団体に無償で貸し出す決断を行った。高齢化するニュータウンにおけるスーパー存続のカギは「産学官連携」にある?(本記事は、特集「10年後のリアルに備えよ 人口減少と闘う!」のオンライン独自コンテンツです)
まるごと1フロアを公共団体に無償貸与
2021年4月3日、「イズミヤ河内長野店」の4階フロアに、地域まちづくり支援拠点「イズミヤ ゆいテラス河内長野」(以下「ゆいテラス」)がオープンした。
約2700㎡のフロア一帯には、市社会福祉協議会をはじめ、ボランティアセンター、障がい者就労支援事業所などの公共団体が入居し、住民が自由に利用できるフリースペース、多目的スペースも設けられている。地域のまちづくりの機能が1フロアに集約されている。
「この『ゆいテラス』のオープンに向けて、河内長野市や関西大学と一緒に、昨年の10月から開設準備を進めてきました。住民の方が気軽に集まり、交流する拠点に育てていきたいですね」
そう意気込むのは、原田綾子氏。そのコメントから、まるで地域のまちづくりに取り組むNPO職員かと見まがってしまうが、イズミヤ河内長野店のプロパティマネジメント事業および衣料・住居関連品の販売を担うエイチ・ツー・オー商業開発(大阪市/黒松弘育社長)の社員だ。
この「ゆいテラス」ができる以前、このフロア一帯は家庭用品や家電など住居関連部門の売場だった。1年前に不採算だった同売場を閉鎖。まるごと空いたフロアを、同社が河内長野市にほぼ無償で貸与しているのだ。
イズミヤは総合スーパー(GMS)事業モデルからの転換を図るため、20年のグループ再編で食品、非食品、プロパティマネジメントに事業を分割。プロパティマネジメント部門をグループ内のエイチ・ツー・オー商業開発に集約したばかりだ。これからテナントの集客力強化を図ろうという矢先の「床を売らずにタダで貸す」決断。その背景には何があるのか。
「撤退しないでほしい」自治体や市民からの声
大阪府の南東部に位置する河内長野市は、1970年代から90年代前半にかけ、丘陵地帯に続々とニュータウンが開発された歴史を持つ。70年には約5万2000人だった人口は、90年には10万9000に倍増。ピーク時の2000年には12万3000人にまで達した(「令和3年版河内長野市統計書」)。
イズミヤ河内長野店の開業は1972年。急速に人口流入が進む同市で、地域住民の生活に密着したスーパーとして、50年近く経営を続けてきた。
ところが、同市の2020年の人口は10万3000人と、ピーク時から約2万人減少。高齢化率(総人口に占める65歳以上人口の割合)は約35%と、全国平均の28.4%(内閣府「令和2年版高齢社会白書」)を大きく上回るスピードで高齢化が進んでいる。
この人口減少と高齢化に伴い、イズミヤ河内長野店の業績も低迷の一途をたどっていた。
「高齢化先進地域」ともいえるこのエリアで、スーパーを存続させていくべきか――危機感を感じたエイチ・ツー・オーリテイリング側は、「まずは自治体の話を聞いてみよう」と河内長野市役所を訪ねてみる。
そこで市職員から聞いたのは「イズミヤさんには撤退してほしくない」との切実な声だった。
「イズミヤが、地域住民にとって貴重なインフラであり、街のシンボルだということが改めてわかったのです。『子どもの時に洋服や靴を買ってもらった』など、住民にとって思い出の多い場所でもある。撤退だけはしたくない、と担当者として強く思いました」(原田氏)
地元自治体、大学と「産学官」で拠点整備
存続させるにしても、このまま無策でいるわけにはいかない。市と対話を続けながらもなかなか打開策が見いだせずにいたところに、イズミヤ河内長野店の住居関連フロアを閉鎖するとの決定が社内で下された。
プロパティマネジメント部門としては、新たなテナントを誘致して収益化を急がなければならない。しかし、約50年の老朽化したスーパーに関心を示す事業者はそうそう現れない。
「1床まるごと公共スペースにしてみたら?」というアイデアは連携協定に基づく話し合いの中で生まれてきたという。
「もちろん、『われわれは“床”が商品なのに、無償で貸すなんて……』という社内の反発はありました。一方で、河内長野市との公民連携による床活用のモデルがつくれれば、イズミヤの事業再編のひとつの目玉になるのではないか、という見立てもありました。最終的にはトップの判断でしたね」
19年6月、エイチ・ツー・オー リテイリングと河内長野市は連携協定を締結しており、その後の両者の交流から無償貸与というアイデアが生まれ、20年10月、エイチ・ツー・オー 商業開発が河内長野市と使用貸借契約を交わすことになった。
対話を続けてきた両者に加え、市内でまちづくりの実績のあった関西大学も加わり、翌年4月の地域交流拠点の開設に向け「産官学」一体となってプロジェクトを進める座組が整った。
オープン前には、関西大学の協力のもと、住民と一緒に老朽化したベンチや手すりをペンキ塗りするイベントなどを開催。「イズミヤさんが生まれ変わるらしい」という住民への認知が徐々に広がっていった。フリースペースの机・椅子には地域材の「おおさか河内材」をふんだんに使用。パーテーションを取り払った開放感のあるフロアが完成した。
「資本主義の外側」での連携が投資を呼び込む
人口減少と高齢化が進むニュータウンでの、新たな「産官学連携」の試み。4月にオープンしてまだ2か月弱(取材時点)だが、人の流れが生まれたことでスーパーの売上にも「シャワー効果」の兆候がみられるようだ。
「約60名の職員がいる社会福祉協議会をはじめ、公共団体が『ゆいテラス』に入居したことで、食料品売場への弁当・総菜の購入が増えました。それに合わせ総菜コーナーでは供給量を120%に増産し、需要増に対応しています」
地域と店舗が協力し、持続的な経営を確立するためにも、短期的な数字をKPIに設定せず、まずは長期的にじっくりと集客を増やしていく姿勢だ。
「自治体や大学と連携することで、ひとつ発見がありました」と原田氏は語る。
「通常の事業者(テナント)であれば、高齢化が進む地域への出店は投資回収が見込めない、と判断しますよね。ところが、自治体は住民の福祉向上、大学は学生の研究機会の確保と、それぞれ民間企業とは異なるベクトルで活動しています。そのベクトルに沿った提案ができれば、投資対象として見てくれるし、人も呼び込んでくれる。今回の『ゆいテラス』の取り組みで、商業床活用の新たな可能性に気づいたのです」
イズミヤの「産官学連携」の試みは、まだ緒に就いたばかりだ。しかし、この「資本主義の外側」のプレーヤーとWin-Winを構築しようとする同社の挑戦は、人口減少と高齢化に直面するニュータウンで存続を模索する商業施設にとって、大きな示唆を与えるのではないだろうか。