実は誰も分かっていない「D2C」の本当の意味
「D2Cという言葉」は10年前から使われていた
さて、以上を踏まえ、いよいよD2Cについて解説していきたい。
アパレル企業の専門コンサルタントとして知られている私だが、一応、グローバルファームに勤めていた経験から、製造業から、IT企業、金融企業まで、幅広くコンサルティングを行ってきた経験がある。
そんな中、10年ほど前、製造業から「中間流通をはずしウェブを使って消費者に直接自社の商品を販売したい」という依頼が増えていた時期があった。今、調達業務では商社外しが流行だが、その逆で、「リテール企業外し」というわけである。そして、当時から、こうした動きを、普通に我々は「Direct to consumer (消費者直販)」と呼んでいた。
実際、日本でも百貨店などで販売されている有名化粧品は、ウェブでの販売が売上の70%を超えていた。この企業は、大手の広告代理店に山のようにお金をつぎ込み、自社ウェブサイトでの化粧品販売を拡大させることに成功した。だが、代理店に払う広告費用が年間数十億円を超え、その代理店への依頼をストップした瞬間に売上が落ちて赤字になり、広告を続けると膨大な販管費で赤字になるという、蟻地獄のような負の構造に陥っていた。
この企業のD2Cビジネスをどのように救ったかは割愛するが、製造業が、リテールを自力で行ってうまくいくほどリテールオペレーションは簡単ではない。それは、アパレル「メーカー」という産業分類上、製造業に分類されるファブレスアパレルものに同様だ。昨今、その出自が製造業であるにも関わらず、素人療法でリテールに過度な投資を行って窮地に陥った企業もあった。それでは、なぜ、製造業はD2C (消費者直販)を目指すのか。
「有識者」達は、「バリューチェーンを短縮化すればコスト削減に繋がるからだ」と説明するが、この説明は現実を理解していないのではないかと思う。現在、顧客1人を獲得するAcquisition cost (CAC;顧客獲得単価)は、20,000円近くに跳ね上がっている。これは、Acquisitionからダイレクトにコンバージョン(購買)まで直結させた場合の広告価格だが、オウンドメディア(自社で顧客を囲い込むためのネットワーク・プラットフォーム)などに放り込む場合は400~500円程度。しかし、そのオウンドメディアをアクティベート(活性化)し、さらにコンバージョン(購買)まで誘因させるには、やはり20,000円程度はかかるのである。これは、数多くのデューディリジェンスという分析仕事を自ら手を動かしてやってきた経験のある人でなければ分からないだろう。
これをLTV (Life time value 顧客生涯価値)で回収しようと思えば、粗利益ではなく、販売に関わるコストを加えた限界利益でブレークイーブン以上にする必要がある。その回収期間は気の遠くなるほどで、普通に考えれば簡単に事業が黒字になるはずがない。それほど今は広告公害であり、ものが売れない時代なのだ。世界企業となり、富裕層やビジネスパーソンにまでリーチしているユニクロ以上の商品を作らねばアパレルビジネスの将来はないという根拠はここにある。
いま、何も代わり映えのない商品を市場に出せば、その商品は一気に価格競争に追い込まれ、クーポン、値引き、ポイントなど、あらゆるやり方で「グローバルに展開する巨大企業の価格基準値」に上代がひきずられ大赤字になる。こうした事実をしらず、「この10年をみれば市場規模は拡大している」という分析をしているアナリストやメディアもいるが、その実態は、童話の「鶴の恩返し」のように、自らの「見切り売り」(自分の身を削って、値引きを繰り返し、商品を叩き売っているという意味)を繰り返し売上至上主義を今でも続けているからだ。その証拠に、帝国データバンクの統計だと、平成28年は半数が昨対比で赤字だったアパレル企業が、2017-9年には、2万社弱のほぼ全社が昨対比を割っているという結果になっている。