今回は低成長低収益にあえぐ、日本の繊維アパレル業界を構造改革させる政策を提案したい。実はこれは、私が25年前に書いた政策で経産省(当時は通産省)に採択されたものだ。あれから四半世紀経っても、日本の繊維アパレル業界の根本的な問題点は何ら解決されていない。本政策にあたっては、時間軸のずれや現代となってはそぐわないこと、あるいは古い数字は修正し、今の時代にやるべきことを追記したものとした。当時よりもデジタル技術が発達したいまこそ、やるべき価値が高まっている。
「課題の構造」 産業の空洞化とアメリカの成功例
経済産業省繊維統計年鑑によると繊維の原料と衣料品を含めた輸出はわが国の輸出の1%以下であり、繊維原料だけでいえば、輸出額は内需の1/5で、この15年間で2/3に減少している。アクリルなどの化合繊繊維はいまなお国際競争力をもっているが、かつての日本産業を引っ張ったシルクや綿糸などの天然繊維、機屋やメリヤス工場などの生産工場、染色業界や刺繍などの二次加工工場は、ほとんどが中国に移転している。昨今「セーフガード」が検討されたニット業界は、80%がアジアからの輸入になっているなど、国内の産業空洞化が著しく、繊維製造業界は壊滅的な状況となっている。
こうした状況に対し、過去幾度となく行われた政府の対策の多くは、あくまでも弱体化した国内産業保護を主眼とした目的で行われた。その結果、これらの施策はグローバルな資本や技術の移転を阻害しているだけでなく、公的資金の注入というかたちで無駄使いが行われることによって、「知的付加価値立国」への変化を阻止してきた。
例えば、平成6年まで続いた「設備登録制度」では、川上と呼ばれる業界に対し新規参入を阻害し、30年間で総額9000億円の公的資金援助が行なわれ、そのうち過剰設備廃棄に4500億円使われている。つまり必要のない設備を、弱体化した工場に買い与え、その廃棄のためにも税金を使うというやり方で産業保護を行い、そのしわ寄せを「世界でもっとも高い服」という形で消費者に突きつけていることになる。
経済成長が終焉を迎えて久しく、日本経済は暗闇の中を迷走している。一方、世界の先進国と呼ばれる国々では、産業パラダイムの変化を担う新しい産業が次々とうまれてきている。それらの多くは高付加価値型でグローバルなデファクトスタンダード(業界標準)を握っているのが特長だ。従来は対立関係にあった競合各社が共同でプラットフォームを開発し、業界標準のビジネスプロセスを共有しながらおのおのが自社の強みを生かしていくという考え方である。
また、こうした業務標準プロセスの確立のうねりは、自国内だけでなく、年々グローバルなバリューチェーン全体に及び、そこには従来型の「自国対相手国」という対立概念は存在しない。
良いものは海外から積極的に取り入れようという姿勢があるのである。こうした業務標準化のもたらす恩恵として、例えば米国では、電子部品業界の業務プロセスの統一化を目指し、民間主体で設立されたRossetaNetにおいては、Fortune300の一社であるAvant社が5年間で経費削減効果が、200万ドル(約2億7000万円)となりROIの230%改善を実現したと報告されている。
欧米でさえ、生産国を向いた基準ではない
こうした動きはかつて米国繊維産業においても行われた。1990年代初頭、繊維産業復興を目指し、国家プロジェクとして推進されたDAMA Project(Demand Activated Manufacturing Architecture)が有名である。当時の米国は、急増していた衣料品の輸入、特に中国を代表とするアジア諸国に対抗して、アパレル企業の競争力を強化するため産学協同で業界標準を作り上げた。米国流通コンサルティング会社の試算によると、このプロジェクトが消費者にもたらした効果は、1985~1995年に平均130億ドル/年にのぼり、業務プロセスの統一は繊維業界でも有効であることはすでに実証済みだ。
一方、DAMA Projectは米国の兵器開発という他の目的との相関性が指摘されているように、海外との協業体制を前提としていない点において本質的な戦略矛盾を内包しており、それが、大量販売・大量消費を前提とした米国型アパレル流通システムの限界である。彼らは特定の中国の工場との協業体制はしっかり結ぶ一方、小さくても付加価値を生み出す小さな工場や加工メーカーは蚊帳の外においているという調査結果が現場ヒアリングで明らかになった。一方、高付加価値型を実現したヨーロッパ諸国の一流ブランドも、その「職人的な味」という付加価値のため、未だ中国大陸との本格的なサプライチェーンシステムの完成にはほど遠い状態であり、ここに日本の戦略的な生き残りの道を私は見いだす。
昨今のアジア諸国の日本に対する関心はかなり高く、特に若者レベルでの文化交流が盛んにおこなわれるようになっている。こうした状況の中、世界でも有数の繊維製品市場である日本が、アジアを中心とした世界の生産拠点のグローバルスタンダードを確立すれば、そのメリットは計り知れないであろう。
アジア・中国と協働するということは、「世界の衣料品の生産工場」と基準を同じにすることとなり、わが国アパレル業界は中国との生産を共同で行うことにより、世界市場に対して大きな影響力を持てるようになる。また、世界のアパレルが日本のコードを採用することになれば、その仕組みの先行者利益による産業特化型IT産業など新産業が現れ、新産業の世界展開や、仕組みの他業種への転用等が可能となり、これからの競争力の源泉となりうるのである。
こうした仮説は現在この繊維業界をターゲットに様々なITベンダーが研究開発を行っていることをみても有力であると考える。
繊維業界の現状認識 もっとも大きなインパクトを与えるものとは
99年経済産業省「繊維ビジョン」によれば、我が国の繊維・アパレル業界はその複雑な流通構造による高コスト体質を是正するための方策として、その生産工程すべてのプロセスを網羅する統一コードを作成し、ビジネスプロトコル統一によるサプライチェーンの完成が急務としているが、その具体的な施策では、海外のバリューチェーンを外した現状認識の誤った政策が行われており、結果的に弱体化した既得権者の利益保護という形で税金が無駄に使われている状況だ。
また、すでに、業界を横断した統一コードとしてJANコードがあるが、繊維産業のグローバルなサプライチェーン全体には普及していない。原因は、このコードが「商品コード」であるからだ。グローバルに複雑化した生産工程と生産拠点、原料まで含むと膨大な数量になる部品展開に対応できておらず、特にサプライチェーンのもっとも重要な、海外からの素材供給や、中国などでの製品生産といった川上~川中部分にまったく対応していないということが浮き彫りとなった。
加えて、アパレル業界は、国内消費量全体の約7割を海外から輸入しているなど、生産機能の大部分が海外に移転している。グローバルな協業体制がすでに実施されているにもかかわらず、コード統一化を図った従来のコンソーシアム参加企業や参加団体に一切の海外工場がないことから見ても、その考え方が本質的に誤っていることは明らかであろう。すでに産業空洞化している川中、川上と呼ばれる調達の部分を担う、中国などのアジア諸国との国際協業体制を目的とした業務標準化の実現こそが、業界構造改革に大きなインパクトを与えると確信した。
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政策提言2つの肝
業界標準を作り上げ、産業全体の効率化を実現する、いわゆるサプライチェーンの実現には理論上9つのステップがあるとされている。まずコード体系の統一を行い、会社間における情報流インターフェイスのEDI化を実現することが必須であるとされている。これは、サプライチェーン全体のベースとなるものであり、最初に行わねばならない最も重要な部分である。
次に受発注の自動化、物流の改善、商品開発等の共同化と進むわけだが、このような状況を日米で比較してみると、アメリカではすでにステップ9まで到達している企業が、全体の約1割と言われている。一方、我が国に至っては、最も進んだ企業でもステップ1~2であり、その差は10年の開きがある。
こうした状況の中、一刻も早くチェーン全体の統一コードを確立することが急務なわけであるが、DAMAプロジェクト推進時、当時のアメリカのように、アジア諸国との対立軸を前提とした政策は、もはや実質上不可能なほど繊維製品・原料製造業の海外移転は加速しており、現代の業界を取り巻く環境にあった協業体制を作っていく方向に転換すべきという発想を持っていないことが、これまでの政策の最大の問題であった。
われわれの提言する政策案は以下の2点である。
第一に、国際企業を巻き込んだ繊維コンソーシアムを経済産業省製造産業局繊維課主導で設立し、主に調達側のグローバルなコード統一の実現を図る。
第二にここで制定されたコードを使用する海外の原料サプライヤー製品製造業者が日本向けに輸出した物品に対し、優遇輸入関税を適用する。
まず、コードの統一をはかることで、受発注の自動化や物流の改善等、改善効果が大きく現れる次の段階へ踏み出す事が可能となる。この統一コードという考え方は、産業全体に与えるインパクトは非常に大きい。この統一コードを日本が世界に発信することが、今後の産業転換におけるイニシアチブを、日本がとる上でのなによりの優先課題である。
次に、従来のような国内の業界団体を中心としたコンソーシアムではなく、アジア圏も含めた企業や、産業横断的な産学協同のグローバルなコンソーシアムを経済産業省主導によって設立し、生産~販売までの全ての企業による協業体制をつくることで産業全体の業務プロセスの統一化を実現していく。
最後に、それらのグローバル展開の国家戦略として、コンソーシアムで確立された業界標準を使用した国に対して、現在繊維製品全体に課せられた輸入関税に対して優遇関税を適応する。これを海外の工場で新しい統一コードを使用する企業に対し適用することにより、アジアの生産工場は日本市場進出のために積極的にこのコードを使用し、統一コードのグローバル化が加速する。また、日本のアパレル・小売業界は商品を安く調達するためにこの統一コードを使用することになり、自国の産業の非効率の撤廃と国際化を促進するステップが作られることになる。また、こうしたコンソーシアムに参加しているIT企業は世界を結ぶシステムインフラ構築の有用なイニシアチブをとることが可能となる。
繊維製品は先進諸国では課税対象品として国際的に認知された保護産業であり、先進諸国は等しく15-20%の輸入関税を課している。こうした中、このユニークな政策は中国などの供給国にとって日本を一気に魅力的な市場にさせることは疑いない。日本の繊維産業プロセスが一気に国際化するトリガーとなる可能性をもっている。
いかがだろうか。日本の繊維・アパレル産業が息を吹き返すためには、大生産地であるアジアを取り込む統一されたコードを作成、普及させることが欠かせないのである。デファクトスタンダードを手にし、世界に向けて発信していくことで、日本の繊維・アパレル産業はおのずとその地位が高まっていく。国の経済成長の「起こり」である繊維産業をいま一度復活させることは、日本経済の再生の起爆剤の一つともなる。
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プロフィール
株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。
著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「
筆者へのコンタクト
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