だから“世界一”になれた!「ジョイフル本田をつくった男」が教える“失敗しない”方法
やめるから失敗なのだ
誰もが成功を収めたと羨む本田さんは、しかしながら「ジョイフル本田は、失敗の連続でした」と振り返っていた。
ただし、失敗したと思っても、やめないのがジョイフル本田流だ。「やめるから失敗なのだから、やり続ければ失敗することはありません」。
その代表例として、ホンダ産業(茨城県/飯島仁社長)のアンティークショップ「オールドフレンド」を挙げていた。「在庫が多くて普通ではできない事業なんです。だから、『道楽でやっている』ととりあえず面倒だからみんなに言っています。実際にあれだけの在庫を持つのは大変で誰もマネはしません」。
本田さんの凄いところは、努力を積み重ねることで蓄積したノウハウを惜しげもなく供与してきたことだ。
アークランドサカモト(新潟県/坂本雅俊社長)、マキバ(神奈川県/山田恭三社長)、西村ジョイ(香川県/西村久社長)、ジョイフルエーケー(北海道/木村勇介社長)、キムラ(北海道/木村勇介社長)の5社に技術供与をしていた。
「もちろん、お金をもらっています。ノウハウの独り占めはうまくないと思うし、提携企業への商品供給でも儲かります。アークランドサカモトの坂本勝司(現:会長)さんが我が家に宿泊した時に、一緒に飲んでホームセンター論議に花が咲き、冗談半分で『うちに弟子入りすっか?』と水を向けたことが現実になりました」。
現在、アークランドサカモトのジョイフル本田への出資比率は4.0%と第2位に位置し、2社とキムラの3社の共同出資で設立したジョイフルエーケーは185億円の売上を計上するに至っている。
ジョイフル本田がホームセンター業界の発展に果たした役割も非常に大きい。

本田さんは、生前、「日本のDIY産業を引っ張ってきたのはジョイフル本田だと自負している。多くの企業が、金具や工具をやめていく中でガマンしてガマンして需要を創造してきた」と力を込めて語っていた。
「ガマンが新しい需要を創った」と豪語していた本田さん。
中途半端をせず、規模を重視し、ものづくりに取り組んだ豪傑は、売場で倒れ、2013年9月20日、そのまま帰らぬ人になった。最期まで本田さんらしかった。
千田直哉の続・気づきのヒント の新着記事
-
2025/01/16
成功を超える喜び!経営者が見つけた「人材育成」の本質とは -
2024/09/02
魅力的な売場…抽象的な誉め言葉の意味を明確化するために必要なこととは -
2024/08/02
日本酒類販売社長が語る、2023年の酒類食品流通業界振り返り -
2024/07/03
「何にでも感激する経営者」の会社が業績が良い“意外な”理由 -
2024/06/07
経費率16%なのに?ローコスト経営企業が敗れ去るカラクリとは -
2024/05/23
キットカットをナンバーワンにしたマーケター「アイデアより大事なこと」とは
この連載の一覧はこちら [1800記事]
