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DXトレンド最前線、老舗菓子メーカーが挑むAI活用・ノーコード開発

近年、流通小売業に限らず、デジタル技術を活用して、ビジネスモデルや社内文化の変革に成功している企業が増えてきている。本連載ではDX(デジタルトランスフォーメーション)の先進事例を紹介。第4回は50代の社員が活躍する、老舗(しにせ)菓子メーカーの風月フード(福岡県/福山剛一郎社長)によるクラウド・AI活用、ノーコード開発を紹介する。

 昭和24年創業の風月フーズは、博多銘菓「雪うさぎ」で知られる老舗菓子メーカーだ。ほかにも空港や高速道路のサービスエリア、駅などを中心にレストラン事業を展開。創業時の「心をこめた一杯のコーヒー」の精神は、現在も経営理念として受け継がれている。

風月フーズ 代表取締役社長 福山剛一郎氏

 そんな風月フーズに、コロナ禍は大きな打撃を与えた。移動制限により売上が激減。一部店舗では営業休止を余儀なくされるなど、事業継続の危機に直面したのだ。2020年3月に社長に就任した4代目の福山剛一郎氏は、交通系販路という盤石なビジネスモデルに守られてきた組織に、ある種の「慢心」が生じていたことに気づかされた。

 福山氏は、この危機を組織変革の好機ととらえた。「私たちは、たとえ交通の便が悪い山の中でも、お客さまが欲しいと思える商品をつくれる会社になりたい。愛情を込めて商品をつくれる人を育てられる会社になりたい」。

 生き残りをかけたDXが始まった。

社内サーバーをフルクラウドへ

 事態は深刻だった。35年間使い続けた基幹システムは、サーバーや部品の老朽化が進み、いつ業務停止してもおかしくない状態。拠点間の連絡手段は電話かFAXか紙で、約500人の従業員がどこで何をしているのか把握できなかった。頼みの綱は経験と勘と度胸。いわゆる〝勘ピューター〞であらゆる施策が決まっていく。

 「データをもとにアクションできる会社にしたい」(福山氏)。

風月フーズ 管理部 田中茂任氏

 新社長の思いに奮起したのが、35年間、風月フーズのシステムを構築・運用してきた管理部の田中茂任氏だ。実はもう長い間「後任にも自分と同じくシステムのお守りさせていくのか」と悩んでいたという。社内サーバーを残すか、思い切ってフルクラウドか、慎重な議論が始まった。

 まずは基幹システムの俯瞰(ふかん)図を作成し、財務会計、勤怠管理、給与計算、受発注といった各システムの相関を整理した。問題点を可視化できたことで、基幹システムを業務ごとに分散し、少しずつクラウドに切り替えていく方針が固まった。

 さらに、クラウドインテグレーター(クラウドの企画・運用をサポートしてくれるサービス)の「G‐gen」から、クラウドに移行した場合のコストやセキュリティの懸念を払拭する提案がなされた。また、「Google Workspace Frontline」を使えば、各拠点と本社がより円滑にコラボレーションできるという。

 同じようなことができるクラウドはほかにもあるが、なぜ「Google Workspace」を選んだのか。いちばんの決め手は、組織文化を変えたかったから。弱点だった社内のコミュニケーションスタイルをフラットにするには、Google Workspaceが有効だと判断。風月フーズは、一気にフルクラウドへ舵(かじ)を切った。

ツールを変えることで、一方通行のコミュニケーションを一気にフラットにする

平均年齢50歳がリードするノーコード開発

 Google Workspaceによって業務は大幅に効率化された。ある定型業務だけ切り出しても、全社で1日300分、年間1800時間の削減に成功した。さらに、FAX用紙は年間約5400枚削減されるなど、ペーパーレス化も進んだ。

 一方で、高速道路SAのショップは、月末になると約3000アイテムの棚卸業務で忙殺されていた。田中氏は、Google Workspaceのノーコード開発ツール「Appsheet」に目をつけた。ノーコード開発ツールとは、その名のとおりコードを書かずとも業務アプリケーションを作成できるツールで、近年注目を集めている。これを使って棚卸業務アプリを開発し、風月フーズは棚卸業務の効率化に成功した。各店舗の棚卸データをクラウドで一元管理できるようになった。

 これには副次的な効果もあった。棚卸業務アプリによって各店舗の進捗(しんちょく)がわかるようになり、拠点間でよい競争意識が芽生えたという。

 社内の機運は一気に高まり、Appsheetの勉強会「FFテックキャンプ」が始まった。平均年齢50歳の社員5人と福山氏を中心に、紙やExcelの業務をアプリ化していった。

 福山氏は、廃棄集計アプリの開発に取り組んだ。「本部が主導するDXは、店舗側が変化を感じにくいものも多いので、現場の最前線にインパクトがある廃棄集計を選んだ」という。まずは7割程度の完成度で現場の従業員に使ってもらい、フィードバックを受けながら改良を重ねていった。

 福山氏は、「いくら社長がつくったアプリでも、使い勝手が悪ければ使われない」と、どこまでも謙虚だ。食品事業には欠かせない品質管理業務にも、自作のアプリを使っている。検査結果をアプリに入力すれば、自動的にクラウドにデータが集約されるという優れものだ。

AI活用本格化業績も回復へ

 AIやGoogle CloudのBigQueryを使った需要予測も開始した。以前は、販売データの収集と分析に数日を要し、その精度も担当者によってばらつきがあった。現在は、RPAとGoogle Apps Script、Looker Studioを連携させ、販売データのダウンロードから可視化までを自動化。リアルタイムに売上動向を把握し、現場の施策に生かせるようになった。

 ある店舗では、メロンパンと缶コーヒーがよく一緒に購入されていることが判明し、ドリンク棚の横にメロンパンを並べてみるなど、データをもとにした創意工夫が行われている。

 「以前は、集客といえば通行量や天気など外的要因が作用するもので、自分たちで何かできるものではないという思い込みがありました。今はデータをもとに、売場のレイアウトや新商品の効果検証をしています」(福山氏)。

 これらの取り組みが功を奏し、コロナ禍で落ち込んだ業績は約90%にまで回復。従業員1人当たりの売上高は、コロナ前の1.3倍に向上しているという。客足が戻ってきた一方、業務負荷は高まっている。一部店舗ではセルフオーダーサービス「QR Order」や、猫型配膳ロボット「ふうちゃん」「げっちゃん」を導入。昇給や特別給与の支給など、待遇面でも働きやすい環境を整備しているという。

風月フーズはなぜ変われたか

 風月フーズの成功要因は大きく3つある。第一に、経営者のコミットメントと決断力。第二に、FFテックキャンプをはじめ、従業員が主体的にかかわる機会を創出したこと。これにより、DXが単なるトップダウンではなく、従業員自身の課題を解決する手段として受け入れられた。

 第三に、伴走者の存在だ。とくに、ライクブルーの池田治彦氏や前述のG‐genの存在は大きかったそうだ。大手SIから複雑かつ高額な提案がなされるなか、「クラウドならスモールスタートできる」「試してダメだったら次を考えよう」と、一緒に取り組んでくれたことで、身の丈に合ったDXが進められたという。

 次なる挑戦に、福山氏はCRM(顧客関係管理)の導入を挙げる。「〝勘ピューター〞に頼っていたころとは違い、今はデータから得られる気づきが、お客さまに寄り添ったサービスを展開する原動力になっている」(福山氏)。

 たとえ交通の便が悪い山の中でも、お客さまが欲しいと思える商品をつくれる会社になりたい――4年前の風月フーズには考えられないやり方で、目標にまた一歩近づいた。

酒井真弓(さかい・まゆみ)
●ノンフィクションライター。IT系ニュースサイトのアイティメディア(株)で情報システム部、イベント企画を経て、2018年フリーに転向。広報、イベント企画、コミュニティ運営、イベントや動画等のファシリテーターとして活動しながら、民間企業から行政まで取材・記事執筆に奔走している。日本初Google Cloud公式エンタープライズユーザー会「Jagu’e’r(ジャガー)」のアンバサダー。著書に『なぜ九州のホームセンターが国内有数のDX企業になれたか』(ダイヤモンド社)、『ルポ 日本のDX最前線』(集英社インターナショナル)など