国内の市場規模も1兆円が視野に
ここ数年、国内流通業界では「リテールメディア」が一種の流行語と化し、食品小売やドラッグストアの大手企業を中心に、リテールメディア化を図る動きが急加速している。
そもそも、なぜリテールメディアがこれほどまでに脚光を浴びているのか。その背景から整理しておこう。
何よりも大きいのが、米国におけるリテールメディア市場の力強い成長だ。同国でのリテールメディアの市場規模は日本円で7兆円に迫っているとみられ、各企業の広告関連の売上高は年々拡大傾向にある。
なかでも圧倒的な売上ボリュームを誇るのがアマゾン(Amazon.com)だ。同社の2022年度の「広告サービス」の売上高は377億ドルで、1ドル150円換算で約5兆6000億円に上る。米リテールメディア市場において頭1つ抜けた存在だ。
対して、米小売最大手のウォルマート(Walmart)もアマゾンを追走する。同社は19年に広告プラットフォームを自社で開発、リテールメディア事業の売上高は22年度で約3700億円に上る。アマゾンに比べればシェアはまだ限定的だが、広告プラットフォームを自社で運営し収益を上げるというスキームを、リアルの小売企業が確立しているという点は注目に値する動きである。
こうした米国市場の動向を受け、固定化した既存のビジネスモデルを打破し新たな成長フェーズへと移行するためのツールとして、リテールメディアに対する期待感にあふれているというのが足元の状況だ。
実際、国内のリテールメディア市場は成長基調にある。デジタルマーケティング企業のCARTA HOLDINGSがデジタル領域の調査会社デジタルインファクトと共同調査したデータによると、国内の市場規模(広告主によるリテールメディア広告への年間支出総額)はEC事業者と店舗事業者を合わせ、23年の1年間で3625億円、対前年比22%増と大きく伸長。また、27年には対23年比で約2.6倍にあたる9332億円に達すると予測している。4年後には1兆円を目前にするまで市場が巨大化すると推測されているのだ。
ただし、気を付けなければならないのは、リアル小売における日米リテールメディアの「主戦場」の違いだ。米国は自社が運営するECサイトへの広告出稿がメーンであるのに対し、リアル小売のEC事業規模が小さい日本では、アプリ広告、あるいは店内のサイネージなどを活用した広告をメーンにとらえている。
小売が取り組む価値とは
しかしその成長を実現するうえでは、リテールメディアそのものの価値、とくに日本で主流となっているリアル小売がリテールメディア化を推進することの意義を明確にすることが重要になる。
まず押さえておきたいのは、リテールメディアはその名称が示すとおり「メディア」であり、「広告媒体」ではないということだ。デジタルサイネージを活用するにしても、コンテンツを流しているだけでは、単なる広告配信デバイスでしかない。
ある広告代理店の関係者は、「たしかに店頭でデジタルサイネージを見る機会は増えているが、一方的に情報を伝えるだけの『屋外広告』と化しているものも少なくない」と手厳しい。確かにリテールメディアを標榜しながらも、実際には広告受注ビジネスに終始しているケースも散見されるのかもしれない。
しかしこの広告スキームは事業としての成長性に乏しい。なぜならこうした店頭媒体への出稿は、ほとんどメーカーが流通販促費の予算で賄う傾向にあるためだ。言い換えれば、従来の小売業向け予算の中から一部をリテールメディアに振り分けているにすぎない。もっと核心を突いてしまえば、“お付き合い”の範疇でリテールメディアに出稿しているメーカーも少なくないはずだ。これでは小売業が獲得する“総額”は何ひとつ変わらないことになる。
こうした状況を打破するためには、自社が推進するリテールメディアの「価値」をいかに高めるかがポイントになる。自社のお客にとって「見る価値」があり、出稿主にとって「出稿する価値」がなければ、リテールメディア事業の拡大は望めない。
そもそもリテールメディアの役割とは、消費者が最終的に商品を購入する場所(店舗・売場)で、ブランドや商品の価値を効果的に伝えることで購入に直結させることにある。その効果を最大化するためには、売り手都合の一方的な情報発信ではなく、お客が潜在的に求める情報やニーズをとらえ、それに合わせたコンテンツの配信を続けることが重要だ。
そして、いかにコンテンツをつくり込んだとしても、媒体を所有する小売が主導となって効果検証・分析を繰り返す必要がある。たとえば配信したコンテンツに対し、顧客の行動データや購買データに基づいた検証を行い、出稿主に正確にフィードバックする。配信効果を可視化して共有することも、リテールメディアの価値を高めるうえでは欠かせない。
先進企業で進む「価値最大化」の模索
すでに一部の先進的な企業では、リテールメディアの価値を最大化するための動きが加速している。
たとえば、コンビニエンスストア大手のファミリーマート(東京都)は、自社決済アプリ「ファミペイ」をリテールメディアの1つとして位置づけ、活用域を拡大している。顧客IDと紐づけた購買データを分析しつつ配信コンテンツの最適化を行うことで、“出稿価値”を向上させ、ファミペイ上の広告コンテンツの配信数は前年の約2倍に増加、クライアント数は約150社を数える。
また、デジタルサイネージ「Family MartVision(ファミリーマートビジョン)」を約9000店舗に導入。コンテンツの制作・配信を担う専門企業を合弁で立ち上げ、サイネージに設置したAIカメラをもとにした視認率や視認時間、視認者の属性分析を行いつつ、出稿主と協業しながら、アプリ同様にコンテンツの配信効果の最大化を図っている。
ユニークな切り口でリテールメディア事業を推進しているのが、「ドン・キホーテ」などを運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(東京都)だ。もともと約1300万人もの基盤を持つ「majica」会員の購買データを活用するのに加え、「majicaアプリ」上で店舗や商品について会員同士で自由にコメントをやり取りできる新機能を搭載。ここで得た顧客の“本音”もデータ化することで、自社のプライベートブランド(PB)商品のみならず、外部メーカーの商品開発にも活用領域を広げている。
さらに23年12月には博報堂(東京都)とともにリテールメディア事業を展開する合弁会社「pHmedia(ペーハーメディア)」を新設。同社では前述の購買データやmajicaアプリ上のコメントなどを分析したうえで、メーカーに対して最適なブランディング戦略と販促戦略のソリューションを提供していく計画だ。認知を広げるための「ブランディング」と、商品の売上を増やすための「販促活動」の両方にアプローチするというわけである。
また、「地域単位」で連携してリテールメディア事業を推進しようという動きも生まれている。トライアルカンパニー(福岡県)やイオン九州(同)などが参画する「九州リテールメディア連合会」だ。同会には小売企業だけでなく、広告代理店や地元メディアなども参加。売場を起点として、マーケティングファネルの上位に位置するマス広告までさかのぼった、リテールメディアプラットフォームの構築を、競合や業種の壁を越えてめざしている。
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このように、リテールメディアの領域で先行する企業は、目先の広告収益ではなく、自社のリテールメディアの価値を明確にし、それを最大化するための取り組みを進めている。
繰り返しになるが、リテールメディアはお客にとっても出稿主にとっても、価値あるコンテンツ・媒体でなければ機能しない。まずは「どういう価値をお客・出稿主に訴求するのか」を、小売側が意思を持って決断することが重要だ。その価値が、結果として収益をもたらすことになるのだ。
本特集では先進的な小売企業のほか、リテールメディアの市場開拓に動くEC、広告代理店、スタートアップ企業などさまざま業種のケーススタディを取材した。リテールメディアの価値最大化を図るためのヒントを探っていただきたい。
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