筆者の気のせいかもしれないが、ここ最近は牛丼チェーンのテレビCMを見かけることが増えた。女優の石原さとみさんが「すき家」の「すきやき牛丼」にハマり、モデル・タレントの藤田ニコルさんが「吉野家」でアルバイトをして、「松屋」では俳優の松平健さんが「マツベンサンバ」を踊る──いずれもインパクトが強く印象に残りやすい。
かつて牛丼屋といえば、男子学生や働く男性がガッツリと食べる場所で、ホールスタッフも男性ばかりだった。もちろん、昨今のCMはそうしたイメージを払拭させるねらいもあるとみられるが、すでに女性が日常的に牛丼チェーンを利用する時代になっているのかもしれない。
それはさておき、こうした広告出稿の多さは、裏を返せば牛丼チェーンが繰り広げる競争の激しさを物語っているとも言える。本稿では、「すき家」運営のゼンショーホールディングス(東京都:以下、ゼンショー)、吉野家ホールディングス(東京都:以下、吉野家)、松屋フーズホールディングス(東京都:以下、松屋)による「三つ巴の戦い」の実情、牛丼チェーン業界が抱える課題について考察してみたい。
店舗数で圧倒する「すき家」
牛丼チェーンのシェアは、ゼンショー、吉野家、松屋が大部分を占め、3社以外のシェアはわずか数%に過ぎないとされる。トップのゼンショーを吉野家、松屋が追いかける構図だ。
店舗数でも、ゼンショーが展開する「すき家」の店舗数は2000店舗目前に迫っており、「吉野家」「松屋」の各1200店前後を大きく引き離している。実は、15年ほど前までは状況は全く異なり、吉野家が1000店前後でほかの2社を圧倒していた。「牛丼といえば吉野家」と言われていた時代だ。
その後、すき家が急速に店舗を増やし2008年に吉野家を超え、さらに拡大を続けていく。後続の松屋も、2021年に吉野家と店舗数で並んでいる。
10年で5割以上も価格上昇!
長期に渡るデフレも追い風に、成長を続けてきた牛丼チェーンだが、ここ数年、事業環境は悪化し続けている。
2022年9月、吉野家は牛丼の価格の改定を発表し、主力商品の「牛丼並盛」を426円から448円(いずれも税込、以下同)に値上げした。値上げ幅は5%とそれほど大きな影響はないように思えるが、吉野家は昨年もこの「並盛」価格を約10%引き上げている。ここ数年、牛丼の値段が上がり続けているだけに事態は深刻だ。
10年前までさかのぼると、当時の牛丼並盛の価格は税込280円(キャンペーン時は250円)。この「280円時代」が終わったのが、2014年の価格改定(280円→300円)だ。この10年間で考えると、牛丼の価格は5割以上も上昇しているのである。
超円高に低迷するコモディティ市場、そして低賃金での労働力確保……デフレ日本のシンボルともされた「牛丼280円」を支えてきたフォローウインドは、逆風に変わってしまった。
円安に人件費増……この先の牛丼価格は
大きな要因の1つが為替だ。2011年前後、円ドル相場は80円を切っていた。周知のとおり、足元の為替相場は急激な円安が進行し、現在は150円前後で推移している(10月25日現在)。10年前と比べて、円が持つ価値が半分になったことになる。
円安は、食材の多くを輸入に依存する外食産業を直撃する。牛丼チェーンも、牛肉のほぼ全量を、米国をはじめ海外輸入に頼っている。
牛肉の輸入価格は、ドルベースでも上昇している。牛肉の具材として使われることの多い米国産牛肉の1kg当たり輸入価格(運賃・保険料含む)は、10年前の4.21ドルから直近では5.98ドルと4割上昇している。
食材費が高いといわれる牛丼だが、それでも原価率は3割強に過ぎない。食材費上昇だけなら、まだ乗り切れる。ただ、問題は人件費も高騰している点だ。
賃金が増えない日本にあっても、パート・アルバイトの時給は上昇を続けており、その中でも飲食系は対前年比約5%の伸びを見せている。人手不足に、最低賃金引き上げは重なり、人件費増は待ったなしだ。
とくに人手不足問題は深刻で、店舗スタッフの採用は厳しさを増す一方だ。かつて、すき家の「ワンオペ」が社会問題となったこともあって、「牛丼バイト=ブラック」というイメージも根強く残る。スタッフを確保できないという状況になれば、店舗拡大どころか現状の店舗数維持、さらには深夜営業さえも困難になる時代が再来するかもしれない。
「個食」のイメージが強い牛丼は、コロナ禍でも客足はそれほど遠のかなかった。世帯当たり人数が中長期で減少し、単身世帯が増える中で、牛丼チェーンは大衆にとって心強い存在だ。
ただ円安を背景に、「牛丼=安い」というこれまでの常識は崩壊しつつある。この先の分水嶺となるのはワンコイン価格、つまり「並盛500円」のラインだろうか。いち消費者としては、価格アップの圧力を最低限にとどめ、「安くて、うまい」を守り続けてほしいと願うばかりだ。