焦点:欧州ルールが日本株の重しに、ESGの情報開示強化 企業のデータ不足
[東京 24日 ロイター] – 欧州のESG(環境・社会・ガバナンス)投資に関するルールが日本株の重しになる可能性が出てきた。昨春から運用会社に対する開示基準が厳しくなる中、投資先となる日本企業からの情報が限られる中で、日本株を扱うファンドの対応が十分に進んでいないためだ。要求水準を満たせない企業は投資対象から外されるリスクがあるほか、情報開示のコスト負担から、規則への対応をいったん見合わせる運用会社が出かねないとの見方もある。
「名ばかり」ファンド排除が目的
欧州連合(EU)は2021年3月、資産運用会社などを対象に、サステナビリティ(持続可能性)に関連した開示規則(SFDR)の大枠「レベル1」を施行した。投資家から資金を預かって運用するファンドや投資信託会社などは、この規則に従って自社のファンドがどの程度サステナビリティに配慮しているか開示を求められる。
ルールの整備は、ESGファンドに見せかけて実態を伴わない「グリーンウオッシュ」につながる商品を排除するねらいがある。「主要な悪影響(PASI)」の開示が求められ、投資先企業の活動が社会のサステナビリティにマイナスの影響がないか四半期ごとに確認し、その平均値を毎年6月末までに開示しなければならない。
必須項目は18あり、温室効果ガス排出量や化石燃料セクターの投資割合などのほか、生物多様性に敏感な地域で悪影響を及ぼす活動の割合といった入手が困難なデータも含まれる。求められる開示水準を満たせない運用会社は「欧州での販売から締め出されかねない」(大和総研の鈴木利光金融調査部主任研究員)という。
ゴールドマン・サックス証券の鈴木廣美日本株ストラテジストは、グローバル企業のESGの取り組みを分析する上で「日本企業はデータの不足が目立つ」と話す。必要となるデータをこれまで開示していなかったり、定量化が可能なデータ自体が存在せず「NA(利用不可)とせざるを得ないケースも少なくない」(国内運用会社)という。
「現時点で対応が間に合わないとしても、少なくとも将来的に達成できると説明できないような銘柄はポートフォリオに含めるのが難しくなる」と、フィデリティ投信の井川智洋ヘッド・オブ・エンゲージメント兼ポートフォリオ・マネージャーは話す。
日本勢の対応に出遅れ
SFDRでは、金融商品のサステナビリティを3段階で評価する。サステナブル投資が目的の「9条ファンド」、サステナブル投資を目的としないが社会的・環境的な取り組みを促進する「8条ファンド」、両者に当たらない「6条ファンド」の3つだ。
「少なくとも8条ファンドの基準を満たせないような商品は、欧州の投資家から見向きもされなくなるおそれがある」と、三井住友DSアセットマネジメントの坂口淳一責任投資オフィサーは警戒感を示す。現在は、日本株を扱うファンドの多くが、6条ファンドの扱いとされる。
各ファンドの定義は現時点ではあいまいで、細目を定める「レベル2」は早ければ23年1月に施行される方向だ。レベル2のドラフトでは8条、9条ファンドは組入銘柄のうち規模の大きい15銘柄を詳細に開示することが提案されているが「投資先の日本企業からPASIの開示に必要な情報を得るのが難しい」(大和総研の鈴木氏)とされる。
日本の運用会社はコスト面で不利という事情もある。業者からデータを買う場合、欧州の運用会社は域内で販売する多くのファンドでそのデータを使えるが、欧州で数本のファンドしか販売しない日本の運用会社の場合、1ファンド当たりのコストが大きくなる。「いったん、SFDRへの対応を見合わせるという運用会社が出てきてもおかしくない」(三井住友DSAMの坂口氏)との声も聞かれる。
欧州のルールがグローバルスタンダードになるかは、まだ不透明な面もあり、国内勢からは「視線が定めにくく、どうしても開示が遅れがちになる」(国内運用会社)との声も漏れる。
存在感大きい欧州投資家
東京市場での欧州勢の存在感は大きい。仲介役(カストディー)として、欧州を中継した投資も含まれるため、純粋に欧州勢の投資とはいえない部分も含むが、欧州勢による21年の日本株の売買代金は海外勢の約7割を占めた。国内勢を含めた市場全体の売買代金に対しても半分弱となる。
市場では、8条、9条ファンドで満足なリターンが上げられるかに懐疑的な見方は根強く「足元は6条ファンドを有効に使いながら、徐々に移行していく手法が、最終投資家からも理解が得やすいのではないか」(大和総研の鈴木氏)との見方もある。
一方、欧州の年金基金など資金の出し手は、投資先企業のESG対応に強い関心を示しており、情報開示強化の方向性は、もはや不可逆的だと、国内投信の関係者は口をそろえる。
GSによるESGファンドの株式保有状況分析では、最もオーバーウエートしている銘柄の上位50社にランクインした日本の銘柄は栗田工業と日本電産のみだった。 日本株全体ではベンチマークに対して29%のアンダーウエートで、GSは「ESGに関連した開示と英語による開示が不十分であることが影響している可能性がある」とみている。
今年4月からの東証市場区分の再編で、プライム市場を選択する企業には、金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言に沿った開示が求められる。GSの鈴木氏は「日本企業の取り組みが改善されることを期待している」と話している。