あらためて「難民」とは、「人種、宗教、国籍、政治的意見など様々な理由で、自国にいると迫害を受けるおそれがあるために他国に逃れ、国際的保護を必要とする人々」を指すとされている。紛争や暴力だけでなく、気候変動や自然災害の影響により、故郷を追われた人は増え続けており、その数はすでに1億1千万人に達している。ファーストリテイリングは2001年から難民キャンプへの衣類寄付を開始し、2011年にはアジアの企業で初めて、国連難民高等弁務官事務所(以下、UNHCR)とグローバルパートナーシップを締結した。柳井正社長の難民問題に対する考え方について、UNHCR駐日事務所の広報官・守屋由紀氏、民間連携担当官・櫻井有希子氏に取材した。
スピード感と一体感を共有するチームワーク
2023年3月5日の早朝7時半、UNHCR駐日事務所・民間連携担当官の櫻井有希子氏(以下、櫻井氏)の元に、柳井正社長の指示を受けたファーストリテイリングの執行役員から電話が入る。「バングラのロヒンギャキャンプで火事があったようです。朝一で、被害状況と支援ニーズを調べてください」
この日バングラデシュ南東部コックスバザールにある少数派イスラム教徒ロヒンギャの難民キャンプで大規模な火事が発生していた。竹と防水シートでできたシェルターは次々と燃え広がり、約2000のシェルターが焼失、1万2000人が住まいを失うという大惨事だった。
これだけの規模の大事故であっても、このニュースが日本で大きく報道されることはなかった。そこで櫻井氏はUNHCR本部を通して、報道されていない情報まで入手し、急いで日本語に訳してユニクロ側に提供する。それ受け、ファーストリテイリングではすぐさま、自分たちに何ができるのかと議論に入る。
このスピード感と一体感が、ファーストリテイリングとUNHCRとの関係の緊密さを物語っている。
「ファーストリテイリングさんは、自社の事業のことと同じくらいの関心度と緊急度で、世界中の難民のことも情報収取されています。とくに柳井社長は24時間稼働されているのではないか、寝ていないのではないかと思うほど、情報が早いですね。そして、同じチームとして、何をすべきか一緒に考えることに時間を割いてくださる。私たちにとっては、資金の援助以上に、そのことが一番の支援だと感じています」(櫻井氏)
難民問題は社会全体のロス
難民への支援について、社内でも柳井正社長のリーダーシップはことのほか強い。コンベンションでも月度朝礼でも、ことあるごとに難民問題に言及する。
「柳井社長は、『人として生まれてきたからには誰にでも夢があり、チャンスがあり、活躍できる場があってしかるべきで、難民問題は人的資本のロスだ』と常々言っています。その機会が失われるということ自体が、その人自身の人生にとってのロスでもありますし、社会全体にとっても非常にマイナスなことだ、と。経営者としての問題意識が、難民問題に取り組む源泉になっていると思います」(広報部長・シェルバ英子氏)
「残念なことですが、難民は社会のバーデン(お荷物)だと思っている方が多いのではないかと感じています。難民の人たちはかわいそうではあるけれど、自分がそれを負担していくのはおかしい、それはその人たち本人の問題なのではないか、と思っている方が多いのではないでしょうか」(櫻井氏)
「柳井社長は、難民はバーデン(お荷物)ではなく、アセット(資産)でしかないと捉えていらっしゃいますよね。一人ひとりの能力や可能性が光り輝いて見えているのだろうな、と感じます。だから、世界中で1億人以上の人たちが自分のポテンシャルをフルに開花できない状態にあることを、本当に社会のロスとして憂慮して、この地球規模のアセットをどうにかして活用できるないかと考えておられます。難民を負荷ではないと明言される方は、経営者だけでなく、政治家でもなかなかいらっしゃいません」(櫻井氏)
柳井正社長に影響を与えた人
柳井正社長が難民問題に取り組むうえで、大きな影響を受けた人物がいるという。それが、前任の国連難民高等弁務官で、2017年より第9代国連事務総長に就任したアントニオ・グテーレス氏だ。グテーレス氏は、2011年にファーストリテイリングとUNHCRがグローバルパートナーシップを締結した当時の国連難民高等弁務官であった。
「グテーレスは本当に熱意の塊のような人で、来日して会談した時にも、柳井社長に、難民問題について一緒にどうにかして解決してほしいと、ものすごい熱量で語っていました。そして、グテーレスが国連難民高等弁務官を退任した後に、さらに国連事務総長になったことで、柳井社長は、誰よりも熱意をもって世界の平和を考えている人が、世界を変えていこうとしている姿を目の当たりにし、大きな影響を受けた、とおっしゃっていました」(守屋氏)
グテーレス氏は元々ポルトガルの政治家で、国連難民高等弁務官になる前は、第114代ポルトガル首相、社会主義インターナショナル議長、欧州理事会議長などを歴任した。国連事務総長に決定した時には、日本の報道では「親日家であるグテーレス氏は……」と紹介され、柳井社長と握手している写真が使われることも多かった。それほど、近い間柄であったことがわかる。
朝日企業市民賞を受賞
もう一つ、柳井社長が社会貢献、難民問題に取り組むうえで、励みになったであろう出来事がある。2006年から始めたユニクロの全商品リサイクル活動と、それによる難民支援が、2008年の「第5回朝日企業市民賞」を受賞したことだ。
朝日新聞社が創刊125周年を記念して始めた「企業市民賞」は、企業そのものが社会の一員であることを自覚し、良き市民として行動するよう呼びかけるために設けられた賞だ。
選考に当たって、朝日新聞社は「利益が出たときには派手な慈善や寄付をしても、不況になれば手のひらを返したように沈黙する。そんな企業よりは、社長から若手の従業員まで多くが参加して、できる範囲で活動を続けてきた会社こそ評価したい」とコメントしている。
ユニクロの全商品リサイクル活動とそれによる難民支援は、自社の事業の中で、一人ひとりの顧客の協力のもと、店舗の従業員を巻き込んで、世界的な社会課題に貢献するという、本質的かつ継続性ある取り組みという点で高く評価された。
柳井正社長は、ファーストリテイリングの前身である小郡商事を父親から引き継いだ際、経営者になるための心構えを書いている。そこには、まず「社会に良いことをする」と書いてあるそうだ。現在取り組んでいるすべてのことがはじめからできたわけではないが、事業を始める当初から目指していたことを、一つずつ、着実に積み上げてきて、今のユニクロがあるのだと思う。
次回は、7月19日掲載。リテール業界としてできる難民支援について、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に取材した。