ユニクロの難民雇用 ミャンマーから逃れて日本で描く未来

北沢 みさ (MK Commerce&Communication代表)
Pocket

日本の高校で出張授業

 ユニクロでは、2013年から、従業員を小、中、高校に講師として派遣して授業をする、「“届けよう、服のチカラ”プロジェクト」というプログラムがある。子どもたちに教えるテーマは、「難民問題」だ。難民に服を届ける活動を通じて、服が持つチカラについて考える授業を従業員自らが出張授業として行い、その後子どもたちが主体となり、校内や地域で着なくなった、特に難民に必要とされている子ども服を回収。回収した服は、難民を含む服を必要とする人々に届けられる、というプログラムだ。今年でちょうど10年目にあたるこの取り組みは、年々活動を広げ、2022年には1年間で実に745の学校、8万8千人の生徒を対象に授業をした、集められた子ども服をUNHCRに届けてきた。

 ミン氏も2年前に講師として、都内の高校に出張した。

 「中学生や高校生に、僕自身も難民で、ミャンマーでは今こういうことが起きています、という話をしました。教えてわかったのは、日本の子どもたちが、あまりにも世界のことを知らないということ。日本は素晴らしい国だと思いますし、僕は時間が戻ったとしてもまた日本に来たいと思っています。けれど、世界の中で日本では子どもだけではなくて大人も、すごく平和というか、守られてすぎているように感じます。もっと世界で起きていることや社会がどうなっているのか、知っていてもいいんじゃないかと思いますし、そのために、もっといろんな人に会ってみてほしいと思いました」

 ミン氏の話に刺激を受けたのだろう、翌週その高校から連絡があり、今度は生徒たちがミン氏の働くユニクロの店舗にやって来て、ミン氏の話を聞く会が催されたという。

届けよう、服のチカラ プロジェクト
ユニクロ社員による出張授業の様子

自由と選択肢のある未来

 今後、ミン氏はどんなことをやっていきたいと考えているのだろうか。

 「父がコロナであっけなく亡くなってしまってから、人の命は思っているより短いと思うようになりました。何がやりたいか、と言われたら僕は何でも全部やりたい。ですから、とにかく自由でいて、自分の選択肢を増やしたいと思っています。今後、たとえば日本に帰化することも考えられるでしょうし、海外に留学してもいい。僕は自由なのですから。ミャンマーの母は、日本に来たいけど来られない。それが、自由がない状態です」

ユニクロのミン氏
パイ・ミン・タン氏

 「いまユニクロでは、店舗のオペレーションやコミュニケーション、いろんなことを学んでいます。これはユニクロを辞めたとしても、どこで何をやっても役に立つことばかりです。ただ、今僕はユニクロという世界一を目指している大きな船に乗っています。今は、他の船に行くよりも、そこから自分の船を出したいと思っています。自由でどこに行ってもいい。自分の船を出して楽しく過ごせたらいいなと思います」

 「難民」という名の人はいない。その一人ひとりに、それぞれの人生がある。

 難民と呼ばれる人と会って話したのは初めてだったが、前向きで、貪欲で、好奇心旺盛なミン氏は、ただただ可能性に満ちあふれた若者であり、まさに人的資本であると思った。柳井正社長の言う「難民問題は社会の損失」という言葉を実感した。

1 2 3

記事執筆者

北沢 みさ / MK Commerce&Communication代表

東京都出身、日本橋在住。早稲田大学第一文学部卒業。
メーカーのマーケティング担当、TV局のプロデューサーの経験を経て、
1999年大手SPA企業に入社しマーケティング・PRを12年、EC・WEBマーケティングを8年担当し、ブランドの急成長に寄与。
2018年に独立後は、30年に渡る実務経験を活かし、小売・アパレル業界を中心に複数企業のアドバイザーとして、マーケティングおよびEC業務を支援中。

 

執筆者へのコンタクトはこちらへ

関連記事ランキング

関連キーワードの記事を探す

© 2024 by Diamond Retail Media

興味のあるジャンルや業態を選択いただければ
DCSオンライントップページにおすすめの記事が表示されます。

ジャンル
業態