第285回 「出店を急ぐなら労働組合を作れ」と説いた渥美俊一の真意とは

樽谷 哲也 (ノンフィクションライター)
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評伝 渥美 俊一(ペガサスクラブ主宰日本リテイリングセンター チーフ・コンサルタント)

「消費者が最初の決定権者だ」──中内㓛

 「いくらで売ろうがうちの勝手や」と強気を崩さないダイエーの中内㓛に対し、味の素の道面(どうめん)豊信は小売商の事情と面子に理解を示しつつ、「他社の製品は売らないでいただきたい」と直談判した。うま味調味料では90%を超える圧倒的なシェアを持つガリバーたる味の素の道面でさえ、たとえ数%の占有率しかなくても同種商品を扱う他社勢を気にかけていることを知り、渥美俊一は舌を巻いたのだと振り返った。「なにを売ろうがうちの勝手や。あんたに指図される筋合いはない」と啖呵(たんか)を切る中内に、見かねるように「そこまでいうのはやめておいたほうがいい」と割って入ったのは渥美である。

 道面とも違う主張をしたのは資生堂の福原義春であった。ダイエーのストアブランド(SB)の固形石鹸(せっけん)を廉価で製造供給することで、そのかわり、主力の化粧品の安売りを控えてほしいと交換条件を出した。その条件に一定の納得をした中内は、「大安売りはしない」と答えた。そうした紳士協定も、やがて長い時間をかけて崩れていくのだが、ダイエーと資生堂のSBの石鹸による試みは、チェーンストア勢が大衆の支持によって成長し、日本の商習慣が変わっていった端的な例であったといえるかもしれない。

 中内は、1971(昭和46)年12月に開催されたペガサスクラブ10周年記念セミナーで演壇に立ち、チェーンストアの目的について《消費者主権の確立ではないか》と述べている。(引用はペガサスクラブの月刊機関誌「経営情報」により、原文表記のままとする。以下同=引用者注)。

 《従来のメーカー志向型のこの経済の仕組み、つまり「売れれば必ずその品物の真似がどんどん出てくる。そしてメーカーのほうは、つくれば売れる」というふうな神話の中に現在もおるわけでございまして、われわれ小売業の意見というものはあまり採用されておらない。そういう時代から、われわれとしましては、「売るためにつくる。消費者が最初の決定権者だ。消費者が、これがいいというものがつくられるんだ」というふうに考えたいわけでございます》

 その手応えを、中内も渥美も少しずつ得ていた。

 資生堂のSBの石鹸が店頭に並ぶのを見届けていた渥美がチェーンストアの経営コンサルトとして深く思いをいたすことになったのは、福原義春が「外資系メーカーの製品は売らないでほしい」とダイエーに頼んでいたと知ったからである。化粧品に限らず、生活雑貨、トイレタリーなどと呼ばれる商品群では、

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記事執筆者

樽谷 哲也 / ノンフィクションライター

1967年、東京都生まれ。千葉商科大学卒業。雑誌編集者を経て、98年からフリーランスに。渥美俊一とJRC、流通企業と経営者、周辺の人物への取材は10年以上に及ぶ。「人間 渥美俊一」を渾身の筆で描く。

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