1910年に創業し、東京都内を中心に高質食品スーパー(SM)を展開する紀ノ國屋。2010年に東日本旅客鉄道(東京都/冨田哲郎社長:以下、JR東日本)の完全子会社となった同社は、17年度から駅構内や駅ビル内への出店を加速している。17年5月、新社長に就任したJR東日本出身の堤口貴子氏に、今後の成長戦略を聞いた。
3年で16店舗を出店へ、駅利用者の需要を取り込む
──今年5月に社長に就任されました。
堤口 JR東日本では、おもに駅構内で展開する小売店や飲食店広告などの事業を開発・主管する仕事をしてきました。
JR東日本は成長戦略の1つに「ステーションルネッサンス」を掲げています。一昔前は、駅構内といえば、立ち食いそばや「キオスク」などの売店くらいしかありませんでした。そこで、経営資源として「駅」の価値や役割を見直し、利用者が通過してしまうのではなく、集える場所になれるように再開発を進めているのです。近年では駅だけにとどまらず、駅が立地する街全体の活性化に取り組むことにより、地域とともに長期的な成長につなげようとしています。
一方、紀ノ國屋は「食を豊かに、人生を豊かに」を経営理念としています。駅への店舗展開を通して、日常的に駅を利用されるお客さまに、食生活を軸とした新しいライフスタイルを提案していきます。その結果として、駅の魅力や価値を向上できると考えています。
──17年度に入ってから出店を加速しています。
堤口 JR東日本グループに入ってから約7年が経過し、経営状況が安定してきたこと、商品開発や売場づくりなどの環境が整ってきたことから出店強化に舵を切っています。16年度までは年間1店舗ほどの出店ペースでしたが、今後3年で16店舗を出店する計画です。1年目の17年度はその半数に当たる7~8店舗をオープンする予定で、1店舗1店舗を確実に軌道に乗せていくことを最優先で進めていきます。
──出店する場所についてはどのように考えていますか。
堤口 JR東日本グループ入りするまで紀ノ國屋はおもに路面店を展開してきましたが、今後はJR東日本の駅構内や駅ビル内をメーンに出店していきます。
駅は幅広い方が利用する場所です。そのため、駅構内や駅ビル内に出店することでこれまで当社の店舗を利用していなかったお客さまを新たに獲得していきたいと考えています。
駅構内や駅ビル内の店舗の場合、駅利用のついでに立ち寄るというお客さまがほとんどです。また、お客さまの買物にかける時間が限られています。こうした条件下でも需要を取り込んでいくためには、店舗の出入口の間口を広げたり、通路からでも目にとまりやすくわかりやすい売場づくりをしたりといった工夫が必要です。
また、駅構内や駅ビル内以外にも、紀ノ國屋の客層と似ているという点から出店していきたいのが百貨店内です。これまでは東京都新宿区の「京王百貨店 新宿店」と「新宿タカシマヤ」の2店舗への出店のみでしたが、今年9月には「東武百貨店池袋店」にも出店しました。今後もさらに店舗数を増やしたいと考えています。
さまざまな店舗フォーマットで立地特性に対応
──駅構内と駅ビル内で、生鮮3品を扱う小型フォーマット「Daily Table KINOKUNIYA」の出店も開始しています。
堤口 16年3月、JR「吉祥寺」駅直結の商業施設「アトレ吉祥寺」内に1号店の「アトレ吉祥寺店」(東京都武蔵野市)をオープンしました。17年6月には2号店となる「西荻窪駅店」(東京都杉並区)をJR「西荻窪」駅構内に開店しています。
アトレ吉祥寺店は、初年度の年商目標をクリアし、西荻窪駅店は開店から7月末までの売上が計画の約120%で推移しています。とくにオープンキッチンを設けて売場を広く確保した、総菜やインストアベーカリーがお客さまの支持を得ています。
路面店は、充実した品揃えを提供してゆっくりと買物を楽しめるようにしているのに対して、「Daily Table KINOKUNIYA」は駅を利用するついでに立ち寄り、短時間で買物ができる利便性が特徴です。
アトレ吉祥寺店の場合は、店舗から北西約600mに路面店の「紀ノ国屋吉祥寺店」があります。アトレ吉祥寺店のオープン後も路面店の売上にほとんど影響はなく、うまくすみ分けができています。
紀ノ國屋は高齢のお客さまが多いのですが、「Daily Table KINOKUNIYA」への来店をきっかけに若い世代に当社の魅力を知ってもらい、ほかの紀ノ國屋の店舗も利用してほしいと考えています。
──「西荻窪駅店」では、焼きたてパンの販売やイートインスペースの設置など、新しい取り組みにも挑戦しています。
堤口 紀ノ國屋のパンは、約60年にわたって自社製造で提供している、当社の強みとする商品です。通常は東京都三鷹市にある自社工場で焼き上げて店舗に配送しているのですが、西荻窪駅店では店内調理で焼きたてを提供し好評を得ています。
イートインスペースについては、店内とテラス席を合わせて約15席を用意しています。西荻窪駅店は開店に当たり、JR東日本とともに商圏調査を実施しました。その結果、駅の中に休憩できるスペースが欲しいという要望が多く挙がったことが導入の理由です。イートインスペースは地域のコミュニティを形成する場所としての役割も果たすことができるため、今後の店づくりにおいても重要だと考えていきます。
──標準タイプのSMのほかに、さまざまな店舗フォーマットを展開しています。
堤口 当社は、SMの「紀ノ国屋」、グロサリー専門店の「KINOKUNIYA entrée」と「OMO KINOKUNIYA」、生鮮食品を揃える小型SMの「Daily Table KINOKUNIYA」以外に、焼きたてパンの専門店「KINOKUNIYA Bakery」を運営しています。
今後出店を強化していく駅という場所は、どのエリアに立地するのか、また駅の中でもどの位置に出店するかによって、客層やお客さまの需要が大きく異なります。そのため立地に合ったフォーマットで出店していく必要があります。
今後は、お客さまから支持されている商品に特化した専門店を新たに開発していきたいと考えています。駅構内では、広い売場面積を確保することは容易ではないですし、10~20坪ほどの狭い面積での出店要請も少なくありません。しかし、限られた面積であっても、商品カテゴリーを絞り込めば出店が可能です。商品力に磨きをかけて、将来的に寿司や総菜などの専門店も出店したいと考えています。
──駅構内や駅ビルに出店するなかでJR東日本と連携していることはありますか。
堤口 17年8月、JR「東京」駅構内に新しくオープンした商業ゾーン「グランスタ丸の内」に、「KINOKUNIYA entréeグランスタ丸の内店」を開店しました。
JR東京駅の「丸の内地下中央口改札」を出てすぐの好立地で、JR東日本が「地域再発見プロジェクト」の一環として立ち上げた地産品を集めた専門店「のもの」と一体になった店づくりに挑戦しました。
「のもの」の売場では、「東京駅で見つける、東日本の新たな魅力」をコンセプトに、東日本の各地で生産される銘菓や地酒、加工品などを揃えています。定期的に共同開発商品も提供する計画です。
JR東日本とは、さまざまな部分で互いの価値を向上できる、ウイン-ウインの関係を構築していきたいと考えています。
自社工場を活用し、顧客ニーズを商品に反映
──駅構内や駅ビルへの出店を強化するなかで、商品政策ついてはどのように考えていますか。
堤口 最も力を注いでいるのが、品揃えを充実させることです。なかでも駅利用者からの需要を見込み、総菜の商品開発を強化しています。
紀ノ國屋オリジナルの総菜は、パンと同じく東京都三鷹市にある自社工場で製造し店舗に直送しています。現在総菜のオリジナル商品数は約40SKUで、駅を利用されるお客さまの幅広いニーズに対応するためにはまだ足りないと考えており、今後も品揃えを拡大する方針です。
──総菜のメニューはどのように開発しているのですか。
堤口 工場に配置している商品企画部と、本部の営業部が連携して取り組んでいます。営業部が店頭でお客さまのニーズをつかみ、商品企画部が製造技術に関する知識と経験を生かし商品を開発します。このように、お客さまのニーズをいち早く商品に反映できる「製販一体」になった商品開発の体制ができていることは、われわれの強みの1つでしょう。
また、自社工場を24時間体制で稼動していることも大きな武器になっています。
17年7月にJR「新宿」駅改札内に出店した「KINOKUNIYA entréeルミネ新宿店」(東京都新宿区)では、新たな挑戦として、店頭に並べる時間に合わせて商品を工場で製造し、夕方の17時から帰宅途中のお客さまに向けて出来たてのパンや総菜を販売しています。そのほかの商品とは異なる配送になるのですが、JR東日本グループのジェイアール東日本物流(東京都/唐澤朝徳社長)の協力を得て実現させました。今後も工場を活用しさまざまな試みを行っていきたいと考えています。
──最近はグロサリーのプライベート(PB)商品のラインアップも広げています。
堤口 PB商品は、他社と差別化できる商品として開発を強化する方針を打ち出しています。16年度は年間で100アイテム、今年度に入ってからは7月末までで開発商品数はすでに100を超えています。
最近は、他社との差別化を図るべくPB商品を使用した総菜を毎月発売しています。
たとえば、17年7月にはPBの人気商品である、長崎県産焼きあご100%使用の和風だし「あごだし」を使ったお茶漬けの販売をスタートしました。そのほかにも、「あごだし」を使用した和風総菜やいなり寿司なども販売しています。これらは紀ノ國屋ならではの商品であり、今後も開発を進めていきたいと考えています。
接客に磨きをかけて競合他社と差別化
──競合他社とはどのように差別化を図っていきますか。
堤口 紀ノ國屋は駅構内や駅ビルへの出店においては、高質SMのなかで後発です。そういったなかで支持を獲得していくには、いかに顧客満足度を高めて、お客さまのニーズに合った店づくりができるかが重要です。そこで、これまで紀ノ國屋が高い評価を得てきた接客をさらに強化していく必要があると考えています。
接客での具体的な取り組みとしては、前述のルミネ新宿店で「プロモーションコーナー」を設けました。店舗の出入口に従業員が常駐して、おすすめの商品を提案するコーナーです。開店当日に同コーナーで試食販売した「とろける杏仁プリン」は2日間で約800個を売り上げることができました。
さらにルミネ新宿店ではレジ業務を外部に委託しています。出店を加速するうえで必要となる従業員を補完できますし、従業員が接客に集中できるというメリットがあります。最近の新店でも同様の取り組みを進めています。
接客はお客さまのニーズを知るうえでも有効です。接客をとおしてお客さまの声に真摯に耳を傾けて顧客満足度を高め、差別化を図っていきたいと考えています。