売らない店の真の狙いは?「広告宣伝費を増やすほど、お客は競合で買う」アパレルの蟻地獄
広告宣伝費を増やすほど
利益率が減少するメカニズム
リアル店舗が果たすべき役割をスッキリと理解するために、一度、アパレル企業における広告宣伝の話をしたい。
先日ある金融機関から「アパレル企業の経営者から『広告宣伝費の投下が足りないからブランド化ができない。もっと増やしたい』というリクエストがあったためそのための資金を貸し付けたところ、売上は一向に増えず、逆に販管費が増えて利益率が低下する一方だった」という話を聞いた。
読者のなかにも、似た経験を持つ経営者の方がいらっしゃるかと思うが、これは、私の論考や書籍をしっかり読み込んでいれば、自明のことである。
日本の多くのアパレルは、なんら差別性を持ち得ないため、ネット化が進めば進むほど、オンラインモールによって似たような商品の同列比較にさらされ、高い商品は客寄せパンダになり、似た安い商品ばかり売れることになるということは述べたとおりだ。
これは消費者起点に立って、カスタマージャーニーを考えれば、誰でも分かることだ。
消費者は、広告宣伝費に反応し商品(えてして高額商品が多い)を買おうとウェブサーチをする。その結果、例えば、「色」、「アイテム」、その他で絞り込めば、嫌というほど似たような商品がでてくるため、この時点で、もともとのブランドは忘れてしまい、よりコスパのよい商品を買おう、ということになる。だから、そもそも価格設定が間違っているブランドが広告宣伝を繰り返しても、モール内で「他人様の宣伝にお金を使っている」蟻地獄に陥り、安く似たような競合の商品が逆に売れるということになる。至極簡単な理屈である。
だから私は、モールへの出店はよほど自社のブランドが確立され、消費者が浮気をしないほどのエンゲージメント(消費者との強いつながり)ができていない限りは、出店すべきではないと警鐘を鳴らしてきた。加えていうなら、日本のアパレル企業の人達は、「自社のブランドは差別化ができている」と思っているが、一度、しっかり消費者に聞いた方が良い。私の感覚からいえば、日本のレデュースアパレルの場合、80%以上がブランド間の差別性など消費者は意識していない。したがって、自社ECを構築できない企業は、外部モールへの出店はよほど戦略的に行う必要があるわけだ。
もちろん、自社ECを構築するのは、それなりに投資も必要で、特にスタートアップのような小さい企業ではおいそれとはできない。前述のストラスブルゴもワールドのネットを使っていたし、今となっては死語となっているUSB (ユナイテッドアローズ、シップス、ビームスのセレクト御三家)も、ネット黎明期ではZOZOの仕組みを間借りしていた。ECの本質が今ほど解明されていなかった時代、「競合の仕組み」を使うリスクを軽く考えていたわけだ。しかし、消費者とのインターフェイスを競合に渡すというのは、自社の大事なお客さまを渡すという意味で、米国では、Amazonへの出店を「悪魔との契約」と呼び、また、顧客を根こそぎ奪われ死滅させられることを「Death by Amazon」と呼んだ。
私は、こうした情報など知らなくても、Customer Acquisition (顧客の獲得)こそ、通販の成長戦略の要であると分かっていた。人口が増えず、市場規模が縮小している中で顧客を奪い合うゲームプレイに変化してきている。そうしたなか、お客様のクレジットカードの情報をモールが獲得すれば、そのお客さまの欲しがる商品をAI がレコメンドし、気づけばお客さまは競合から買っているという事態になる。論理的に考えれば誰でも分かるはずだ。
こんな話がある。私が再建途上の企業で、売上至上主義に汚染された経営陣にモール出店の危険性とリスクを幾度も説き、自社ECへの誘導こそ取り得るべき戦略であると提言したのだが無視された。その結果、顧客を奪われ、顧客の離脱が止まらず売上はジェットコースターのように落ちていった。しかし、ネットの特殊性を理解できない人には何をいっても通用しない。その経営者は、売上減少の原因は顧客の離脱であること、そして、その原因を作り出した張本人は自分であることを理解できず、MD(商品政策)の責任にし「良い商品を作れば顧客は買ってくれる」とうそぶいていた。結果、MD部門は、やってもやっても売上が上がらない。まるで穴の空いたバケツに水をいれるような状況だった。
CPA(1人の顧客獲得にかかる広告費)、LTV(顧客生涯価値)、ファネル(商品・サービスの購買過程のモデル化)、OMO(オンラインとオフラインの融合)など、マーケティング用語を乱発する人は多いが、その本質を理解し、また、デジタルツールを使いこなせる人は極めて少ない。それは、ものごとを「自分事」として考えておらず、AIのように、技術が高度であればあるほどビジネスで勝てると錯覚し、お客さまが何を望んでいるのかという、まったくシンプルすぎてバカげた質問さえ自らに課していないからである。以前、AIスタートアップが乱立し、どちらが本物のAIかという議論を戦わせていたが、私からいわせれば、それが統計処理でもAIでも全くかまわない。売上さえ上げてもらえれば。
デジタル汚染された経営者達は、こうした極めてシンプルな質問さえデジタルベンダーにしなくなっている。極めて危険な兆候である。
次回、こうしたネットの特殊性をさらに分析し、人とデジタルの役割分担を明らかにし、新世界におけるお店の定義を提示したい。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)
ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)