外食大手のエー・ピーホールディングス(東京都/米山久社長:以下APHD)は10月21日、新事業「キッチンクラウド」を発表した。「塚田農場」「四十八漁場」など主力の外食事業がコロナ禍で大きく苦戦する中、活況のフードデリバリー市場に新たに参入することで経営の立て直しを図るねらいだ。その勝算は。
ターゲットはファミリー層
APHDは10月21日から、フードデリバリー専門店「キッチンクラウド」をスタートする。「キッチンクラウド綱島店」(神奈川県横浜市)などキッチンクラウド専業3店舗と、既存のAPHDの店舗内に併設の形をとる「キッチンクラウド調布店」(東京都調布市:「塚田農場 調布北口店」内)など、併設5店舗の計8店舗での開始となる。
既存のフードデリバリーのように配送インフラだけを提供するサービスとは異なり、自社店舗で調理した料理を自社スタッフが配送することが特徴。メーンのターゲットを単身者ではなくファミリー層に据えることで、客単価の引き上げを狙う。「レッドオーシャン化しているフードデリバリー市場の中で、家族全員で食べる“家庭の食”に注目し、日常と高級の間のちょっとプレミアムな部分を提供するサービスをめざした」とブランド開発室の近内理恵氏は話す。
最大の特徴は高品質でジャンル豊富なメニュー
キッチンクラウドは、従来のデリバリーとはさまざまな面で差別化が図られている。ひとつは、品質の高さとジャンルの豊富さだ。コロナ禍でリモートワークや外食控えの動きが広がるなか、自宅で食事をする機会が増えた消費者は多い。それに伴い、時短・簡単・手軽さへのニーズだけではなく、「家庭でも外食に代わるようなおいしいものを食べたい」というニーズが高まっている。
そのニーズに応えるべく、宮崎県産の有田牛のすね肉を使用したハンバーグに、種類の異なるチーズを3層に重ねた「幸福のチーズハンバーグ」(税込1500円)や、手作りラー油と山椒で本格的な味に仕上げた「麻婆豆腐」(税込1200円)、ナンプラーで香ばしく炒め、タイ料理独特の旨味が感じられる「ガパオライス」(税込1100円)など常時100種類程度を提供する。洋食・中華・アジア料理など幅広いジャンルをカバーすることで、家族がそれぞれ好きなものを注文して一緒に食べる、という使い方が可能になる。
これらのメニューには、APHDが既存の外食事業で取り扱ってこなかったジャンルのものも多い。ファミリー層への訴求のために、全く新しいメニューを短期間で一から開発した。「ファミリー向けのブランディングをする上で、たとえば『塚田農場デリバリー』といった店名は違うなと思った。キッチンクラウドとして提供してきたいものを新たに開発・提供する」と米山久社長。現状、フードデリバリーサービスは単身者や少人数世帯がメーン顧客層だが、キッチンクラウドではファミリー層を取り込むことで、一般的なデリバリーの客単価が2000円台といわれている中で客単価4000円台をめざす。
料理に合わせた食器に盛り付けて届ける
また、料理の提供方法にも特徴がある。通常のデリバリーサービスでは、使い捨て容器での提供がほとんどだが、キッチンクラウドでは料理に合った食器に盛り付けた状態で自宅へ届ける。届いたら並べるだけで見栄えのする食卓が完成するほか、国産丸鶏を一羽まるごと使用した「参鶏湯」(税込3000円)など、鍋に入った状態で届き、自宅で火にかけるだけで熱々を楽しめる商品もある。食器は注文日の翌日または翌々日に、デリバリー担当者が回収する仕組みだ。希望によって、使い捨て容器でのオーダーにも対応する。
“第二の家庭のキッチン”をめざす
委託デリバリーではなく、自社でデリバリーを行う点も差別化要素のひとつだ。コロナ禍でウーバーイーツや出前館など委託デリバリーサービスは著しい成長を見せたが、消費者の目線で見れば、委託デリバリーは割高感が強く、不特定多数の配送員が届けることによる不安感も残る。これらの問題点に対し、良いものを安価で、安心感をもって提供するためには自社配達が必要と判断した。旗艦店となる「キッチンクラウド綱島店」では、4名のデリバリースタッフがバイクで配達を行う。
こういったキッチンクラウドならではの食体験の演出は、デリバリーそのものへのネガティブイメージを払拭する目的もある。今までの「デリバリーは、利便性重視の個食需要と、来客や祝い事などのハレの日需要に二極化していた。ファミリー層のデリバリー需要はこれまで後者がほとんどだったが、これを『日常の食卓』にまで拡大するのがキッチンクラウドの狙い」と近内理恵氏。しかしそこで障壁になるのが、デリバリーを頼むことに罪悪感を抱いたり、品質面で不安を抱いたりする消費者が少なくない点だ。品質にこだわった丁寧なサービスによってこういったイメージを払拭し、“第二の家庭のキッチン”としてのポジションをキッチンクラウドはめざす。
アフターコロナでも、売上は8割までしか戻らない
もともとAPHDは、食材の生産から流通・販売までを一貫して行う「生販直結」をビジネスモデルの根幹としてきた。中間コストを削減することで、高品質で安全性の高い国産素材を安く提供する一方、通常の流通経路では見えにくい生産者の顔や思いも一緒に消費者へ届けるというものだ。キッチンクラウドでも「生販直結」の考えを取り入れる。その一環として、今後はミールキットの販売や、提携する生産者の食材を宅配するサービスも検討している。
将来的に想定する1家庭当たりの利用頻度は、毎月の食費の中から1~2万円分を利用してもらうイメージで、週2~3回の定期便で蒸し料理や煮込み料理などのおかずや、土鍋で炊いたごはんを届けるサブスクリプションモデルの導入も予定している。また、「アフターコロナの世界でも、居酒屋業態は以前の8割程度までしか客足が戻らない」と米山久社長は予測している。従来の業態を通常営業しながらキッチンクラウドも運営する「二毛作」中食モデルで、外食での売上減少をデリバリーでカバーする方法も検証中だ。
「キッチンクラウドの立ち上げを通じて、フードデリバリーにはさまざまな課題があることもわかり、それを解決していかなければならないという使命感を感じた。キッチンクラウドという新しいプラットフォームを通じて、宅配サービス市場に新しい価値を提案していきたい」と米山社長は語った。
キッチンクラウド
ウェブサイト:https://kitchen-cloud.jp/
店舗:長府店・府中店・五反田店・横浜元町店・川崎店・南浦和店・新浦安店・綱島店
(キッチンクラウド専業店舗は五反田店・府中店・綱島店のみ)
配送範囲:店舗を中心として半径3km圏内目安、詳細は店舗へ要問い合わせ
営業時間:受付11:00~14:00/15:00~20:00、配送12:00~15:00/16:00~21:00、年末年始・臨時休業をのぞいて年中無休