11月28日放送の英BBCのインタビューで、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長が「新疆ウイグル自治区産の綿花を使っていない」と発言した。これまで柳井氏は「政治問題だからノーコメント」という立場を貫いていたにもかかわらずだ。これを受けて中国では反発が起こっている。この背景にどんなことがあるのか、なぜ柳井会長はいまあえてこのような発言をしたのか、状況を解きほぐしながら考察してみたい。
思い起こされるトランプ政権時代の
「ユニクロシャツ」輸入差し止め
今から3年半前の2021年5月、ユニクロの「シャツ」が突如、米国で輸入差し止めになったことは記憶に新しい。この措置は、ユニクロの製品に使用されている綿(コットン)が中国の新疆ウイグル自治区で生産されたものが混ざっているのではないかという疑いに基づいて行われた。アメリカが新疆ウイグル自治区の綿糸の使用を禁止している理由は、新疆ウイグル自治区産の一部綿花がウイグル族への強制労働の結果作られたという懸念があるためだ。当時のトランプ政権は21年1月より、新疆ウイグル自治区で生産された綿製品の輸入を禁止していた。
米中経済代理戦争で板挟みに
ここで、綿糸についてちょっとした勉強をしよう。数ある繊維の中で、綿糸はもっとも多く利用されている原料だ。綿糸の中でも超長綿(ちょうちょうめん)といって、細くて長い衣料品の製造にピッタリだ。この超長綿の産地は、米国、中国、インド・エジプト、その他で、おおよそ4分の1ずつ分け合っている構図だ。
いずれにせよ、綿の輸出は生産国にとって外貨獲得に重要な商材だ。米国の新疆ウイグル自治区の問題が起こる以前のこと。米国では綿花を栽培する際に効率化を図るため、大量の農薬を散布しており、綿の産地ではガンの発生率が高いというレポートが出た。これが社会問題化すれば米国産綿が大打撃を受けるところだったがそうはならなかった。新疆ウイグル自治区産綿の問題も、米国は政治的道具に使っているのである。
私は両国の戦略物資である綿糸を使った「米中代理戦争」だとみている。実際、新疆綿のおかげで、米綿の農薬問題はその後ほとんど聞かれなくなった(実際米綿は農薬問題に取り組んでもいる)。
問題は、槍玉に挙げられてしまったファーストリテイリング、ユニクロである。21年に米国から輸出をストップされ、フランスから「人道に対する罪」で捜査が入った時でも、「政治とビジネスは別」のスタンスを崩さず、中立をまもっていたユニクロだったが、今回柳井会長はどのような意図で「新疆ウイグル自治区産の綿花を使っていない」と初めて明言したのだろうか。
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次期トランプ政権下で新疆綿問題は?
ファーストリテイリングからしてみれば新疆面問題は大きな“頭痛の種”である。人権問題を背景に欧米諸国は新疆ウイグル自治区の強制労働問題で「ウイグル自治区産の綿を使用しない」ことで足並みを揃えており、これまでノーコメントを貫いていたファーストリテイリングを槍玉に挙げてきた。
一方ファーストリテイリングにとって中国は、生産拠点としても販売拠点としても極めて重要な国だ。ユニクロの売上構成は、日本国内での販売と海外での販売が「1:2」(24年8月期国内ユニクロ事業9322億円、海外ユニクロ事業1兆7118億円)で、さらに海外の販売のうち40%が中国市場(グレーターチャイナ、同期売上収益は6770億円)だ。
広大な中国ではまだまだ出店余地がありユニクロが売上5兆円そして10兆円を達成するには、いっそう中国市場を深耕していくことが不可欠だからだ。
しかし、その重要な市場に向けて「ウイグル自治区産の綿を使用しない(していない)」と言ってしまえば、中国政府、中国人民から反発を受けることは必至であった。
いわばどちらに転んでも悪いことしかないのである。
ここにきて大統領選挙で勝利したトランプ氏が「すべての中国製品に、さらに10%の輸入関税をかける」と宣言した。当然、中国も報復措置をとるだろうが、ファーストリテイリングにとってしてみれば、さらなる板挟みとなった格好だ。「プラスワン政策」で、中国一辺倒から分散する戦略をとったとはいえ、今後もノーコメントを貫けば、トランプ氏によってさらに槍玉に挙げられる可能性は高いからだ。
このように、両国間の緊張が高まり、また自社への影響が高まることが予想されるなかで、これ以上「ノーコメント」を貫くことは、同社にとって長い目で利益にならないという結論に至ったのではないか。だから柳井氏は「新疆面は使っていない」と発言し、旗幟鮮明にしたのであろう。
中国でのユニクロの販売への影響をどうみるか?「商品がよければやがて沈静化してゆく」という考え方は楽観的過ぎるかもしれない。米中の政治的対立が絡んでいるとしたら、両国がなんらかの歩み寄りを見せない限り、いくら商品がよくても中国人民が中国政府の意向に反することはしないし、できない。
また米国での販売にも影響がでる。ユニクロにおいて中国は生産拠点の要だ。いまユニクロの価格に大きな関税をかけられたら(トランプ次期大統領は、中国製品への追加関税を明言、迂回輸出も厳格に防ぐ方針を示している)、米国でのビジネスに大きな影響を与えることになるだろう。
そうしたわけで今回の発言の影響の度合いは読み切れない部分が多いのだが、少なからぬ影響を与えることだけは間違いない。金曜日のこの発言を受けて、12月2日月曜日はファーストリテイリング株価が一時2%下落、その後やや取り戻し1.43%下落でこの日の取引を終えた。
私達は消費者としても投資家としても、米中対立構造とその狭間で影響を受けざるを得ない企業の動向と戦略をじっくりとウォッチする必要がある
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プロフィール
株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。
著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「
筆者へのコンタクト
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