スパイ教育を受け、戦後小売の道に 一大勢力を築いたバロー創業者、伊藤喜美物語
バローホールディングス(岐阜県/田代正美社長)の創業者である伊藤喜美さんの歩んできた道のりは、激動の歴史だった。食品スーパーマーケットの黎明期から成長期を先頭を切って、生き抜いた人生だった。

「銀座で大金を持って、普通に酔う」ことも立派なスパイの訓練
伊藤さんは、大正11年(1922年)、岐阜県恵那郡大井町に生まれる。
昭和18年、法政大学を仮卒業。戦時中は、学徒出陣で招集されると、陸軍歩兵第68連隊、豊橋陸軍予備士官学校を経て、難関、陸軍中野学校に入学。スパイの教育を受けた。
聞けば、スパイ教育とは、必ずしも「軍事学(兵器・築城・航空学など)、外国語(英語・ロシア語・中国語)、武術(剣術・柔術)、細菌学、薬物学、法医学、実習(通信・自動車など)、講義(忍術・法医学など)、その他(気象学・交通学・心理学・統計学など)」(Wikipediaより)の訓練を受けるのではないのだという。
大金を持ち、銀座に行き、誰に怪しまれることなく普通に酔うことも立派な訓練の1つであり、伊藤さんもそんなことに明け暮れる毎日だったようだ。
その間、多くの仲間を失った。
「当時の仲間はほとんどが死んだ。あいつらがもし生きておったら、俺以上のことをやっただろう」。
伊藤さんの原点は、この言葉に集約されている。
終戦後は、23歳で家業の青果店「マルイ商店」を引き継いだ。
恵那の特産品である糸寒天や愛知県知多半島の師崎産の煮干しをひそかに仕入れては売りさばいた。闇取引だった。
四歳年上の兄で南方戦線から戻り、病に臥せっていた一夫さんは、そんな伊藤さんを諭した。「いつまでつまらんことをやっとる。まともな商売をやれ」。
「セルフサービス」という言葉に、ひらめく
27歳になった伊藤さんは、大井駅前の商店街にあった「マルイ商店」の経営に本腰を入れ始めた。
そこで伊藤さんの商才が開花する。名古屋で洋服を調達し、売るものに不足していた青果店の中央に洋服を置いたのだ。洋服は飛ぶように売れ、いつのまにか青果店は衣料品繁盛店になってしまった。
この商才と元陸軍士官の経歴を買われ、30代半ばで「恵那専門店会」の理事長に就任した。
昭和33年2月、『商業界』が神奈川県箱根町で開いていたセミナーに専門店会代表で参加すると、「セルフサービス」という言葉にピンとひらめいた。
「終戦後の日本はアメリカナイズされとる。これは日本でも必ず広がる」。
こうした中で、吉田日出男氏が始めた「主婦の店運動」を知った。
商業の社会的地位が低かった中で、民主主義と近代経営を目指して、地域社会に貢献し、お客さまのために商いはあるという理念に感動し、スーパーマーケットを志した。
昭和33年9月、手探りの中でスーパー「主婦の店」恵那店を開業。駅前のパチンコ店を改造した店舗で売場面積は600㎡。食料品のほか、シャツやパンツなどの下着類も品揃えた。
ただ、開業に当たっては地域商業を破壊するものだと反対も多かったという。
オープン日は、お客が来てくれるかどうか、不安でいっぱいだった。
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