いまから5年前の2019年4月1日、私は本連載で「10年後に起きるアパレル業界の7つの変革」と称して重要なキーワードをいくつか挙げさせてもらった。ある人は「信じられない」、ある人は「そんなことはありえない」など、否定的な意見が多かった。だが実際私自身が同意する「不正確な情報」が含まれていたことを告白しよう。それは、「10年後でなく5年後だった」という点だ。つまり、変化のスピードが、私達が考えているより2倍・3倍速く、世の中が目まぐるしく動いているということだ。以下、現状の業界アウトルック(概要)と「次の5年」を述べてみたい。
短縮化する流通工程と先の見えない円安
アパレル・ビジネスで最も変化の激しいビジネスモデルの改革は「直貿化」と「垂直統合」だ。今、アパレルはどの会社も、直貿と商社OEMをミックスして使い分けている。具体的には、生産難易度の高い商品生産のみを商社に委託(商社OEM)し、あとは自社調達(直貿)を行って進める傾向が強い。
為替が1ドル=150円(157円、24年6月3日時点)を超える今、もはや爪に火をともすようなコストダウンをしても何の解決にもならない。
したがって、ビジネスモデル(バリューチェーン)を根本から立て直す改革が必要なのである。
加えて、中国や韓国から一着500円、1000円という「もはや戦う気も失せるような」超低価格で、シーインやDHOLIC(ディーホリック)などのアパレルD2Cブランドが攻勢をかけてきており、すでに日本のZ世代のハートをガッチリ掴んでいる。
商社の担当者に話を聞くと、「ここまできたら政治問題だ。値上げをするしかない」というムードになり、アパレル各社は「値下げ抑制」「仕入れたものを売り切る」という勝利の二方式に真剣にとりくみだし、プロパー消化率を最重要KPIに設定するようになった。
その結果、(人気のないブランドは例外として)名だたるアパレル各社は「過去最高益」をたたき出している。不思議なのは、こうした値上げをやっていなかったからなのか、なぜもっと早く取り組まなかったのか、ということだ。取引先を呼び出し、ざっくりと「1%値引きせよ」というより、自社の倉庫の「金の卵」を確認し、1品1品値付けをしっかりつけていればもっと速くに成果がでたはずのだ。
「流通の短縮化」はアパレル業界の一つのキーワードである。究極は、中国のシーインのように「工場」から「個配」(個別配送)で、消費者一人ひとりへクーリエ便で送ることだ。
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オムニチャネルからOMOヘ
私の会社FRI&companyのCIOである小山の解説記事によれば、OMOには1)レジがない、2)店頭での接客向上、3)チャネル横断的戦略の一貫性、4)機会損失の減少、という4つのメリットがある。本来、その実装段階では、これら4つに適切なKPIを設定し理論
日本でのPLM導入は少数をのぞいて不可能
日本で「PLM(製品ライフサイクル情報をITで一元管理する手法)を導入した」「成功した」という話を聞くが、PLMとは本来「ものづくり」を制御するトータルの組み立てパッケージである。したがって、BOM機能(Bill of materials 、製造部品表)というのだが、一着の製品に使われる原材料までを分解し、
また、3D CADについては、パターンから完成品のイメージをつくるのだが、逆に商品イメージを変更することからはパターンをつくることはできないのである。これでは、なんのためにデジタルにしたのかわからない。
決定的にダメな点は、この3D CADシステムとPLMは「素の状態」では繋がらないため、一つひとつの画像情報をダウンロードし、再度アップロードを繰り返す必要がある点だ。
また、アパレル企業が独自にPLMをどんどん導入しているのだが、生産の「ハブ」になるはずの商社もまた「動かないPLM」をすでに持っている。この重複ははっきり言って無駄だ。この状況を正す最も良い方法は、商社を使わずにアパレルによる直貿を増やすことに他ならない。こうしたことからも、流通の短縮化は進むのである。
当面安泰の百貨店と価格競争が激化するSC
強いアパレル各社の業績が良いと述べたが、都市部の百貨店の調子もまた良い。特に、駅隣接、駅チカなど好立地にある百貨店は軒並み大きな利益を上げている。これは、「インバウンド × 円安パワー」特需であるが、今回の円安は日米金利差が生み出す構造的なもので、米国金利が高止まりの一方で、日本は極限まで下げた金利を上げられずにいることによる膠着状態に陥っている。
ただし日本でもインフレが続いているから、金利を(少しでも)上げざるを得ない局面が来ており、その影響を受ける消費者も増えてくるだろう。たとえば多くの日本人の住宅ローンは変動型で、「1%の金利上昇」が起これば、気付けば金利ばかりはらっており、
このように、日本は円を適切な力を示すポジションに持ち込みたいのだが、それができない事情にあるわけだ。ルイ・ヴィトンなどのスーパーブランドが中国の本店で、
この「インバウンド × 円安」が続く限り、好立地の百貨店は安泰だろう。
逆にSC、ファッションビル、駅ビルなどはシーイン、ディーホリックなどの中韓アパレルとのガチ勝負が待っている。
価格だけで言えば当然、シーイン、ディーホリックの圧勝だ。両者が急激に売上を日本で成長させている要因は、「価格」にあることは自明だが、昨今のSDGsによって、Z世代は「ちょっと高くても良い商品なら長く使おう」という気分になっているように見える。
中・韓アパレルの品質はどんどん上がってきているので、やがて日本のアパレルも苦しくなってくるが、消費者は「定番品はユニクロ、ファッション品は失敗しても構わないシーイン」という「買い方分け」をしはじめた。私は、日本のアパレルがシーインの逆モデルをやって、同じようなコスト構造を構築して売れば良いと思うのだが、日本企業は中々変わらない。これからは「中価格帯を支持する層」をどれだけつなぎ止めていられるかという戦いになるだろう。
いずれにせよ、アパレル産業というのは、人が生きていく限りなくならない。なくならないからこそ、技術が進歩すれば生産性が上がるはずなのだが、どんどん生産地と販売拠点を広げ、この30年さしたる進歩も変化もせず存続している極めてユニークな産業だ。しかし、新しいビジネスモデルをひっさげて次々とニューカマーが現れる。コストももはや限界まで低価格となっている。ポストD2Cの時代では、世界で30%、日本で50%もある余剰在庫の問題を解決することが技術開発の要になるだろう。全てのアパレルが適切な定価をつけ、つくった在庫をすべて売り切ることができれば、まだまだこの産業には明るい未来がまっている。
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プロフィール
株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。
著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「
筆者へのコンタクト
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