本日はユナイテッドアローズがテーマである。5月8日に発表された2024年3月期通期決算資料にしたがい、ユナイテッドアローズの業績を分析してみたい。なお、本分析はあくまでも公開された情報の範囲で想定される推論を加えたもので、その意味では客観性に主観がやや混ざったものとなっていることを最初にお断りしたい。
24年3月期決算は業績回復!
だが裏の戦略を読む
ユナイテッドアローズの24年3月期業績は、売上高1342億円で昨対比103.2% (23年3月期、1301億円)と増収、営業利益は67億円で同5.9%増の営業増益だった。
売上総利益は1342億円で対前期比3.2%増、売上総利益率は51.7%となり、対前期比で0.1ポイント改善した。とくに同社の売上総利益率は、45.2%だった21年3月期から6.5ポイントもV字回復している。営業利益ベースでは、同じ21年3月期が66億円の赤字から、24年3月期には67億円(対前期比では5.9%増)。いくらコロナ禍との比較での改善といえども、営業利益の改善幅は実に133億円にのぼり、これは売上の約10%に相当する改善幅である、MD(商品政策)の精度が急激に上がったという意味で、称賛すべき内容と言えるだろう。
ただし、企業分析というのは、「グロス」(全体、総量)では何も見えてこない。一般的に企業とは多数の事業の複合体なので、それぞれの事業ごとに見てゆく必要がある。
下図がユナイテッドアローズの決算説明資料に記載の「連結 売上総利益率」の推移だ。
ここで気になるのが、子会社・コーエンの売上総利益率が4Qの3か月では対前年同期比3.8ポイント改善しているのに対し、24年3月期通期では対前期比0.3ポイントの悪化に終わっている点だ。なお、実数は記載されていない。
四半期ごとのコーエンの売上総利益率の対前年同期比の推移をみてみると以下のようになる。
24年3月期1Q:-2.1pt
24年3月期2Q:-2.9pt
24年3月期3Q:-1.9pt
24年3月期4Q:+3.8Pt
24年3月期通期:-0.3pt
第1~第3四半期では悪化し続け、第4四半期で大きく改善、通期ではやや粗利率は悪化している。なお23年3月期第4四半期は2.1ptの改善なので、第4四半期だけでみれば、2期前比較で5.9Ptも改善したことになる。
逆に言えば、4Qを除くと売上総利益率は悪化しており、手をこまねいているともいうことができる。
いずれにせよユナイテッドアローズはいろいろなブランドを展開し、グロスでしか数字を出していないので、ブランド別の損益は見えないが、下図のとおりコーエンは、コロナ後売上も下げ基調にある。
24年3月期、売上総利益率まで低下したとなるといっそうMD精度を高める必要があると思われる。なおユナイテッドアローズは「コーエンの再成長」を中期経営計画の戦略の1つにおいているが、24年3月期については「回復に向けた打ち手について手応えは出始めているが、減収減益に終わった」としている。
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低い賃借料率が成長を阻害してきたとも考えられる背景
次にコスト構造をみてみる。連結ベースの売上高販管費率は46.7%(対前期比増減なし)とアパレル小売業としては低い水準を維持しており、良好な状態にある。
販管費の内訳をみると、売上比で宣伝販促費2.9%、人件費15.7%、賃借料13.7%、減価償却費0.7%、その他13.7%となっている。
ここで注目したいのが売上比で13.7%の水準に収めている賃借料だ。私はユナイテッドアローズの強さの秘訣は不動産コストの低さにあるとみている。これが、百貨店アパレルになると売上比で30%を超え、例えば新宿の伊勢丹クラスになると家賃見合いは50%近くにもなる。
一方で、この「13.7%」という低い賃借料率は、同社の海外出店を阻んできた元凶でもあろう。
というのは、ユナイテッドアローズのブランド力は日本では絶大、ゆえに良い条件で出店できるし売上を稼ぐことができる。逆に海外にでれば賃料は、売上比で25%から30%程度の水準となることが予想され、営業利益が吹っ飛んでしまうからだ。日本で強いブランド力を持っているがゆえに、海外に出るとコスト構造が変わり、海外での出店拡大の機会を逃してしまっているとはいえないだろうか。
ちなみに、一説によるとファーストリテイリングクラスになると海外における家賃は売上比で15%程度かそれ以下に抑えていと言われている。要は、「勝てるフォーマット」ができているのだ。競争相手が国内事業を“エンジョイ”しているときから、ファーストリテイリングは幾度も海外にチャレンジし、海外でブランド力を高めていったのだ。いまからでも苦労して、海外で「勝てるフォーマット」を構築していくほかはない。
単体EC化率25%とその先
次に単体のチャネル別売上高をみてみたい。単体のチャネル別と書いてあるものの、ブランド別ではなく、大まかには流通チャネル別である点は要注意だ。小売、ネット通販、その他からなる「ビジネスユニット計」と「アウトレット等」の2つに分かれている。そして、それぞれのチャネルのなかに、「ユナイテッドアローズ」や「グリーンレーベルリラクシング」「ビューティーアンドユース」など、様々なブランドが含まれているため、一括りでは語れないことをもう一度確認しておきたい。
ここで注目すべきはEC化率だ。24年3月期で約25.3%となっており、いずれ30%に届く勢いだ。今、調子の良いアパレルのEC化率が30~40%であることを鑑みれば、もう少しEC化率を上げたいところなのだが、ここで「但し書き」がつく。
くどいようだが、ECは、ZOZOなどの第三者ECへの出店は、単に顧客をプラットフォーマーに捧げるようなもので、いま同社が力をいれている自社ECにどれだけ顧客を誘引できるかにかかっている。この点については同社が23年8月から新たに開始した会員向け新プログラム「UAクラブ」に期待したい。
ユナイテッドアローズに広がる未来
私は、ユナイテッドアローズは。「唯一、ファーストリテイリングとは全く被らない独自のポジションを持つ上場企業」であると高く評価している。しかし、同時にシーイン、DHOLICなどのZ世代に力強いグリップを持ち、モンスターのように急成長するアジア勢を見ると、ユナイテッドアローズの将来戦略に書かれているような「エレガンス・ドレススタイル」にどこまで今の若者がついてくるのだろうかという気がしている。彼らは、スーツは普段着でスニーカーと一緒に着るし、あれだけ批判されたファストファッションを今でも繰り返しているかのようだ。
また、私はDHOLICから直接聞いたのだが、彼らのビジネスモデルはシーインのものと全く同じで、日本の関税をかいくぐり個配でD2Cで消費者に服を届ける。先日行われた我が娘(大手広告代理店の営業で給与水準は極めて高い)の結婚式のゲストのほとんどがシーインの服を着ていたと聞いてたまげたものだった。私達バブル世代は、「東京の人間は高く買った服を自慢し、大阪では安く買った服を自慢する」などと言っていたが、彼ら、彼女らは確実に「シーインで安く買ったこと」を誇らしげにしていた。そうした顧客セグメントにこれまでのユナイテッドアローズ的なアプローチが通用するかは未知数だ。
もちろんマーケットが完全になくなることはない。それでも、その顧客セグメントは限られたパイに収斂される気がしてならない。同社のブランドを愛し、心から応援している身として新しいデジタル世代の第二ラウンドに期待するとともに、彼らのブランド力、編集力を活用した新たな事業展開を熱望している。
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プロフィール
株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。
著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「
筆者へのコンタクト
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